上 下
10 / 54
一章:話の始まりはこうだった

10

しおりを挟む
 次に意識が浮上したのは、翌日のお昼過ぎだった。
 すっかり高くなった陽光が窓から差し込んでくる。
 眩しさに目を細め、そういえばこの家の窓にはカーテンがなかったな、とふと思った。

 直後、脳内でもう一人の私が語り始める。

 ――『西の島に住むタリムの民は、それぞれの縄張りを持っている。大抵のタリム人が家の窓にカーテンをかけないのは、家族以外に覗かれる心配がないからだ』

 ぎょっとしたのも一瞬、ああ、これが情報共有魔法なのだとすぐに分かった。
 初めて知る情報なのに、何故か初めてな気がしない。
 忘れていたことを思い出したような、そんな感覚だった。
 私が疑問を抱く度に、今みたいな解説がすぐに返ってくるのだろうか。
 
 試しに「タリムの民の『タリム』とは?」と考えてみた。
 すると再び、もう一人の私が語り始める。

*** 
 
 この世界の初めに、サリムとタリムという双子の女神がいた。
 サリムは魔法の指を用いて東の島を豊かに整え、タリムは大きな翼を用いて西の島を自由に飛び回った。
 それぞれの女神は、互いが持っている魔法の指と大きな翼を羨ましく思っていた。
 羨望は嫉妬を呼び、嫉妬は憎悪を招く。
 二人の女神は、次第に憎み合うようになってしまった。
 姉妹が引き起こした諍いは、あっという間に戦火となって大地を焼いた。
 多くの人間が死に絶えたのを見て、天の創造神は大いに悲しみ、嘆いた。
 創造神の涙は百日続き、西と東の島の間に『涙ノ滝エドラザフ』が出来た。
 父神の嘆きに心を打たれたサリムとタリムは、ようやく互いの犯した過ちに気づき、憎みあうのをやめた。
 サリムは予言した。――サリムの民は、魔法でタリムの民を攻撃してはならない。禁忌を犯したものの指は、もげて落ちることになるだろう。
 タリムは予言した。――タリムの民は、決められた場所と日以外に西の島に渡ってはならない。禁忌を犯したものの翼は、腐り落ちることになるだろう。
 世界から諍いが消えるのを見届けた後、二人の女神は天へと帰っていった。

***


「――……そっか。この世界の人達は、それぞれの守護女神様の特徴を受け継いでるってことなんだ」

 私は独り言ち、得た情報を整理した。

 翼を持たない「サリムの民」は、生まれながらに魔法の資質を持っている。
 ある程度まで育つと、人差し指に呪が浮かび、自然と魔法が使えるようになるという。
 この情報には、かなりがっかりした。
 私も頑張ればいつか魔法が使えるようになるのでは? と仄かに期待していたのだが、はっきり無理だと分かったのだ。サリムの民は、先天的に備わった魔法力で魔法を操っている。

 翼を持つ「タリムの民」も、成人するまで鳥型に変身することは出来ない。
 彼らは16歳になると『羽化』と呼ばれる変化を起こし、自分の意思で成体に変化することが出来るようになる。

 鳥型、そして成体という言葉に、私はようやく「人でもあり鳥でもある」というラスの台詞を理解した。
 彼らは普段は二足歩行で生活し、狩りの時だけ『巨大鳥』に変身するらしい。
 
「なるほどな~」

 再び呟き、あれ? と首を捻る。

 私が得た知識によれば、サリム人とタリム人は、住む島をはっきりと分けている。
 なのに、どうしてユーグさんはこっちの島に住んでいるんだろう。
 ユーグさんは魔法使いだ。翼も生えていない。
 ということは、東の島に住むサリムの民のはずなのに……。

 私の得た情報が不十分なだけで、例外となるケースがあるのだろうか。
 もっと詳しく知りたいが、これ以上の情報はもう浮かんでこない。

 うーん、と唸ったところに、ノックの音がした。
 トントン、ガチャ。
 返事をする間もなく、ベネッサさんが扉の隙間からひょこんと顔を出す。
 
「あら、もう起きてたのね? 気分はどう?」
「大丈夫です。すっきりしてます」
「よかった! 心配ないってユーグは言ってたけど、魔法に馴染みがないからどうしても心配で……」

 ベネッサさんは、ホッとしたように頬を緩めた。
 ユーグさんが西の島に住んでいる理由を尋ねようか迷ったが、本人に直接尋ねるべき案件な気がして、口を噤む。

「お昼ご飯、ミカの分を残してあるんだけど、どうする? 食べられそう?」
「た、食べたいです!」

 いいんですか、とか、すみません、とか。
 喉元まで込み上げた遠慮の台詞は押し込め、素直な気持ちを口に出す。
 ベネッサさんは嬉しそうに笑って、「食欲があるなら大丈夫ね」と言った。

 お昼のメニューは、豆と芋を煮込んだスープと、葉野菜で包んだ茹で肉だった。
 素材の味がそのまま伝わってくるシンプルなメニューは、薄味に慣れればなかなかに美味しい。
 何より、お腹いっぱいになるまで食べられるのが嬉しかった。

「ご馳走様でした。お皿、自分で洗ってみていいですか?」

 働かざる者食うべからず。
 施設では職員さん達が身の回りの世話を焼いてくれたが、私を保護したベネッサさん達に国からの援助があるわけではない。私一人の食い扶持が増えたことで、出費は確実に増えている。
 そもそもこの世界に「国」という概念はなかった。ここ西の島においては「自治」という概念すらない。
 タリム人は基本的につがいと二人で暮らす。縄張り意識が強い為、近所付き合いも存在しない。
 彼らが集団――といっても三人一組という少ない単位で動くのは、狩りの時だけだった。

「ええ、いいわよ。洗い方、分かる?」
「今なら多分、分かると思います」

 私は木皿を持って裏口に出た。
 シンクの脇に備え付けてある小箱の蓋を開け、中の灰を藁束に振りかける。
 木皿の汚れを軽く洗い流した後、先ほどの藁束で油汚れを落とし、再び洗ってから水を切った。
 コップは軽くゆすぐだけでいい。
 後は、台所に戻って水切り台に立て掛ければ終わりだ。

 手際よく洗いものを済ませた私を見て、ベネッサさんは目を丸くした。

「それも、ユーグの魔法で?」
「はい。どうすればいいのかな? と思うだけで、動き方をすぐに教えて貰えるんです」
「教えて貰えるって、誰に?」
「もう一人の私に」
「ええっ? ミカの中にミカが増えたってこと?」

 ベネッサさんが目を白黒させながら、次々に尋ねてくる。
 少女のような好奇心が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

「ベネッサさんもユーグさんに魔法をかけてもらったらどうですか?」

 何の気なしに口にした言葉に、ベネッサさんは頬を強張らせた。
 楽しい雰囲気はかき消え、ピンと張り詰めた空気に変わる。

「――……え、っと。それは出来ないわ」

 ベネッサさんは蒼褪めた顔で、力なく首を振った。
 彼女の過剰な反応に驚いた私は、タリムとサリムの女神神話がただのおとぎ話ではない可能性に思い当たった。

「も、もしかして、本当に呪いが成就してるんですか?」
「呪い?」
「女神の呪いです。サリム人はタリム人を魔法で攻撃したら、ダメって……でも情報共有魔法は攻撃じゃないし、違うかな……」

 次第に声が小さくなる。
 ベネッサさんは肩の力を抜き、「そこまでは知らないのね」と呟いた。

「呪いだと言ったのは、もう一人のミカ?」
「はい」
「……ユーグならそう思ってもおかしくないけれど、私達は『掟』と呼んでいるわ」
「掟、ですか?」
「そう、女神の掟。二つの民が二度と争わないように設けた掟よ。掟はとても厳しくて、攻撃魔法じゃなくてもダメなの。サリム人がタリム人に魔法を使うことは出来ない。それがたとえ治癒魔法だとしても、サリム人の指は腐り落ちるわ」

 サリム人にとって魔法の指は、第二の心臓だ。
 指が腐り落ちれば、命はない。

 私はうすく唇を開いたまま、立ち尽くした。
 悪いことをしたら神罰が下る、という考え方は元の世界にもあった。
 だけどそれは根拠のない脅しのようなもので、実際には何も起こらない。
 この世界では、違う。
 本当に神罰は存在し、違反者の命を容赦なく奪うんだ。

「ご、ごめんなさい。わたし、知らなくて――」

 自分が放った台詞の残酷さに気づき、居た堪れなくなる。
 ベネッサさんは私に近づき、優しく肩を抱き寄せてくれた。

「気にしないで、ミカ。知らずに言ったことだもの。それに、この掟を破る者は滅多にいないから、怖がらなくて大丈夫。そういう意味では、この島は平和で安全なの。気をつけなきゃいけないのは、森の奥にいる獣と雨の時期の盛った男くらいのものよ」

 雨……?
 そういえば、前にも出てきたっけ。
 多分、私が知ってる天気の「雨」とは違うんだろうな。
 首を傾げた途端、再び情報が開示された。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。 そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。 色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。 出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。 「しかと承りました」と応えたディアセーラ。 婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。 中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。 一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。 シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。 痛い記述があるのでR指定しました。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...