婚約者は男で姫でした～とりかえあやかし奇譚～

敦宜の翳り

8.

「……っ」

意図せず口をついて出てしまったようで、範子の低い声に慌てて胡蝶が飛び立った。

「敦宣は“陰の気”であやかしを祓っている…そうだったんじゃないのか」

それを許さず畳み掛ける。詰問するような強い声音を抑えられない。
一歩も引かない範子に観念したようだ。やがて胡蝶は悄然とした様子でふらふらと彼女の肩に舞い降りてきた。

「…嘘偽りはないわ。でも…範子にまだ話していなかったことがあるの」

しばし言い澱み、胡蝶が言った。

「この子の場合、祓うのは浄化するとも言い換えてもいいわ。祓うためにあやかしの障気をその身に受けてもいるの。穢れを受けては浄化して…その繰り返し。今まではそれで問題はなかった。けど最近じゃ受けた穢れを浄化しきれなくなってきているの。“気”は生命力。このままどんどん生命力を削っていけば行く末は決まっているわ…」

「そんな…じゃあ！　そのこと、敦宣は知ってるのか？」

「…勿論よ。アタシも何度も忠告しているわ」

「ならどうして…。そもそもなんで最近になって…」

穢れを浄化しきれなくなってしまったのかと言いさし、範子はふつりと黙りこんだ。

「私…？」

やがて呟いた言葉は、声にすればいよいよ確信を以て範子の耳に返ってきた。
彼女は冷静に胡蝶を見た。

「敦宣がこうなった原因は私なんだね」

「…”逆転の者“は未知数なの。一概に何が原因かなんて断定できないわ」

「胡蝶、本当のことを言ってくれ。私が、敦宣の側にいたからなんだろう？」

敦宣が何を思って憂いているのかはわからない。けれど、範子には思い当たる節があった。
あなたはすごいと呟く敦宣の声。物憂げな横顔。今宵、範子の手を振り払った敦宣の瞠目した瞳。

「何か変化があるとすれば、私の存在があったからとしか考えられないよ」

蝶が沈黙する。躊躇うような気配。やがて「…範子のせいじゃないわ」と小さく応えがあった。けれど言葉ではなく、胡蝶の態度が範子の問いを肯定していた。胡蝶に「ありがとう」と言い、範子は仄かに笑った。

「敦宣のことだから訳があるんだろうし、私は離れた方が良いんだろうけど…、でも、私、敦宣をこのままひとりにさせられないんだ」

「どうしてそこまでして…」