大精霊の導き

たかまちゆう

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9話 イノシシ狩り

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 依頼を出した村に行くと、村人から露骨に不安そうな顔をされた。
 僕達が、あまり強そうに見えないからに違いない。

 自分達で信頼性の低い宿に依頼を出したんだろう、と言いたくなるが、こちらがそのような開き直りをするわけにはいかない。

「このような状況になって、大変困っておりましてな……」

 村長は、髭を撫でながら言った。
 文句を言いたいのを必死に我慢している様子だ。

「最近になって、畑の作物が酷く食い荒らされるようになりましてな。村の者の中には、イノシシの姿を見た、と言う者もおります。このままでは深刻な被害になりかねんので、最初は通りすがりの冒険者に依頼を出しました。ところが、その冒険者が、いつまで経っても報告を持って来ませんでしてな……。その時は、依頼をすっぽかされたと思ったので、何と無責任なのだと腹が立ったのです。そこで、街まで行って、8つの宿から一つを選んで依頼を出しました。ところが、その宿の冒険者も音沙汰無しになってしまい……。あんたらの宿以外、報酬の上積みを要求されて、依頼を受けてもらえなかったのです。どうか、よろしくお願いしたい」

 村長は頭を下げた。
 おそらく、藁にも縋る思いなのだろう。

「分かったよ。大船に乗ったつもりで任せてくれ!」

 ラナが自信たっぷりの様子で言う。
 そんなラナを、リーザは冷ややかな目で見た。

 しかし、村長を不安にさせてもメリットはない。
 そういう意味では、ラナの態度は正しいのである。

 僕も、なるべく自信ありげな態度を装った。


 畑は、村長の言葉どおり荒れ果てていた。

「酷いな、これ……」
「この足跡は、イノシシのものでしょうか?」

 ソフィアさんが、畑の隅に屈み込むようにしながら言った。
 覗き込むと、確かにイノシシのものらしき足跡がある。

「イノシシくらいなら、あたしらでも楽勝だな!」

 ラナが、拳を握りしめて嬉しそうに言った。

「……それはどうかしら?」

 リーザは不安そうに呟いた。
 そして、畑を丹念に調べ始めた。

「まったく、リーザは心配性だな」
「ちょっと違和感があるのよ。イノシシ1頭が荒らしたにしては、荒らされている範囲が広すぎる気がするの」
「……じゃあ、イノシシが2頭以上いるのか?」
「かもしれない。でも、イノシシ以外の動物がいるのかも……」
「ソフィアさん、あれ」

 レイリスが、右手でソフィアさんの袖を引っ張り、左手で畑から少し離れた位置に生えている木を指差して言う。

「あら、レイリス、どうしたのですか?」
「木の実が取られてる」

 言われて見上げたが、どこから取られているのかまでは分からなかった。
 しかし、冷静に観察すると、その木には食べ頃の実が一つも付いていない。

「村の人間が収穫したんだろ?」
「そうかもしれないけど……」
「確認してみましょう」


 僕達は、村に戻って、村長からもう一度話を聞いた。
 すると、畑が荒らされるだけでなく、果樹も荒らされていることが分かった。

「どうして、それをもっと早く言ってくれないんだよ!」

 ラナが詰め寄った。
 村長は、色々と弁解したが、要するに「それほど重大なことだとは考えなかった」ということらしい。

 しかし、僕は村長の態度から、良くない可能性を思い付いてしまった。

 こっそりとリーザの様子を窺う。
 リーザの表情も険しく、僕と同じことを考えているようだった。


「まったく、情報はちゃんと全部出せよな!」

 ラナは、怒りが収まらない様子で言った。

「うっかりしていたのでしょう。私もよくあることですから」
「それは違いますよ、ソフィアさん」

 リーザは、怒りを押し殺したような口調で言った。

「あら、それはどういうことですか?」
「こういう依頼人もいるってことです。特に、うちの宿に依頼を出すような連中には」
「まさか、わざと情報を出さなかったのか!? でも、どうしてだ?」
「後で依頼料を値切るためよ。畑が荒らされているのは明らかだけど、果樹が取られたことには、注意しないと気付かないでしょう? 私達がイノシシだけを退治して依頼料を貰いに行ったら、難癖を付けるつもりだったんだわ」
「ですが、それでは、残った害獣に作物を荒らされ続けるでしょう?」
「あの村長は、その点については既に諦めているんですよ……」


 リーザは、詳しく説明を始めた。

 この村には、少なくとも二種類以上の害獣がいる。
 イノシシの目撃情報と、イノシシでは取れない高さにある果樹から、そう推測できる。

 そして、少なくともその一方は、魔獣であるリスクが高いと考えられる。


 では、自分達に払える報酬で、魔獣を駆除できるような冒険者を雇えるのか?
 そのことを考えて、あの村長は、否、という結論を出したのだろう。


 そこで、あの村長は、イノシシだけでも駆除しようと考えたのだ。

 無論、イノシシが魔獣ならば僕達は全滅するが、その時は依頼料を払う必要がなくなるので、村としては損失が発生しない。
 しかし、その後も魔獣が残ることを考えれば、イノシシの駆除のために充分な報酬を払うのは馬鹿らしい。

 そこで、値切るためのカードを残す、という策を考えたのだろう。


「そこまで分かってて、何で黙ってたんだよ!」
「証拠は何もないじゃない。それに、この村に報酬の値上げ交渉は難しそうだから、相手の弱みを突いても仕方がないもの」
「……大人って汚い」

 レイリスが、嫌悪感を露わにして言った。

「交渉というのはそういうものよ。駆け引きをする方が、気に入らない相手を片っ端から消すよりは健全だわ」
「……」

 リーザに険のある声で言われ、レイリスは怯えた様子でソフィアさんにしがみついた。

「リーザ、レイリスをいじめないでください」
「……ごめんなさい。ちょっとイライラして……」
「まったく、子供に八つ当たりすんなよ」

 ラナは呆れた様子で言ったが、レイリスはラナ相手にも怯えた様子だ。
 決してソフィアさんから離れようとしない。


 やはり、思ったとおりだった。
 レイリスは、ソフィアさん以外の二人と上手くいっていないらしい。


 抹消者イレイザーは、その技術が恐れられ、あるいは本人の性格が内向的である場合が多いため、パーティーに加えると孤立することが多い。
 レイリスは、ソフィアさんに頼り切っているようだ。


 パーティーのリーダーが、聖女様のような人望も統率力もある人間ならば、問題は起こらないのかもしれない。
 しかし、ソフィアさんはリーダーとしてはおっとりとし過ぎている。
 ラナは気楽過ぎるし、リーザは性格がキツい。
 そして、レイリスはソフィアさん以外に心を開いていない。

 こんな状態では、やはり、このパーティーの存続は難しいのではないだろうか……?
 害獣の駆除だけでなく、この問題も、僕にとっては非常に厄介だった。


 暗くなる前に、イノシシだけでも駆除しておこう、という話になった。

 探索方法は単純で、まずソフィアさんが探知の魔法を使う。
 周囲の大きな生き物を探し、それぞれがイノシシであるか確認するという作戦である。

「ソフィアさん、お願いします」
「はい。アヴェーラ!」

 ソフィアさんが呼ぶと、ソフィアさんの後ろに精霊が現れる。

 彼女の精霊はとても大きい。
 Aランクの精霊だ。

 以前は聖女様のパーティーのメンバーだった、というだけのことはある。


 ソフィアさんが探知魔法を発動させた。
 そして、一方向を杖で指し示す。

「ここから、あちらに向かって進めば、何か大きな動物がいますね。レイリス、お願いします」
「はい。ハルシア、お願い」

 レイリスの後ろに、小さな精霊が現われる。Cランクの精霊だ。

 レイリスは、ナイフを抜いて姿を消した。

 少し経ったが、人が動いた気配はなく、足音もしない。
 抹消者として完璧な身の隠し方だ。
 ソフィアさんとラナは、それを当然の事として受け入れている様子だった。

 しかしリーザは、身体を抱いて不安そうにしている。

 ひょっとしたら、レイリスが裏切って自分を刺すのではないか?
 そんな不安が拭えないのだろう。

 腕の良い抹消者イレイザーに対して、そうした不安を抱く者は少なくない。
 その気持ちは、レイリスに嫌われている僕にはよく分かる。

 もっとも、レイリスの精霊とソリアーチェとでは大きさが違い過ぎる。
 いかにレイリスが抹消者イレイザーとして腕が良くても、彼女の接近はソリアーチェが感知してくれるだろう。


 しばらく経って、唐突にレイリスが姿を現した。
 消えた時と、ほとんど同じ位置に戻っている。

「鹿だった」

 結論だけポツリと告げる。

「そうでしたか。それでは、次の場所に向かいましょう」


 そんな調子で、次々と場所を移動し、ついにその時は訪れた。

「いた。一頭だけ」

 レイリスが告げ、僕らの間に緊張が走る。

「ライア、頼むぜ!」
「フィオリナ!」

 ラナとリーザが、それぞれ精霊を呼び出す。
 ラナの精霊がEランク、リーザの精霊がDランクのサイズだ。

「ソリアーチェ!」

 僕も精霊を呼び出す。


 今回は、ソリアーチェをDランクのサイズにした。
 Fランクだとあまりにも小さくて不自然だし、他のメンバーと比べて見劣りしてしまうからだ。


 しかし、その姿を見たラナとリーザの反応は芳しくなかった。

「なんだ、あたしらと似たような大きさかよ」
「本当に、貴方ってどこが凄いの?」

 選択を誤ったようだ。
 せめてCランクにしておくべきだった……。

「まあ、その子はソリアーチェという名前なのですか?」

 ソフィアさんが目を丸くした。

 ……しまった。
 ソフィアさんは、聖女様がソリアーチェを持っていたことを知っていたのか!

「ええ、まあ……」
「そうですか。凄い偶然があるのですね」

 ソフィアさんは、あまり深く考えていない様子で言った。

「その名前が、どうかしたんですか?」
「いえ、大したことではないのです。では、参りましょう」

 話はそれで終わった。
 全員、これから狩るイノシシに集中している様子だった。


 イノシシの近くまで来た。
 そのイノシシは、何かが近くまで来ていることは察しているらしく、辺りを警戒するような仕草を繰り返している。
 そして、突然駆けだした。

「逃がすもんですか!」

 リーザが、イノシシの目の前に障壁を展開する。
 光の壁に勢い良く激突したイノシシは、強行突破をしようとするが、障壁は破れない。

「ソフィアさん、今です!」
「はい! アヴェーラ!」

 ソフィアさんは、イノシシに対して両手で構えた杖を突き出し……目を、瞑った。

 攻撃魔法が発射される。
 それは、イノシシよりも遥か手前の地面を穿った。

 イノシシは、壁を突破することを諦めて進行方向を変える。
 リーザは、障壁を消して新しい壁を生み出す。

 そんなことを繰り返すと、やがてイノシシはこちらに向かってきた。

「任せろ!」

 ラナは、背中から大剣を抜き、イノシシに向かっていく。
 そして、剣を思いっきり振りかぶって、力任せに振り下ろした。

 ……あまりにも大振りだ。これでは、相手に当たるわけがない。

 案の定、イノシシはラナの脇をすり抜けてこちらに向かってきた。

「ちゃんと仕留めなさいよ! いつもこれじゃない!」

 リーザが毒づいて、僕達の前に障壁を展開する。
 イノシシの突進は、再び遮られた。

 すると、突然レイリスが姿を現わし、イノシシの首筋にナイフを突き刺した。

 イノシシは、激痛で暴れ出した。
 その動きを、リーザが障壁で制限する。

「とどめだ!」

 ラナが剣を振り下ろす。
 イノシシは身体を切り裂かれ、のたうち回り、やがて息絶えた。
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