終わりよければ総て良し

花影

文字の大きさ
上 下
26 / 50
ラシードの事情

第17話

しおりを挟む
柔らかな光を感じて目を覚ますと、すでに夜は明けていた。本当は夜明け前に起きだして、バースィルから状況報告を受ける予定だったのだが、この1月余りの強行軍で体は思った以上に疲れていたらしい。
寝坊した分、早く起きださねばならないのだが、腕の中に閉じ込めたままの愛しい少女から離れてしまうのが惜しい。まだ深い眠りの中にある彼女の寝顔を私は満ち足りた気持ちで眺めていた。

「主様……陛下、お目覚めでございますか?」
「ああ」

気配を察したのか、ネシャートが部屋の外から密やかに声をかけてくる。私は仕方なく体を起こし、ファラの額に軽く唇を落としてから寝台を抜け出した。そして部屋着をまとって寝室から出た。

「お休みのところ申し訳ございません、バースィル将軍がお目通りを願っておられます」
「分かった。支度する」
「かしこまりました」

バースィルに会うだけなら問題ないが、その後は母屋に行き、ファラを正式に妻に迎える旨をジャルディードの一同に伝えるつもりだ。気心の知れた相手ではあるが、さすがに部屋着のままというわけにはいかない。
ネシャートがそれを見越して用意してくれたのは皇帝の紋章入りの略式正装。バースィルを少し待たせることになるが、それでもきちんと身なりを整え、まだ眠っているファラのことを任せてから居間へ足を向けた。

「待たせてすまない」
「いや、こっちこそ無粋な真似した」

お茶を飲みながら待っていた彼は、私の姿を見て型通りの礼をとるが、口調は変わらず砕けたままだった。急にかしこまられるのも気持ち悪いので、その辺は気にせずに彼に席を勧めると私もいつもの席に座った。

「ザイドは今朝一番で帝都に護送した。アルマース領の平定も問題なく完了している。今のところ出立は明後日を予定している」
「そうか……」

帰還は予定通りというバースィルの報告に、私は頷くだけにとどめた。またしばらくの間ファラと離れていなければならないと思うと辛いのだが、こればかりは仕方ない。

「それから、カリムから明け方届いた」

バースィルは傍らに置いていた文箱を差し出す。厳重に封をされた文箱を開け、中の手紙を取り出すと早速目を通していく。

「叔父が危篤だそうだ」
「本当ですかい?」

バースィルが首を傾げるのも当然だろう。部屋に踏み込んだ私を幽霊と勘違いし、逃れようと大暴れしたあの日からまだ幾日も経っていないのだ。

「元々体を壊していたのはお前も知っているだろう? 医者の話では、もっと早い段階で適切な治療を受けていれば快癒していただろうと言っているそうだ」

至高の存在のはずなのに後宮の片隅へ追いやられ、誰からも顧みられることなく1人酒浸りの日々を過ごしていた叔父が何だか哀れにも思える。だが、彼がもう少し政をかえりみていればこんなことにはならなかったはずなのだ。
正直に言って叔父の処遇についてはまだ迷いがあった。肉親の情があるというわけではないのだが、ジャリルやモニールと同列に扱っていいか迷っていたのだ。直接手を下さなくて済むので、手間が省けたといったところかもしれない。
感傷を振り払い、再び書簡に目を通していく。
叔父と異なり、モニールは一命をとりとめたらしい。私が帰還すれば、今回の主犯の1人として情夫のジャリルとともに刑を施行されることになっているので、運がいいのか悪いのか微妙なところではあるが……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、不倫を後悔させてあげますわ。

りり
恋愛
私、山本莉子は夫である圭介と幸せに暮らしていた。 しかし、結婚して5年。かれは、結婚する前から不倫をしていたことが判明。 しかも、6人。6人とも彼が既婚者であることは知らず、彼女たちを呼んだ結果彼女たちと一緒に圭介に復讐をすることにした。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...