44 / 58
44.悪い知らせ(2)
しおりを挟む
柳井が仕事から離れられる昼の間に、二人だけで会うことになった。
約束の時間に、本社近くのカフェへと向かうと、待ち合わせ場所のカフェ入り口に、柳井が現れた。
「お時間を取らせてしまって、誠に申し訳ありません。私の空いている時間が限られていまして……」
「いえ、いいんです。それより、透也さんに内密の話って……」
柳井は済まなそうに視線を落とすと、テーブルの上に、バックから取り出した一冊の週刊誌を置いた。人のゴシップを書き立てるような記事を載せた、下世話な雑誌だった。
「付箋のついたページをご覧ください」
雑誌を開くと、透也の顔写真とホテルの写真が数枚載せられていた。派手な見出しの文字が、綾芽の視線に大きく飛び込んでくる。
【ついに巨大ホテルグループの誕生か!? アリシアンホテル御曹司と永原ホテルグループのご令嬢が婚約決定!】
「本日発売の週刊誌です。実は昨日には情報を得ていたのですが、差し止めることも叶わず……。こうやって発表されてしまっては、透也様も婚約を承諾しないわけにはいきません。ホテルの合併問題もありますので、永原様が娘の凛花様のことでお怒りになられています。今朝もさっそく連絡が入り、この件を進めないのなら、婚約不履行で訴えるとまでおっしゃられて……」
柳井の言葉が冷たく突き刺さる。
「訴えられることよりも、ホテルとしてこういった問題が上がるとイメージにも傷がつきますし、何より長年信頼されて使用してくださるお客様に迷惑が掛かります。永原様はお互いのホテルのために、アリシアンホテルの宣伝も積極的になされていました。今後付き合いが悪くなると業績にも響いてくるのではと……」
普段表情を崩さない柳井が、眉にシワを寄せ、つらそうな表情をして詳しく話してくれた。
「透也さんは何て……」
「昨夜にはこの週刊誌が発売されることを知りましたので、永原様に何度かお詫びの連絡を入れておりますが、やはり相手は納得されていません。透也様もそのことでだいぶ悩んでおいでで……」
昨夜の透也の態度がおかしかった理由が、今になってよく理解できた。こんなことになってしまっては、透也自身さえも、どうすることもできないのだろう。
「柳井さん、今の私にできることは? どうしたら……何か、ないのですか?」
昨夜の透也が脳裏に浮かぶ。これ以上苦しむ姿を見たくはなかった。柳井は眉をひそめ、言葉に表しにくいのか、片手で口元を押さえ黙り込んだ。
「――何かあるのですか? それなら教えて下さい」
「ですが……透也様に伝わってしまうと、難しいかと……」
「絶対に話しません。透也さんを救える方法が分かるのなら、ぜひ教えて下さい! お願いします」
柳井はテーブルに乗せた両手に力を入れ、一呼吸置くと、静かに口を開いた。
「綾芽様には……とても言いづらいことなのですが。本当に透也様を助けてさし上げたいのでしたら、このまま永原様との婚約を進める決断をさせるしかありません」
柳井のセリフで、胸の辺りをギュッと鷲づかみされたように、急に息苦しくなった。
「しかし、透也様には綾芽様を諦める考えはありません。……ですから、綾芽様の方から、透也様の元を離れていただくしか……」
心の奥底で思っていたことを、そのものズバリと言われたような気がして、ハッとする。父がずっと綾芽に言い聞かせていたセリフが頭の中で響く。
『透也様は、お前が一緒になる相手ではないんだよ』
柳井は難しい顔をして、テーブルの上に置かれた両手のこぶしを握り締めた。
「すみません。出過ぎたことをしました。こんなことを言う立場ではないことは重々承知です。ですから、透也様にはどうか内密に……」
「ありがとうございます。この話を聞かなければ、透也さんの悩みに気が付かないままでした。私も……透也さんとの結婚が上手くいくかどうか、ずっと不安を抱いていたんです。ここまで頑張ってきたお仕事を、私の立場が邪魔しているようで……それは、許されないことですから」
やはり、私が透也さんと一緒になるべきではない……。
「綾芽様……」
柳井が仕事に戻る時間になってしまい、カフェから立ち去る。残された綾芽は目の前のコーヒーを飲み干すと、重い決断を抱え店をあとにした。
約束の時間に、本社近くのカフェへと向かうと、待ち合わせ場所のカフェ入り口に、柳井が現れた。
「お時間を取らせてしまって、誠に申し訳ありません。私の空いている時間が限られていまして……」
「いえ、いいんです。それより、透也さんに内密の話って……」
柳井は済まなそうに視線を落とすと、テーブルの上に、バックから取り出した一冊の週刊誌を置いた。人のゴシップを書き立てるような記事を載せた、下世話な雑誌だった。
「付箋のついたページをご覧ください」
雑誌を開くと、透也の顔写真とホテルの写真が数枚載せられていた。派手な見出しの文字が、綾芽の視線に大きく飛び込んでくる。
【ついに巨大ホテルグループの誕生か!? アリシアンホテル御曹司と永原ホテルグループのご令嬢が婚約決定!】
「本日発売の週刊誌です。実は昨日には情報を得ていたのですが、差し止めることも叶わず……。こうやって発表されてしまっては、透也様も婚約を承諾しないわけにはいきません。ホテルの合併問題もありますので、永原様が娘の凛花様のことでお怒りになられています。今朝もさっそく連絡が入り、この件を進めないのなら、婚約不履行で訴えるとまでおっしゃられて……」
柳井の言葉が冷たく突き刺さる。
「訴えられることよりも、ホテルとしてこういった問題が上がるとイメージにも傷がつきますし、何より長年信頼されて使用してくださるお客様に迷惑が掛かります。永原様はお互いのホテルのために、アリシアンホテルの宣伝も積極的になされていました。今後付き合いが悪くなると業績にも響いてくるのではと……」
普段表情を崩さない柳井が、眉にシワを寄せ、つらそうな表情をして詳しく話してくれた。
「透也さんは何て……」
「昨夜にはこの週刊誌が発売されることを知りましたので、永原様に何度かお詫びの連絡を入れておりますが、やはり相手は納得されていません。透也様もそのことでだいぶ悩んでおいでで……」
昨夜の透也の態度がおかしかった理由が、今になってよく理解できた。こんなことになってしまっては、透也自身さえも、どうすることもできないのだろう。
「柳井さん、今の私にできることは? どうしたら……何か、ないのですか?」
昨夜の透也が脳裏に浮かぶ。これ以上苦しむ姿を見たくはなかった。柳井は眉をひそめ、言葉に表しにくいのか、片手で口元を押さえ黙り込んだ。
「――何かあるのですか? それなら教えて下さい」
「ですが……透也様に伝わってしまうと、難しいかと……」
「絶対に話しません。透也さんを救える方法が分かるのなら、ぜひ教えて下さい! お願いします」
柳井はテーブルに乗せた両手に力を入れ、一呼吸置くと、静かに口を開いた。
「綾芽様には……とても言いづらいことなのですが。本当に透也様を助けてさし上げたいのでしたら、このまま永原様との婚約を進める決断をさせるしかありません」
柳井のセリフで、胸の辺りをギュッと鷲づかみされたように、急に息苦しくなった。
「しかし、透也様には綾芽様を諦める考えはありません。……ですから、綾芽様の方から、透也様の元を離れていただくしか……」
心の奥底で思っていたことを、そのものズバリと言われたような気がして、ハッとする。父がずっと綾芽に言い聞かせていたセリフが頭の中で響く。
『透也様は、お前が一緒になる相手ではないんだよ』
柳井は難しい顔をして、テーブルの上に置かれた両手のこぶしを握り締めた。
「すみません。出過ぎたことをしました。こんなことを言う立場ではないことは重々承知です。ですから、透也様にはどうか内密に……」
「ありがとうございます。この話を聞かなければ、透也さんの悩みに気が付かないままでした。私も……透也さんとの結婚が上手くいくかどうか、ずっと不安を抱いていたんです。ここまで頑張ってきたお仕事を、私の立場が邪魔しているようで……それは、許されないことですから」
やはり、私が透也さんと一緒になるべきではない……。
「綾芽様……」
柳井が仕事に戻る時間になってしまい、カフェから立ち去る。残された綾芽は目の前のコーヒーを飲み干すと、重い決断を抱え店をあとにした。
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜
瀬崎由美
恋愛
1才半の息子のいる瑞希は携帯電話のキャリアショップに勤めるシングルマザー。
いつものように保育園に迎えに行くと、2年前に音信不通となっていた元彼が。
帰国したばかりの彼は亡き祖父の後継者となって、大会社のCEOに就任していた。
ずっと連絡出来なかったことを謝罪され、これからは守らせて下さいと求婚され戸惑う瑞希。
★第17回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました。
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜
花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか?
どこにいても誰といても冷静沈着。
二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司
そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは
十条コーポレーションのお嬢様
十条 月菜《じゅうじょう つきな》
真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。
「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」
「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」
しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――?
冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳
努力家妻 十条 月菜 150㎝ 24歳
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
交際0日。湖月夫婦の恋愛模様
なかむ楽
恋愛
「いらっしゃいませ」
「結婚してください」
「はい。いいですよ。……ん?」
<パンののぞえ>のレジに立つ元看板娘・藍(30)の前にやって来たのは、噂では売れない画家で常連客の舜太郎(36)だった。
気前よく電撃結婚をした藍を新居で待っていたのは、スランプ中の日本画家・舜日(本名・湖月舜太郎)との新婚生活だった。
超がつく豪邸で穏やかで癒される新婚生活を送るうちに、藍は舜太郎に惹かれていく。夜の相性も抜群だった。
ある日藍は、ひとりで舜太郎の仕事場に行くと、未発表の美しい女性ただ一人を描き続けた絵を見つけてしまった。絵に嫉妬する。そして自分の気持ちに気がついた藍は……。(✦1章 湖月夫婦の恋愛模様✦
2章 湖月夫婦の問題解決
✦07✦深い傷を癒して。愛しい人。
身も心も両思いになった藍は、元カレと偶然再会(ストーキング)し「やり直さないか」と言われるが──
藍は舜太郎に元カレとのトラブルで会社を退職した過去を話す。嫉妬する舜太郎と忘れさせてほしい藍の夜は
✦08✦嵐:愛情表現が斜め上では?
突如やって来た舜太郎の祖母・花蓮から「子を作るまで嫁じゃない!」と言われてしまい?
花蓮に振り回される藍と、藍不足の舜太郎。声を殺して……?
✦09✦恋人以上、夫婦以上です。
藍は花蓮の紹介で、舜太郎が筆を折りかけた原因を作った師匠に会いに行き、その真実を知る。
そして、迎えた個展では藍が取った行動で、夫婦の絆がより深くなり……<一部完結>
✦直感で結婚した相性抜群らぶらぶ夫婦✦
2023年第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援ありがとうございました!
⚠えっちが書きたくて(動機)書いたのでえっちしかしてません
⚠あらすじやタグで自衛してください
→番外編③に剃毛ぷれいがありますので苦手な方は回れ右でお願いします
誤字報告ありがとうございます!大変助かります汗
誤字修正などは適宜対応
一旦完結後は各エピソード追加します。完結まで毎日22時に2話ずつ予約投稿します
予告なしでRシーンあります
よろしくお願いします(一旦完結48話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる