大精霊の導き

たかまちゆう

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26話 裏の顔

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 倉庫から出ても、しばらくは、誰も何も言わなかった。
 先ほどの話を、どう受け止めればいいのかが分らなかったのだ。

「皆様、申し訳ありません。不快な思いをさせてしまいましたね」

 そう言って、ソフィアさんは頭を下げた。

「……まあ、相手は殺人鬼だったんだろ? ソフィアさんだって殺されそうになったんだし、ちょっとやり過ぎたって、別に問題無いだろ」
「ラナ、それは……」

 リーザは、言うのを途中でやめてしまった。

「何だよ?」
「いえ、いいの。貴方の言うとおりだわ……」

 リーザの顔は蒼白だ。

 無理もない。
 彼女は、ソフィアさんの行為が許されないものだと知っているのだろう。


 以前、ポールからこんな話を聞いたことがある。

 例えば、ステラが襲われそうになって、咄嗟に相手を殺してしまったら、正当防衛であり罪にはならない。
 だが、その際の攻撃で殺し損ねた相手をさらに攻撃して、殺してしまったら罪になるのだ。

 これは、大抵の人間は気にしていない差である。
 だが、大きな差だ。


 あの男の話が本当なら、ソフィアさんの行為は明らかな殺人である。

 田舎の役人ならば、そんな細かいことは気にしないだろう。
 だが、セリューのような大きな街の警備隊ならば、そういった法律論を無視したりはしないはずだ。

 ソフィアさんがそんなことをした、などということは、信じたくなかった。
 警備隊のフェデル隊長の態度も、そんな疑惑を抱えた人間に接するようなものではなかった。

 全てはあの男の憶測であり、ソフィアさんは自分の身を守っただけなのだと思うのだが……。


「それで、これからどうするんだ? 結局、オクト達の居場所は分からないままだろ?」

 気を取り直した様子で、ラナが尋ねてきた。

「こうなったら、相手が動いたタイミングで捕まえるしかないわね」
「面倒だな……時間もかかるし。もっといい方法はないのか?」
「仕方がないでしょ? スラムの人には協力してもらえないでしょうし、警備隊には情報がないんだから……」
「おい、あんたら」

 突然、一つの小屋の中から声をかけられた。
 見ると、窓として壁にくり抜かれた穴から、一人の男が目から上だけを出している。

「盗賊団の情報が欲しいんだろ? 金をくれたら、いい話をしてやるぞ?」
「……簡単には信じられないわね。お金だけ取って、逃げるつもりでしょ?」
「あの盗賊団の頭は、ガルシュって奴だ。そいつの居場所を教えてやるぞ?」
「……せめて、姿をきちんと見せたら?」
「そんな危ないことができるかよ。俺があいつらに消されちまう……。そうだ、街の南の外れに、でっかいオークの木があるだろ? その下で、今夜会おうぜ? 俺が信用できないってなら、金の半分は、盗賊団を捕まえた後の支払いでも構わないぞ?」
「……いいわ。今夜ね?」
「ああ。必ず来てくれよ?」

 男は引っ込んでしまった。

「行きましょ。ここで話を聞くわけにはいかないわ」

 僕達は、すぐにその場を後にした。

 家の中にいる男が、本当に情報を持っているのかは分らなかったが、その疑問をこの場で解決するのは不可能だろう。

 盗賊団のアジトは、このスラムにあるはずだ。
 迂闊に姿を見せられない、というのも、もっともな話である。

 僕達は、夜まで時間を潰すことにした。


「なあ、待ち合わせの場所は、ここで合ってるよな?」

 ラナが、今夜で何度目かの疑問を口にする。

「街の南にある、大きなオークの木なんて、ここしかないわよ」

 リーザが、不機嫌な口調で答える。


 僕達は、既に何時間も男が来るのを待っていた。

 やはり、あの男は出鱈目なことを言っただけではないのか?
 ひょっとして、待ち合わせの場所を間違えてしまったのではないか?

 そんな不安があり、僕達はずっと落ち着かない気分だった。


「きっといらっしゃいますよ。信じて待ちましょう」

 ソフィアさんは気楽な様子で言う。

「……」

 レイリスは、ずっと警戒し続けたままだ。


 やがて、周囲を窺いながら、人影が近付いて来る。

「待たせて悪かった。姿を見られたら、俺が殺されるかもしれないからな……」
「待って!」

 レイリスが、ナイフを抜いて前に出る。

「お、おい、何だよ? 俺は、情報を持ってきたんだぞ?」
「貴方は、昼のあの人じゃない。声が違う」

 レイリスは、はっきりと、断定する口調で言った。

 カマをかけている様子はない。
 どうやら、レイリスは相手が別人だと確信しているようだ。

 しかし、僕には、昼に聞いた声と、相手の声が違うようには思えなかった。

「……ほう。まさか、見抜かれるとはな」

 先ほどまで発していたのとは異なる声で、男は呟き、踵を返して逃げ出した。

 レイリスが、その背中を目がけてナイフを投げる。
 しかし、男は振り返りもせずにナイフを躱した。

「えっ!?」

 レイリスが驚きの声を発する。
 これほど、あっさりと避けられるとは思わなかったのだろう。

 僕は、慌てて男を追おうとしたが、その前に一条の閃光が男の足を貫いた。

「ぐっ!」
「逃がしませんよ」

 ソフィアさんが、男に杖を向けて言った。


 この距離で……攻撃魔法を当てた!?

 ソフィアさんが持っているのは、魔導師が使うのと同じタイプの杖である。
 魔力を効率よく伝える性質を持つ宝石を、規則的に配置した物だ。

 これを使うと、魔法を遠くまで届けることができるし、照準も安定しやすくなる。

 加えて、ソフィアさんはAランクの精霊の支援を受けている。
 この程度のことは、本来ならば驚くようなことではない。

 しかし、いつもの、目を閉じてしまう癖はどうしたのだ?

 ソフィアさんが、敵に攻撃魔法を命中させたのは二度目である。
 しかも、どちらも相手が人間だった時だ。まさか……。

 信じられない思いで、僕はソフィアさんを見た。
 彼女は、普段からは考えられないほど冷たい眼で、男を見下ろしている。

 ソフィアさんは、男に歩み寄りながら質問をぶつけた。

「貴方は、盗賊団のメンバーですね? ガルシュという男や、オクトという男はどこにいるんですか?」
「……知らん」
「そうですか」

 ソフィアさんは、血が流れ出している男の足を踏み付けた。

「がっ……!」
「昼のあの人はどうしましたか? 代わりに貴方が来た、ということは、貴方が殺したのでしょうか?」
「さあな……ぐっ!」

 ソフィアさんは、男を踏んでいる足に体重をかけたようだった。男が苦悶する。

「ところで、失うのはどちらの手の指がよろしいですか? 貴方が望む順番で、一本ずつ魔法で吹き飛ばしてさしあげましょう」
「ソフィアさん、やり過ぎですよ!」

 リーザが慌てて止める。

 ソフィアさんは、僕達がこの場にいることを忘れていたようだった。
 我に返った様子で足を引っ込める。

「あらいけない、私ったら……」

 ソフィアさんは、ちょっと失敗した、といった様子で呟いた。

 僕は、全身から血の気が引いていくのを感じた。
 ラナもリーザも、蒼白になっている。

 ソフィアさんの言動を見ても、レイリスだけは目を輝かせていた。
 彼女は、元々ソフィアさんの本性を知っていて、それでも慕っていたのだろうか……?

「警備隊の人を呼びましょう。レイリス、お願い」
「はい」

 ソフィアさんに頷いて、レイリスは駆け出した。

「……ソフィアさん、まさか、いつもこんなことを?」

 僕は、恐る恐る尋ねた。

「いつもではありませんよ。ヨネスティアラ様に苦言を呈されてからは、なるべく人前ではやらないことにしていますから」
「……じゃあ、聖女様に会うまでは?」
「少々やり過ぎてしまったことは、何度かありましたね」

 ソフィアさんに、こともなげに言われてしまい、僕の身体は震えた。
 まさか、この人がこんなに残虐な一面を持っているなんて……。
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