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不死の姫と魔女戦争

88 忠告とあるはずのない選択

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「それでは失礼いたします。お夕食の時間はいつも通りでよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いね」

 リーザが退室し、一人の時間が訪れる。

 彼女とのお茶会で回復した私は、薫り高いお茶の残滓が部屋に漂ううちに引き出しから本を取り出した。表紙を捲り、今度はもう少し注視して読み始める。

「うーん、何々? 『神に見初められた魂だけが入城を許される』『来(きた)る戦いのために備える』」

 抽象的な表現やまどろっこしい言い回しは中々頭に入らないので、所々、声に出しながら読み進める。

「それから……『仮初の器』『神の持つ闇色の槍』『不死の軍勢となる』!」

 思わず語気が強まり、小声から大声へと変化し、たった一人の部屋に反響する。

 これは……まさしくヴァルハラのことではないだろうか。闇色の槍などと言う代物が、世界に何本もあるはずがない。それに不死の軍勢、間違いなくヴァルハラの力であるエインヘリアルのことだ。

 そうであるならば仮初の器とは死者の体のこと。神に見初められ……、来る戦いに備える……、この二つはヴァルハラが刺し貫いた者の魂を吸い、溜め込むことだと考えると合点がいく。

 ならばヴァルハラとはノーデン地方で信仰されていた神の所有する槍となる。

「これってどういう事なの?」

 確かにヴァルハラは人智を超えた代物であるが、突然神などと言う曖昧な存在の所有物などと言われても……そもそも、この本に書かれている神が本当にそんな存在かもわからない。

「もしかして……」

 この槍を所有していた人間が力を使い神聖視され、年月を経て神格化したのではないだろうか。そう考えるとまだ、現実味のでる話だ。まぁヴァルハラの存在自体が空想の産物のようなものなのだが……その奇跡を目の当たりにし、自身で体験している私としてはそこを否定することは出来ない。

 机の引き出しから黒の封書を取り出す。さらにその中の文書を抜き、広げる。

「『神の御業は、神にのみ許される』……これは忠告ってこと?」

 私とヴァルハラの力を知った熱心な信徒が、お前ごときがその力を使うなと忠告している文に取れる。

 だからと言ってどうしようもない話だ。私は六年前王となり、ヴァルハラの所有者となった。そして不死となり、王国に迫る脅威に立ち向かうため聖槍の力を揮(ふる)った。

 ヴァルハラのくびきから解き放たれるためには、現時点ではそれで心の臓を貫く自死しか方法をしらない。

「バカバカしいわね」

 このベルク王国に未来永劫の平和を願う私が、そんな選択を取る可能性はない。

 少なくとも今は……

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