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乗り間違い

2.

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乗車待ちの列は長かったが、意外とすんなりとシートに座ることが出来、ふうと息を吐く。

ボックス席の窓側、ふと横を向けば疲れた顔が見返してくる。我ながら生気がない。まさに生ける屍。流石にこの顔は…いやいや週の中日なんて皆こんな顔してるわ、と開き直り、ふいと顔を背ける。

再びスマホに目を落とすと同時に、がたん、と車体が揺れる。電車が出発したようだ。
車体の揺れを感じた直後、待ってましたと言わんばかりに鳴りを潜めていた睡魔が顔を出してきた。睡魔さんの仕事はすこぶる早い。

あ、落ちる。と思った時には、私は眠りに落ちていた。


体感にして一瞬、時間にしてどれくらいか。
目を開けて数秒、ぼけっと呆けてから私はがばっと飛び起きた。

「…やべ、寝過ごした…?!」

しん、と静まり返る車内に私の声が大きく響く。車内はもぬけの殻でひとっこひとりいない。
駅員さんが起こしてくれそうなものだが、もしかしたら見過ごされてそのまま車庫に入ってしまったのかもしれない。

鞄を肩に引っ掛け、慌てて立ち上がった時だった。

「やーっと見付けた!」

いきなり子どものような高い声が何処からともなく聞こえ、私は肩を大仰にびくつかせた。

「は…え、何、どこ?」

きょろきょろと辺りを見渡すと、焦れたような声がまたする。

「ここだよ! こ・こ! 下!」

声に導かれ視線を下に下げた先に、それは居た。

「………………………は」

私の膝くらいの小さな背丈。
短い足で立ち、無い胸をむんと勇ましく張っているのは、猫? いや、ぬいぐるみ? もしくは…いや、なんだこれ?
まるで茶トラの猫がデフォルメされた二頭身の姿形は、小学生低学年くらいの幼気な女の子が集うファンシーショップにメモ帳やら下敷きなんかにプリントされて売っていそうだ。国営放送のショートアニメとかにも出てきそう。
とにかくそんな感じの猫のキャラクターが私の目の前にいるんだけどいや待てさっきしゃべってもいたよね!?

無言で見つめ合ったまま、おそらく真顔で私は呟いた。

「…精神科…いや、幻覚に幻聴だし、脳外科か…?」

やばい…。
まずいぞ、とうとう過労が脳にキてしまったか…。こんなことならもっと早く会社を燃やしておくんだった。

「何さっきからぶつぶつ言ってんだよお。おやっさんもあんたを探してんだ。早いとこ来てくんな」

ピョンと飛び上がって私の手を掴むと、問答無用でぐいぐい引っ張っていく。

「何、何? どこ行くの」

うわ手の感触ふわふわ。もう紛れもなくぬいぐるみじゃん。ぬいぐるみが動いてしゃべってんじゃん。まじか…。病院行かなきゃ…。

若干の現実逃避をかましていると、

「おやっさーん。居ましたよ!」

この猫…いや、暫定ねこが、声をあげる。
座席と座席の間の通路に佇んでいたこれまた小柄な姿が振り返った。

「おっ、やっと来たな。今日はあんたで最後だ」

ねこがまたいた。
それに今度はハチワレのねこだ。
しかもこのファンシーな見た目に反して、ふくふくのマズルから出てくる声は渋めときた。
非現実的な未知との遭遇にキャパオーバーを起こしかけている私を放って、渋いハチワレねこががしがしと頭を掻く。

「いやあ…オレん時とはまた違って、最近はあんたみたいな若いもんが多いんだよなあ…まあ色々あるだろうがよお。はあやりきれないねえ…」

「おやっさん、俺も若かったっすよ!」

「おめーは連れ出すのが間に合わなかったんだろ。例外だ例外」

「えー」

「なんで残念そうなんだよ。大体助けを呼ぶのが先だろうが」

「しょうがねえじゃないっすか。先に身体が動いてたんですよ」

…帰っていいかな、これ。
ねこの漫才を眺めながら、また逃避する。
魂を飛ばしている私に気付いた親分ねこが「ん?」と怪訝そうに頭を傾げた。
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