上 下
67 / 71
敦宣の決意

3.

しおりを挟む


※ ※ ※



「範子さま…っ」

敦宣の肩口にぐったりともたれ掛かる範子から返る声はない。軽く揺すぶろうと彼女の肩に触れ、その細さに愕然とした。
こんな細い身体で…。
どうすれば、どうすれば…!

心の臓の音が五月蠅い。
焦れば焦るほど考えが頭から抜け落ちていく。

「敦宣!」

ぴしゃりと叱咤され、鋭く息を呑む。
見れば、己の手に寄り添うように留まる胡蝶がいた。そんなことさえ気付けていなかった。

「落ち着きなさい」

頷き、狭まった視界と、忙しない呼吸を振り払うようにぎゅっと両目を強く瞑る。肺を空にするほど深く息を飲み込む。
再び開いた視界は幾らか広まっていた。

傷からの出血によりぐったりと意識を失っている範子をそっと横たえる。闇に慣れた目には、彼女の常は桜色の頬が青白くなっているのが見てとれた。
自身の髪を解き、結っていた紐で範子の負傷した腕を縛る。
しかし傷口からは未だ鮮血が滲んでしまう。

「駄目よ、血が止まらないわ…!」

「応急措置だけでは…」

その時、死んだように静止した景色の端に影が蠢いているのに気付いた。
跳ね回っているのは魚のあやかしだ。その鱗が濡れている。

…範子の血だ。

すぅと肚が冷えていく心地がした。己の内に凶暴な衝動が沸き上がるのをやけに冷静な頭で押し留める。
そうして、巡らせた視線の先、台座に飾られた壷に目を留めた。

「…胡蝶、今から少し手荒な真似をします」

「何をする気なの?」

「わたくしたちだけでは範子さまを助けられない。ならば、することはひとつです」

殿舎は久しく使われなくなった建物だと聞く。今や物置のようなものだと。成程その通り、辺りは細々とした調度品が点在しているようだった。

「範子さま」

範子の手をとる。血の気の失せた彼女の手。強張った己のものよりも冷たい。ひと度手を取れば、どうしても離しがたかった。固い地面の上に横たえているならなおのこと。

己より一回り小さな手を一度強く握り、

「今少しだけの御辛抱です」

囁きとともにそっと離した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...