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敦宣の決意
3.
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「範子さま…っ」
敦宣の肩口にぐったりともたれ掛かる範子から返る声はない。軽く揺すぶろうと彼女の肩に触れ、その細さに愕然とした。
こんな細い身体で…。
どうすれば、どうすれば…!
心の臓の音が五月蠅い。
焦れば焦るほど考えが頭から抜け落ちていく。
「敦宣!」
ぴしゃりと叱咤され、鋭く息を呑む。
見れば、己の手に寄り添うように留まる胡蝶がいた。そんなことさえ気付けていなかった。
「落ち着きなさい」
頷き、狭まった視界と、忙しない呼吸を振り払うようにぎゅっと両目を強く瞑る。肺を空にするほど深く息を飲み込む。
再び開いた視界は幾らか広まっていた。
傷からの出血によりぐったりと意識を失っている範子をそっと横たえる。闇に慣れた目には、彼女の常は桜色の頬が青白くなっているのが見てとれた。
自身の髪を解き、結っていた紐で範子の負傷した腕を縛る。
しかし傷口からは未だ鮮血が滲んでしまう。
「駄目よ、血が止まらないわ…!」
「応急措置だけでは…」
その時、死んだように静止した景色の端に影が蠢いているのに気付いた。
跳ね回っているのは魚のあやかしだ。その鱗が濡れている。
…範子の血だ。
すぅと肚が冷えていく心地がした。己の内に凶暴な衝動が沸き上がるのをやけに冷静な頭で押し留める。
そうして、巡らせた視線の先、台座に飾られた壷に目を留めた。
「…胡蝶、今から少し手荒な真似をします」
「何をする気なの?」
「わたくしたちだけでは範子さまを助けられない。ならば、することはひとつです」
殿舎は久しく使われなくなった建物だと聞く。今や物置のようなものだと。成程その通り、辺りは細々とした調度品が点在しているようだった。
「範子さま」
範子の手をとる。血の気の失せた彼女の手。強張った己のものよりも冷たい。ひと度手を取れば、どうしても離しがたかった。固い地面の上に横たえているならなおのこと。
己より一回り小さな手を一度強く握り、
「今少しだけの御辛抱です」
囁きとともにそっと離した。
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