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44.悪い知らせ(2)

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 柳井が仕事から離れられる昼の間に、二人だけで会うことになった。
 約束の時間に、本社近くのカフェへと向かうと、待ち合わせ場所のカフェ入り口に、柳井が現れた。

「お時間を取らせてしまって、誠に申し訳ありません。私の空いている時間が限られていまして……」

「いえ、いいんです。それより、透也さんに内密の話って……」

 柳井は済まなそうに視線を落とすと、テーブルの上に、バックから取り出した一冊の週刊誌を置いた。人のゴシップを書き立てるような記事を載せた、下世話な雑誌だった。

「付箋のついたページをご覧ください」

 雑誌を開くと、透也の顔写真とホテルの写真が数枚載せられていた。派手な見出しの文字が、綾芽の視線に大きく飛び込んでくる。

【ついに巨大ホテルグループの誕生か!? アリシアンホテル御曹司と永原ホテルグループのご令嬢が婚約決定!】

「本日発売の週刊誌です。実は昨日には情報を得ていたのですが、差し止めることも叶わず……。こうやって発表されてしまっては、透也様も婚約を承諾しないわけにはいきません。ホテルの合併問題もありますので、永原様が娘の凛花様のことでお怒りになられています。今朝もさっそく連絡が入り、この件を進めないのなら、婚約不履行で訴えるとまでおっしゃられて……」

 柳井の言葉が冷たく突き刺さる。

「訴えられることよりも、ホテルとしてこういった問題が上がるとイメージにも傷がつきますし、何より長年信頼されて使用してくださるお客様に迷惑が掛かります。永原様はお互いのホテルのために、アリシアンホテルの宣伝も積極的になされていました。今後付き合いが悪くなると業績にも響いてくるのではと……」

 普段表情を崩さない柳井が、眉にシワを寄せ、つらそうな表情をして詳しく話してくれた。

「透也さんは何て……」

「昨夜にはこの週刊誌が発売されることを知りましたので、永原様に何度かお詫びの連絡を入れておりますが、やはり相手は納得されていません。透也様もそのことでだいぶ悩んでおいでで……」

 昨夜の透也の態度がおかしかった理由が、今になってよく理解できた。こんなことになってしまっては、透也自身さえも、どうすることもできないのだろう。

「柳井さん、今の私にできることは? どうしたら……何か、ないのですか?」

 昨夜の透也が脳裏に浮かぶ。これ以上苦しむ姿を見たくはなかった。柳井は眉をひそめ、言葉に表しにくいのか、片手で口元を押さえ黙り込んだ。

「――何かあるのですか? それなら教えて下さい」

「ですが……透也様に伝わってしまうと、難しいかと……」

「絶対に話しません。透也さんを救える方法が分かるのなら、ぜひ教えて下さい! お願いします」

 柳井はテーブルに乗せた両手に力を入れ、一呼吸置くと、静かに口を開いた。

「綾芽様には……とても言いづらいことなのですが。本当に透也様を助けてさし上げたいのでしたら、このまま永原様との婚約を進める決断をさせるしかありません」

 柳井のセリフで、胸の辺りをギュッと鷲づかみされたように、急に息苦しくなった。

「しかし、透也様には綾芽様を諦める考えはありません。……ですから、綾芽様の方から、透也様の元を離れていただくしか……」

 心の奥底で思っていたことを、そのものズバリと言われたような気がして、ハッとする。父がずっと綾芽に言い聞かせていたセリフが頭の中で響く。

『透也様は、お前が一緒になる相手ではないんだよ』

 柳井は難しい顔をして、テーブルの上に置かれた両手のこぶしを握り締めた。

「すみません。出過ぎたことをしました。こんなことを言う立場ではないことは重々承知です。ですから、透也様にはどうか内密に……」

「ありがとうございます。この話を聞かなければ、透也さんの悩みに気が付かないままでした。私も……透也さんとの結婚が上手くいくかどうか、ずっと不安を抱いていたんです。ここまで頑張ってきたお仕事を、私の立場が邪魔しているようで……それは、許されないことですから」

 やはり、私が透也さんと一緒になるべきではない……。

「綾芽様……」

 柳井が仕事に戻る時間になってしまい、カフェから立ち去る。残された綾芽は目の前のコーヒーを飲み干すと、重い決断を抱え店をあとにした。


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