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20.二度目のプロポーズ(2)
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突然の命令に言葉を失った。透也がこんなにも強引にことを進めるとは思ってもみなかったのだ。
いきなり職場を離れることにも抵抗があるし、東京へ戻ったら、父にどう言い訳をすればいいのだろう。
それに、透也は綾芽の気持ちを、きちんと確認したわけではなかった。こんな中途半端な気持ちで、透也の元へ連れて行かれてしまっては、自分の感情をますます見失ってしまう。
実際、綾芽は自分の感情と向き合うのが怖かった。これから透也に対してどのような想いを抱き、そして感じていくのか自信が持てない。
「今夜は俺が泊まっている部屋にいてもらおう。ホテル内にはすべて人の目があるから、もう逃げることはできない」
いつも優しかったあの透也が、これほどまでに変わってしまうなんて。激しい命令に、綾芽は従うしかなかった。
綾芽のマンションに到着すると、必要な荷物をすぐにまとめるよう指示される。仕方なく車から降りると、透也は落ち着いた声で綾芽に告げた。
「残りの荷物は手配してきちんと東京へ送らせるから、安心しろ」
一人で部屋に入り、必要な物をバックにまとめていく。慌てて準備する最中、大切な物を思い出した。ベッド脇に置かれたアクセサリーボックスの引き出しから、小さなアクセサリーを取り出す。これだけは手元に持っておきたい。テーパードパンツのポケットへ忍び込まると、急いで車に戻った。
綾芽が連れて来られたのは、ホテルの最上階にあるスイートルームだった。アリシアンKYOTOに勤めてはいても、豪華な部屋の中は一度も見たことがない。
「……あ、あの……私が入ってもいいんですか?」
「今夜は綾芽も客の一人だ。京都で泊まる際、空室であれば、いつもスイートを利用している。もちろん、きちんと客として料金を払うがね」
ホテルに一つしかない豪華なスイートルーム。
ベッドルームが三つとバスルームが二つあり、外を見渡せる広い窓と、室内には煌びやかな調度品が置かれていた。壁や天井には各所に竹が用いられ、シックで落ちついた雰囲気の部屋となっている。
「今夜は仕事で会食が入っている。それが済み次第戻るから、大人しくここで待っているんだ」
一方的に伝えると、ジャケットを着替え出掛けてしまった。
広くて豪華なスイートルームに、たった一人きりにされてしまう。
室内には高価な調度品が飾られ、窓の外には京都の景色が広がり、本来は優雅な気分に浸れる場所のはずなのに。今の綾芽にとっては、物音一つしない、ただのガランとした大きな空間でしかなかった。
いったいこの先、どうなってしまうんだろう……。
見えない不安に押しつぶされそうになった。透也からの熱い想いと、それを受け止めることのできない綾芽の立場。そして父から言われ続けた言葉の鎖が重くのしかかる。
『綾芽、透也様にはそれなりの方でないと……』
このまま東京へ行ってしまったら、周りにどんな迷惑が掛かるか……。それに、私なんかが透也様と結婚していいはずがない……。
この部屋に来た時からずっと考え事をしていたせいか、立ちっぱなしでいることに気づいた。疲れを感じ、広いリビングに置かれたソファーを見つけ、そこへ腰掛ける。
すると腿の辺りに違和感を覚え、さっきポケットにネックレスを入れたことを思い出した。手の平に取り出し、ガラスでできたアヤメを光にかざしてみると、反射して光の輪が綺麗に揺れている。
外は日が暮れて室内は薄暗い。昨日はよく眠れていないせいか、瞼が重怠かった。少しだけ休むつもりで体を傾け目を瞑ると、いつしか意識は薄れていく。
いきなり職場を離れることにも抵抗があるし、東京へ戻ったら、父にどう言い訳をすればいいのだろう。
それに、透也は綾芽の気持ちを、きちんと確認したわけではなかった。こんな中途半端な気持ちで、透也の元へ連れて行かれてしまっては、自分の感情をますます見失ってしまう。
実際、綾芽は自分の感情と向き合うのが怖かった。これから透也に対してどのような想いを抱き、そして感じていくのか自信が持てない。
「今夜は俺が泊まっている部屋にいてもらおう。ホテル内にはすべて人の目があるから、もう逃げることはできない」
いつも優しかったあの透也が、これほどまでに変わってしまうなんて。激しい命令に、綾芽は従うしかなかった。
綾芽のマンションに到着すると、必要な荷物をすぐにまとめるよう指示される。仕方なく車から降りると、透也は落ち着いた声で綾芽に告げた。
「残りの荷物は手配してきちんと東京へ送らせるから、安心しろ」
一人で部屋に入り、必要な物をバックにまとめていく。慌てて準備する最中、大切な物を思い出した。ベッド脇に置かれたアクセサリーボックスの引き出しから、小さなアクセサリーを取り出す。これだけは手元に持っておきたい。テーパードパンツのポケットへ忍び込まると、急いで車に戻った。
綾芽が連れて来られたのは、ホテルの最上階にあるスイートルームだった。アリシアンKYOTOに勤めてはいても、豪華な部屋の中は一度も見たことがない。
「……あ、あの……私が入ってもいいんですか?」
「今夜は綾芽も客の一人だ。京都で泊まる際、空室であれば、いつもスイートを利用している。もちろん、きちんと客として料金を払うがね」
ホテルに一つしかない豪華なスイートルーム。
ベッドルームが三つとバスルームが二つあり、外を見渡せる広い窓と、室内には煌びやかな調度品が置かれていた。壁や天井には各所に竹が用いられ、シックで落ちついた雰囲気の部屋となっている。
「今夜は仕事で会食が入っている。それが済み次第戻るから、大人しくここで待っているんだ」
一方的に伝えると、ジャケットを着替え出掛けてしまった。
広くて豪華なスイートルームに、たった一人きりにされてしまう。
室内には高価な調度品が飾られ、窓の外には京都の景色が広がり、本来は優雅な気分に浸れる場所のはずなのに。今の綾芽にとっては、物音一つしない、ただのガランとした大きな空間でしかなかった。
いったいこの先、どうなってしまうんだろう……。
見えない不安に押しつぶされそうになった。透也からの熱い想いと、それを受け止めることのできない綾芽の立場。そして父から言われ続けた言葉の鎖が重くのしかかる。
『綾芽、透也様にはそれなりの方でないと……』
このまま東京へ行ってしまったら、周りにどんな迷惑が掛かるか……。それに、私なんかが透也様と結婚していいはずがない……。
この部屋に来た時からずっと考え事をしていたせいか、立ちっぱなしでいることに気づいた。疲れを感じ、広いリビングに置かれたソファーを見つけ、そこへ腰掛ける。
すると腿の辺りに違和感を覚え、さっきポケットにネックレスを入れたことを思い出した。手の平に取り出し、ガラスでできたアヤメを光にかざしてみると、反射して光の輪が綺麗に揺れている。
外は日が暮れて室内は薄暗い。昨日はよく眠れていないせいか、瞼が重怠かった。少しだけ休むつもりで体を傾け目を瞑ると、いつしか意識は薄れていく。
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