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敦宜の翳り
2.
しおりを挟むそんなある夜のことだ。
――――泣いている…?
範子は思った。
その夜もいつもの通り、大内裏に現れたあやかし退治で、笛の音色に聴き入っていた時のことだった。
笛の奏者たる範子をして、竜の啼き声だと評する敦宣の笛の音が響く。
いやにその音が物寂しげに聴こえた。まるで竜が泣いているような…。
「退散したわね。もう気配はないわ」
胡蝶の一言で、場に満ちていた緊張が和らいだ気がした。
息を吐き、肩を回す範子に、蝶がひらりと飛んできた。
「アンタは平気?」
「うん、余裕余裕」
その場で軽く跳び跳ねる。軽いものだ。
初めこそ、気を渡して目を回していたが、今ではそんなことはなくなった。
以前に、慣れたのかなあ。と呟いた範子に、「範子さまはすごいですね」と言ったのは敦宣で、驚嘆に少しの呆れを織り交ぜて「普通慣れるもんじゃないわよ…」と返したのは胡蝶だった。
乱れた裾を直している敦宣に近付く。
耳の奥に笛の音が残っている。やけに気になった。
「…敦宣、何処か痛い?」
「…え、いえ…。平気です」
何故そんなことを聞く? と、敦宣の表情が伝えてくる。
「…あー、その」
問い返されても、範子自身でも説明が難しかった。いつもの通り、竜の啼き声のように美しい音色だと思った。けれどすぐに異変に気付いた。
…泣いていると思ったのだ。
「…なんというか」何とか意味の通る言葉を選び選び歯切れ悪く続ける。
「…笛の音が違ったっていうか…」
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