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61話 大精霊の保有者
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3日後、僕達はクローディアさんとハウザーを伴って、隣町へ向けて出発した。
御者はクローディアさんが務め、隣にはソフィアさんが座る。
荷台にはハウザーが乗り、僕達は馬車の横を歩くことにした。
ソフィアさんの体調は、一応回復していた。
しかし、完全に良くなったわけではなく、なるべく安静にしなければならないことは明らかだった。
「クローディアさんが、御者になってくれて助かりました」
僕がそう言うと、クローディアさんは自嘲するように笑った。
「こんなことが出来る招待者なんて、二流もいいところだ。私は精霊を呼び出すこと以外に、関心を持ち過ぎたのだろうな……。結局、Cランクよりも大きな精霊は、殆ど呼び出せなかった」
「でも、凄いじゃないですか。何日も、精霊のことだけを一心不乱に考え続けるなんて、僕には出来ませんよ」
「そこまでした結果、呼び出せたのは、やたらと臆病な精霊ばかりだったがな……」
「えっ……? ペルからは、そんなに臆病な印象は受けませんけど……?」
「それは、お前が普通ではないからだ」
険のある声で言われてしまった。
何か、気に障るようなことを言ってしまったのだろうか……?
「ルークのどこが普通じゃないんだよ?」
ラナが、若干イラついた様子で言った。
この二人は、初対面から相性が良くない。
「お前は、パーティーを組んでいるのに、そんなことも分からないのか? この男は、本質的に聖女ヨネスティアラと同類の人間だ。だから、大精霊や私の娘を宿すことができるのだろう」
「えっ……?」
「ルークが……聖女様と、同類……!?」
僕だけでなく、リーザも全く理解できない様子だった。
一体、僕と聖女様のどこに共通点があるのだろうか?
「順序立てて説明してやろう。精霊は、人間から生命力を吸収している。ならば、招待者が苦労して呼び出さなくても、自分で好きな人間を選んで寄生すれば良いはずだ。にもかかわらず、何故そうしないのか分かるか?」
そういえば、その疑問は解消されていなかった。
神授説では、人間の努力に神が報いている、という説明をしていたが……。
「答えは簡単だ、精霊は、人間を怖がっているからだ」
「人間が……怖い?」
「精霊は、常に潜在的な恐怖心を抱えている。人間に虐げられる恐怖、使い捨てにされる恐怖をな。だから、招待者から必死に呼ばれないと、我々人類の所へはやって来ない、というわけだ」
「でも、それだと生命力が手に入らないんだろ? リスクがあっても、人間の所に来るべきじゃないのか?」
「その結果、自分が消滅してしまったら元も子もないだろう? それに、彼女達は愛らしい姿で人間に取り入ることに成功したが、そのせいで大きなリスクを背負ってしまった。信用して宿った男に、性の対象として弄ばれるような経験をすれば、人間不信に陥って引き籠るのも当然だと言えるだろう」
「……男って最低よね」
リーザは、僕に白い目を向けてきた。
「僕はそんなことしないよ!」
「でも、ルークがソリアーチェを見る目って、ちょっといやらしいよな……」
ラナも、僕から少し距離を取るような動きをした。
「そんなことないってば!」
そう言っても、誰も信じてくれた様子はなかった。
「……何となく、精霊って、男性より女性の方が好きなんじゃないかって思ってたのよ。それは、男に対するトラウマのせいだったのね……」
「そうだろうな。だが、宿主が女だからといって、安心はしていないはずだ」
「どうしてですか?」
「女の中には、同性に対するスキンシップが激しい者も少なくない。精霊は、乱暴に扱われるのも嫌がるからな」
クローディアさんがそう言ったので、僕はソリアーチェに抱き付いたソフィアさんを思い出した。
「そういえば、精霊って、あたしが撫でようとすると嫌がるんだよな……」
「それは、お前が指に力を入れすぎているからだ。もっと優しく触ってやれ」
「ラナは大雑把すぎるのよ。私は、精霊を撫でても嫌がられないわよ?」
「それはどうだろうな? 宿主を喜ばせるために、我慢している精霊も多いんだぞ?」
「そうだったの……」
知らぬ間に、精霊に苦痛を与えていた可能性を指摘されて、リーザはショックを受けた様子だった。
「話を戻すが、精霊は人間に宿って、傷付けられることを恐れているわけだ。そんな彼女達が、一番恐れていることは何だと思う?」
「セクハラ以上に嫌なことなんてあるのか?」
ラナは、過去の体験を思い出したらしく、自分の胸に手を当てている。
「人間の女と同じ価値観で考えるな。というより、お前にだって、それとは別の方向性で嫌なことがあるはずだ。例えば、仲間に裏切られて、後ろから刺されることだって嫌だろう?」
「そりゃそうだけど……そんなことをする奴は、うちのパーティーにはいないぞ?」
「お前はそうだろう。だが、精霊はどうだろうな? 彼女達に害意が無いとはいえ、寄生して人間を傷付けていることは事実だ。元々、精霊は魔生物だからな。彼女達は、無意識のうちに、人間が敵に回ることを恐れているのだろう」
「じゃあ、ルークが臆病な精霊でも宿せるのは……ルークには、精霊を裏切る可能性がないから、なんですか?」
リーザの質問に、クローディアさんは頷いた。
「無いな。断言してもいい。この男が精霊と敵対するなど、考えられないことだ」
クローディアさんは確信している様子で言った。
しかし、どうしてそんなことが、クローディアさんや精霊に分かるのだろう?
自分のことなんて、僕自身にも分からないのに……。
僕の困惑を察したのか、クローディアさんは続けて言った。
「3日前の私の話を聞いて、お前だって動揺はしたはずだ。しかしお前は、真実を知った今でも、精霊に対する嫌悪感を全く抱いていないのではないか? いや、精霊だけではない。お前は、打算で擦り寄ってきた相手でも、自分を殺そうとした相手でも、受け入れて許してしまう。それが、お前が精霊に好かれる理由だ」
「……」
皆が沈黙した。全員に、心当たりがあったようだ。
「……いや、でも、それって……ただ単に、女に甘いだけなんじゃないか?」
ラナがそう指摘すると、クローディアさんは苦笑いした。
「そういう面は否定できないな。だが、女だけではない。ソフィアから聞いたが、このルークという男は、自分を組織から追い出した男とも、何のわだかまりもなく打ち解けたらしい」
「それは、首領のことですか? だったら誤解です。あの人は、僕を追い出す時には、持病が悪化して寝込んでいたんですよ」
「だからといって、その組織の連中は、トップに何も言わずにお前を追放したのか? 普通なら、報告ぐらいはするだろう。そして、お前を追い出すことに、賛同していた可能性が高いと思うぞ?」
「……でも、仮にそうだったとしても、追い出されたおかげで、僕は聖女様に会えたわけですし……」
「その聖女にしたって、お前のことを軽く見て、大精霊の生け贄にしようとしたわけだが?」
「…………でも、聖女様からソリアーチェを頂いたおかげで、今の僕があるんですから……」
「こういうことだ。私が思うに、大精霊の保有者は、身近な人間と本気で喧嘩することができない。それは、優しさというよりも、意志の弱さによるものだ」
「……」
「どんなに酷い扱いをしても簡単に許してくれる人間ほど、精霊にとって都合の良い人間はいない。だから、この男や聖女は精霊に安心感を与える、というわけだ」
……何だが、酷く馬鹿にされた気分だった。
「まあ、心が広いことはいいことだよな」
フォローするラナに対して、クローディアさんは冷たい視線を向けた。
「お前は、本気でそう思っているのか? この男も聖女も、自分の敵ですら、あっさりと許してしまえるような人間だぞ? ひたすら状況に流されて行動しているだけの人間に、魅力があるとはとても思えない。はっきり言えば、私は大精霊の保有者のような連中のことが好きではない」
「聖女様は、世の中の人のために頑張っているのに……」
リーザが不満そうに言った。
しかし、クローディアさんは首を振る。
「それだって、自らの意志による行動ではない。状況に流され続けた結果そうなっただけだ。話していて分かったが、あの女には使命感というものが全くない。聖女として振る舞っているのも、周囲にそれを期待されたからだ。精霊を肯定するのだって、強い意志によるものではなく、現状を変えたくないという一心によるものだろう」
「分かっていませんね。だから良いのではないですか」
今まで、疲れた様子で黙り込んでいたソフィアさんが口を開いた。
「何だと?」
「多くの人は、自分の意志によって行動します。だから、人は対立するのでしょう? ヨネスティアラ様もルークさんも、人々が望めば、断らずに命を捨ててくださるような方々です。これほど素敵な人はいないではありませんか」
「自己犠牲の精神、か。そんなに社会貢献をする者が好きなら、貴族の元で世に尽くしたらどうだ?」
「いいえ。私は自己犠牲が好きなわけではありませんし、貴族は、人々から求められて民に尽くしているわけではありません。彼らは、幼い頃からの教育による思い込みや、自らの保身のために、良い人であるかのように振る舞っているだけです。そんな人は、全く偉いと思えませんね」
「それで救われる者がいるなら、何もしないよりはいいと思うが?」
「だから貴方は分かっていないのです。自らの意志だけに基づいて誰かを救うような人は、勝手気ままに破壊や殺戮を行う人と、本質的には何も変わりません」
「……何だと?」
クローディアさんの困惑は、先ほどよりも強まったようだった。
「だって、どちらも、自分の思うままに行動しているではありませんか。つまり、昨日までは人々を救うための活動をしていた方が、今日からは考えを一変させて、人々を皆殺しにしようとする可能性だってあるわけです」
「それは、周囲の考えに流され易い、大精霊の保有者だって変わらないだろう? むしろ、そのリスクは高いと思うが……?」
「ですが、ヨネスティアラ様やルークさんがそのような行動を取るとしたら、多くの人がそれを望んだ時だけです。だとしたら、たとえ人類が滅ぼされたとしても、それは仕方が無いではありませんか」
「……お前は、大精霊の保有者が人類を滅ぼすことを……肯定するのか?」
「当然です」
ソフィアさんは、迷いなくそう言った。
クローディアさんは、しばらくの間、黙り込んでしまう。
「……お前の境遇には同情するが、自暴自棄になるのは良くないと思うぞ?」
「あら、私の考えは、病気とは何の関係もありませんよ? 昔から、ろくでもない連中をまとめて始末するために、爆裂魔法を研究していましたから。ヨネスティアラ様と共に旅をしていた頃には、気に入らない町や村の住民を、まとめて始末しようと提案したことは、一度や二度ではありません。そんな時、いつも他の仲間や、ヨネスティアラ様からは拒否されてしまいましたが」
「聖女に、殺戮を……提案しただと? 驚くほど邪悪な女だな、お前は……」
「まあ、心外ですね。私が本当に悪い人間だったら、そんな提案をする前に、気に入らない人間は全て暗殺してしまいますよ。その決断を、周囲の人間の意見を反映するヨネスティアラ様に委ねたのですから、とても理性的だと思いませんか?」
「……お前のような奴が、他人の意見に流され易い大精霊の保有者とパーティーを組むなど……悪夢としか言いようがないな」
「そうでしょうね」
二人は、恐ろしい会話をしている。
僕達は、全くついていけなかった。
意外だったのは、レイリスですら、ソフィアさんの主張に困惑した様子だったことだ。
そういえば……レイリスが人に襲いかかった時、ソフィアさんはいつもそれを止めていた。
ソフィアさんの主義主張は、到底世の中に受け入れられるものではない。
彼女はそれを認識しているから、レイリスが普通に暮らせるように、自分の考えを伝えなかったのだろう。
それは、レイリスのことを深く愛しているからなのだろうと思った。
御者はクローディアさんが務め、隣にはソフィアさんが座る。
荷台にはハウザーが乗り、僕達は馬車の横を歩くことにした。
ソフィアさんの体調は、一応回復していた。
しかし、完全に良くなったわけではなく、なるべく安静にしなければならないことは明らかだった。
「クローディアさんが、御者になってくれて助かりました」
僕がそう言うと、クローディアさんは自嘲するように笑った。
「こんなことが出来る招待者なんて、二流もいいところだ。私は精霊を呼び出すこと以外に、関心を持ち過ぎたのだろうな……。結局、Cランクよりも大きな精霊は、殆ど呼び出せなかった」
「でも、凄いじゃないですか。何日も、精霊のことだけを一心不乱に考え続けるなんて、僕には出来ませんよ」
「そこまでした結果、呼び出せたのは、やたらと臆病な精霊ばかりだったがな……」
「えっ……? ペルからは、そんなに臆病な印象は受けませんけど……?」
「それは、お前が普通ではないからだ」
険のある声で言われてしまった。
何か、気に障るようなことを言ってしまったのだろうか……?
「ルークのどこが普通じゃないんだよ?」
ラナが、若干イラついた様子で言った。
この二人は、初対面から相性が良くない。
「お前は、パーティーを組んでいるのに、そんなことも分からないのか? この男は、本質的に聖女ヨネスティアラと同類の人間だ。だから、大精霊や私の娘を宿すことができるのだろう」
「えっ……?」
「ルークが……聖女様と、同類……!?」
僕だけでなく、リーザも全く理解できない様子だった。
一体、僕と聖女様のどこに共通点があるのだろうか?
「順序立てて説明してやろう。精霊は、人間から生命力を吸収している。ならば、招待者が苦労して呼び出さなくても、自分で好きな人間を選んで寄生すれば良いはずだ。にもかかわらず、何故そうしないのか分かるか?」
そういえば、その疑問は解消されていなかった。
神授説では、人間の努力に神が報いている、という説明をしていたが……。
「答えは簡単だ、精霊は、人間を怖がっているからだ」
「人間が……怖い?」
「精霊は、常に潜在的な恐怖心を抱えている。人間に虐げられる恐怖、使い捨てにされる恐怖をな。だから、招待者から必死に呼ばれないと、我々人類の所へはやって来ない、というわけだ」
「でも、それだと生命力が手に入らないんだろ? リスクがあっても、人間の所に来るべきじゃないのか?」
「その結果、自分が消滅してしまったら元も子もないだろう? それに、彼女達は愛らしい姿で人間に取り入ることに成功したが、そのせいで大きなリスクを背負ってしまった。信用して宿った男に、性の対象として弄ばれるような経験をすれば、人間不信に陥って引き籠るのも当然だと言えるだろう」
「……男って最低よね」
リーザは、僕に白い目を向けてきた。
「僕はそんなことしないよ!」
「でも、ルークがソリアーチェを見る目って、ちょっといやらしいよな……」
ラナも、僕から少し距離を取るような動きをした。
「そんなことないってば!」
そう言っても、誰も信じてくれた様子はなかった。
「……何となく、精霊って、男性より女性の方が好きなんじゃないかって思ってたのよ。それは、男に対するトラウマのせいだったのね……」
「そうだろうな。だが、宿主が女だからといって、安心はしていないはずだ」
「どうしてですか?」
「女の中には、同性に対するスキンシップが激しい者も少なくない。精霊は、乱暴に扱われるのも嫌がるからな」
クローディアさんがそう言ったので、僕はソリアーチェに抱き付いたソフィアさんを思い出した。
「そういえば、精霊って、あたしが撫でようとすると嫌がるんだよな……」
「それは、お前が指に力を入れすぎているからだ。もっと優しく触ってやれ」
「ラナは大雑把すぎるのよ。私は、精霊を撫でても嫌がられないわよ?」
「それはどうだろうな? 宿主を喜ばせるために、我慢している精霊も多いんだぞ?」
「そうだったの……」
知らぬ間に、精霊に苦痛を与えていた可能性を指摘されて、リーザはショックを受けた様子だった。
「話を戻すが、精霊は人間に宿って、傷付けられることを恐れているわけだ。そんな彼女達が、一番恐れていることは何だと思う?」
「セクハラ以上に嫌なことなんてあるのか?」
ラナは、過去の体験を思い出したらしく、自分の胸に手を当てている。
「人間の女と同じ価値観で考えるな。というより、お前にだって、それとは別の方向性で嫌なことがあるはずだ。例えば、仲間に裏切られて、後ろから刺されることだって嫌だろう?」
「そりゃそうだけど……そんなことをする奴は、うちのパーティーにはいないぞ?」
「お前はそうだろう。だが、精霊はどうだろうな? 彼女達に害意が無いとはいえ、寄生して人間を傷付けていることは事実だ。元々、精霊は魔生物だからな。彼女達は、無意識のうちに、人間が敵に回ることを恐れているのだろう」
「じゃあ、ルークが臆病な精霊でも宿せるのは……ルークには、精霊を裏切る可能性がないから、なんですか?」
リーザの質問に、クローディアさんは頷いた。
「無いな。断言してもいい。この男が精霊と敵対するなど、考えられないことだ」
クローディアさんは確信している様子で言った。
しかし、どうしてそんなことが、クローディアさんや精霊に分かるのだろう?
自分のことなんて、僕自身にも分からないのに……。
僕の困惑を察したのか、クローディアさんは続けて言った。
「3日前の私の話を聞いて、お前だって動揺はしたはずだ。しかしお前は、真実を知った今でも、精霊に対する嫌悪感を全く抱いていないのではないか? いや、精霊だけではない。お前は、打算で擦り寄ってきた相手でも、自分を殺そうとした相手でも、受け入れて許してしまう。それが、お前が精霊に好かれる理由だ」
「……」
皆が沈黙した。全員に、心当たりがあったようだ。
「……いや、でも、それって……ただ単に、女に甘いだけなんじゃないか?」
ラナがそう指摘すると、クローディアさんは苦笑いした。
「そういう面は否定できないな。だが、女だけではない。ソフィアから聞いたが、このルークという男は、自分を組織から追い出した男とも、何のわだかまりもなく打ち解けたらしい」
「それは、首領のことですか? だったら誤解です。あの人は、僕を追い出す時には、持病が悪化して寝込んでいたんですよ」
「だからといって、その組織の連中は、トップに何も言わずにお前を追放したのか? 普通なら、報告ぐらいはするだろう。そして、お前を追い出すことに、賛同していた可能性が高いと思うぞ?」
「……でも、仮にそうだったとしても、追い出されたおかげで、僕は聖女様に会えたわけですし……」
「その聖女にしたって、お前のことを軽く見て、大精霊の生け贄にしようとしたわけだが?」
「…………でも、聖女様からソリアーチェを頂いたおかげで、今の僕があるんですから……」
「こういうことだ。私が思うに、大精霊の保有者は、身近な人間と本気で喧嘩することができない。それは、優しさというよりも、意志の弱さによるものだ」
「……」
「どんなに酷い扱いをしても簡単に許してくれる人間ほど、精霊にとって都合の良い人間はいない。だから、この男や聖女は精霊に安心感を与える、というわけだ」
……何だが、酷く馬鹿にされた気分だった。
「まあ、心が広いことはいいことだよな」
フォローするラナに対して、クローディアさんは冷たい視線を向けた。
「お前は、本気でそう思っているのか? この男も聖女も、自分の敵ですら、あっさりと許してしまえるような人間だぞ? ひたすら状況に流されて行動しているだけの人間に、魅力があるとはとても思えない。はっきり言えば、私は大精霊の保有者のような連中のことが好きではない」
「聖女様は、世の中の人のために頑張っているのに……」
リーザが不満そうに言った。
しかし、クローディアさんは首を振る。
「それだって、自らの意志による行動ではない。状況に流され続けた結果そうなっただけだ。話していて分かったが、あの女には使命感というものが全くない。聖女として振る舞っているのも、周囲にそれを期待されたからだ。精霊を肯定するのだって、強い意志によるものではなく、現状を変えたくないという一心によるものだろう」
「分かっていませんね。だから良いのではないですか」
今まで、疲れた様子で黙り込んでいたソフィアさんが口を開いた。
「何だと?」
「多くの人は、自分の意志によって行動します。だから、人は対立するのでしょう? ヨネスティアラ様もルークさんも、人々が望めば、断らずに命を捨ててくださるような方々です。これほど素敵な人はいないではありませんか」
「自己犠牲の精神、か。そんなに社会貢献をする者が好きなら、貴族の元で世に尽くしたらどうだ?」
「いいえ。私は自己犠牲が好きなわけではありませんし、貴族は、人々から求められて民に尽くしているわけではありません。彼らは、幼い頃からの教育による思い込みや、自らの保身のために、良い人であるかのように振る舞っているだけです。そんな人は、全く偉いと思えませんね」
「それで救われる者がいるなら、何もしないよりはいいと思うが?」
「だから貴方は分かっていないのです。自らの意志だけに基づいて誰かを救うような人は、勝手気ままに破壊や殺戮を行う人と、本質的には何も変わりません」
「……何だと?」
クローディアさんの困惑は、先ほどよりも強まったようだった。
「だって、どちらも、自分の思うままに行動しているではありませんか。つまり、昨日までは人々を救うための活動をしていた方が、今日からは考えを一変させて、人々を皆殺しにしようとする可能性だってあるわけです」
「それは、周囲の考えに流され易い、大精霊の保有者だって変わらないだろう? むしろ、そのリスクは高いと思うが……?」
「ですが、ヨネスティアラ様やルークさんがそのような行動を取るとしたら、多くの人がそれを望んだ時だけです。だとしたら、たとえ人類が滅ぼされたとしても、それは仕方が無いではありませんか」
「……お前は、大精霊の保有者が人類を滅ぼすことを……肯定するのか?」
「当然です」
ソフィアさんは、迷いなくそう言った。
クローディアさんは、しばらくの間、黙り込んでしまう。
「……お前の境遇には同情するが、自暴自棄になるのは良くないと思うぞ?」
「あら、私の考えは、病気とは何の関係もありませんよ? 昔から、ろくでもない連中をまとめて始末するために、爆裂魔法を研究していましたから。ヨネスティアラ様と共に旅をしていた頃には、気に入らない町や村の住民を、まとめて始末しようと提案したことは、一度や二度ではありません。そんな時、いつも他の仲間や、ヨネスティアラ様からは拒否されてしまいましたが」
「聖女に、殺戮を……提案しただと? 驚くほど邪悪な女だな、お前は……」
「まあ、心外ですね。私が本当に悪い人間だったら、そんな提案をする前に、気に入らない人間は全て暗殺してしまいますよ。その決断を、周囲の人間の意見を反映するヨネスティアラ様に委ねたのですから、とても理性的だと思いませんか?」
「……お前のような奴が、他人の意見に流され易い大精霊の保有者とパーティーを組むなど……悪夢としか言いようがないな」
「そうでしょうね」
二人は、恐ろしい会話をしている。
僕達は、全くついていけなかった。
意外だったのは、レイリスですら、ソフィアさんの主張に困惑した様子だったことだ。
そういえば……レイリスが人に襲いかかった時、ソフィアさんはいつもそれを止めていた。
ソフィアさんの主義主張は、到底世の中に受け入れられるものではない。
彼女はそれを認識しているから、レイリスが普通に暮らせるように、自分の考えを伝えなかったのだろう。
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