大精霊の導き

たかまちゆう

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43話 病

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「魔生物を追い詰めた時は、自爆を警戒してください」

 エクセスさん達と合流する前に、ソフィアさんはそう言った。

「……なるほど。爆裂魔法を使う相手には、そういったことを警戒しないといけないんですね?」
「一般論として話しているわけではありません。魔生物は、必ずそうすると考えられます」
「それは……いつもの勘ですか?」
「いいえ、知識から導き出せる推測ですよ」
「……どういうことですか?」
「魔生物は、より多くの人間を殺そうとする習性がある、ということです。だから、最期の一瞬になっても、近くにいる人間は殺そうとするに違いありません」
「そうなんですか……?」

 どうして、ソフィアさんがそんなことを知っているのだろう?

 確かに、精霊以外の魔生物は、むやみに人を殺そうとする。
 しかし、あらゆる魔生物がそうとは限らないと思うのだが……。

「もしも、誰かを庇う必要が生じたら……私は、ルークさんと一緒に瞬間移動の魔法をつかうかもしれません。なので、そうなった時には落ち着いて、すぐに障壁を展開してください。ルークさんは、障壁を展開するのが上手いので、きっと成功します」
「は、はい!」
「おいおい、俺は見捨てるのか?」

 首領が苦笑しながら言う。

「ディーンさんは、私達が助ける人以外を全員助けてください」
「それは、俺を頼りすぎだと思うんだが……」
「出来なければ死人が出てしまいます。犠牲は1人も出したくありませんので」
「まったく、病人に対して、無茶なこと言うぜ……。まあ、俺のことはいい。その作戦だと、ソフィア嬢ちゃんにかかる負担も大きいと思うが、大丈夫なのか?」
「……大丈夫です。必ず成功させますから」

 障壁の外で、爆風が荒れ狂う。
 その破壊力は凄まじかったが、僕が展開した障壁は、魔生物の爆裂魔法を完全に遮っていた。

 良かった、助かった……!
 ソフィアさんと事前に打ち合わせをしていたとはいえ、ここまで計画どおりにいくとは思っていなかった。

 爆風が収まり、砂埃が薄くなると、首領達が一箇所に集まっているのが見えた。

 どうやら全員無事のようだ。
 首領が障壁を展開して助けたのだろう。

「……凄いな、君達は」

 尻もちをついた状態で、エクセスさんが呟くように言った。
 エクセスさんがそのような格好をしているのは、障壁を内側から破らないように、剣を引いたからだ。
 結果として、障壁に体当たりして弾き返される形になったが、そのおかげで僕達は全員無事である。
 事前に作戦を知らされていなかったというのに、素晴らしい判断だった。

「凄いのはソフィアさんですよ」

 これは、謙遜ではなく、本心からの言葉だ。


 もしも、僕が障壁を展開し損ねたら。
 あるいは、エクセスさんが内側から障壁を破ってしまったら。
 ソフィアさん自身も含めて、今頃全員が木っ端微塵である。

 そのことを考えると、この作戦を決行したのは凄い度胸だと思う。


 ソフィアさんは僕に抱き付いたままだ。
 そのことを意識すると、一気に恥ずかしくなった。

「ソフィアさん、そろそろ離れてください……ソフィアさん?」

 何だか様子がおかしい。
 それに気付いたのと同時に、ソフィアさんが僕に寄りかかってきた。

 慌ててソフィアさんの身体を支える。
 どうやら意識を失っているようだ。

「首領! ソフィアさんが!!」
「ちっ、やっぱりこうなったか!」

 首領は毒づいた。

「見せてください!」

 セレーナさんがこちらに駆け寄って来た。
 どうやら、アイラさんの治療は終わったようだ。

 僕の傍まできて、セレーナさんはソフィアさんの状態を調べる。

「……おそらく、一時的に失神してしまっただけでしょう。急に大量の魔力を使ったことで、血流に影響が出たのだと思います」
「やっぱり、魔力を使い過ぎると、気を失ったりするんですね……」

 以前、セリューでの戦いで、強烈な疲労感に襲われたことを思い出す。
 僕も気を付けないといけない。

「……お前、大精霊を保有してるのに、そんなことも知らなかったのか?」

 首領が呆れた様子で言った。

「そりゃあ、そういう話を聞いたことはありますよ? でも、僕はずっとFランクの精霊しか使っていなかったので……」
「聖女ちゃんには忠告したんだが……あんまり無理すると、俺みたいになるってな。その話を、お前は聞かなかったのか?」
「いいえ……」
「あのガキ、俺の話を信じてないんだな……。いいか、よく聞け。俺が病気になったのは、無理して魔力を使い過ぎたせいだ。俺自身はそう思ってる」
「えっ……!」

 そんな話は初めて聞いた。
 魔力を使い過ぎると、病気になるだって……!

「お前、慣れない魔法を無理矢理使ってるだろ? 確かに、大量の魔力を使えば、そういうことだって可能にはなる。だが、それは本来必要な魔力の何倍もの量を使うってことだからな? そんなことを繰り返せば、俺みたいになるのは避けられないぞ?」
「そんな、まさか……! だって、そんな話、一度も聞いたことがありませんよ!? それが本当なら、どうしてもっと知られていないんですか?」
「それは、誰も俺の話を信じないからだ。そもそも、俺が知ってる範囲では、AAランク以上の精霊を保有している奴にしか当てはまらない話だからな。そうでなければ、とっくに大騒ぎになってるだろう」
「……」

 そういえば、聖女様は僕に、精霊を酷使しないことを約束させた。
 あれは、首領の話を意識して言ったことだったのかもしれない。

「ルーク、ディーンさんの話を真に受けない方がいい」
「エクセス、お前も俺の話を信じてないんだな?」
「ディーンさんは心配し過ぎですよ。貴方は、幼い頃にAAAランクの精霊と適合してから、大半の役割を兼務して戦い続けたんでしょう? 子供がそんな無理をしたら、病気になってもおかしくありませんよ」
「まったく、どいつもこいつも……」

 首領は溜め息を吐いた。

「それに、仮にその話が本当だったとしても、俺には関係ありませんね。近接戦闘しかしませんから、魔力を使い過ぎる、なんてことはないので」
「だが、ルークは俺と同じ調整者だ。色々な役割をこなそうとして無理をすれば、必ず体に影響が出る」
「は、はい! 気を付けます!」
「そうしてくれ。ソフィア嬢ちゃんは、俺と同じような経緯で病気になったんだからな」

 そうだったのか……。

「……私は大丈夫ですよ。急にファレプシラを使って、ちょっと疲れただけです」
「ソフィアさん、気が付いたんですか!?」
「いけませんよね……自分が倒れるほど無理をしては……」

 ソフィアさんは、自嘲するように笑った。


 僕達は、一旦集落に戻ることにした。

 僕は、ソフィアさんを抱えて運んだ。
 本人は自分で歩くと言ったのだが、僕がそうしたかったのだ。

 体調の悪い女性を抱えて運ぶなんて、いつになく男らしい行動だと思う。
 これで、ソリアーチェの力を借りていなければ、とてもカッコ良かったのだろうが……。


 集落に戻り、僕達はほとんど全員が一日宿泊させてもらうことにした。
 倒れたソフィアさんは勿論だが、首領は元々体調が悪く、僕も寝不足で疲れているのだ。

 また、アイラさんとスコールさんも、回復魔法による治療を受けたとはいえ、しばらくは安静にした方が良い。
 回復者であるセレーナさんは、念のため僕達に付いていたいと申し出た。

 結局、エクセスさんが一人だけで、エントワリエまで魔生物討伐の報告に行くことになった。


 僕達は、翌朝まで眠った。
 充分に休んだことで、全員が元気な様子だった。
 特に、ソフィアさんがいつもと変わらない様子だったので安心した。

 突然押しかけて寝込んだため、集落のおさにはかなりの迷惑をかけたと思うが、おさも他の住民も、僕達にとても感謝してくれた。

 恐縮しながら、こちらも集落の人々に感謝を伝え、僕達はエントワリエに向けて出発した。


 途中で通りがかった町や村では、人々が歓喜に沸いていた。
 住人も兵士も、自分達を脅かしていた魔物が滅んだと知って、そのことを祝いたい気分なのだろう。

 僕達は、この人達を救ったんだ……!
 そう考えると、僕は嬉しかった。


 僕達はエントワリエに帰還した。
 街は、やはりお祝いムードだった。

 もしもこの街で爆発が起これば、何千、何万という人が死んでいただろう。
 人の出入りを制限し、常に警戒し続けていたのだから、魔生物を討ち取ったと聞いて祝いたくなる気持ちはよく分かった。


 僕達は、当然のように歓迎された。
 彼らは、僕達のことを英雄視しているようだった。

「お前達、無事に帰って来たか! 良かった!」

 エクセスさんが僕達を迎えた。
 彼は、仲間と互いの無事を喜んだ。

 そして、エクセスさんは僕の方へ近寄って来た。

「ルークを待ってる人がいるんだ! ほら、あそこに!」

 エクセスさんが示した方を見ると、そこにいたのは……。

「……聖女様!」

 聖女様とその仲間が僕達を待っていた。

「久し振りですね、ルーク。そして……」

 聖女様は、そこまで言って困った表情を浮かべた。
 それと同時に、聖女様の仲間が意外な反応を見せた。

 赤毛の戦士と黒髪の魔導師、そして大男が精霊を呼び出す。
 そして、武器を抜いて構えた。

 彼らの動きは、明らかにこちらを敵と見なしたものだった。
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