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不死の姫と勇敢な騎士
16 訓練
しおりを挟む訓練と言っても私のものは少し特殊だ。当たり前だが、姫本人が先陣を切って戦いに出向くわけではない。もしもの護身としての訓練である。槍術と言うのも相手と練度の開きがあったとしても剣士相手ならば未熟者や膂力で劣る女性でも対抗しうるという理由だ。
そして想定としては城内に賊が侵入した際の対処。なので着替えたと言ってもあえて少し動きやすいドレスに着替えただけ。まぁ、それも方便であって単に私の運動不足の解消が主な目的だ。
「お待たせしました。ブリュンヒルド様」
「遅いわよラルフ!」
かつては物置として使っていた地下の倉庫を整理し私のための専用訓練場。数多の蝋燭に火が灯され、倉庫内をぼんやりと照らしている。蝋燭の灯りを浴び鈍く光る銀色の鎧を身にまとって現れたのはラルフ・ヴァルツァー。若くして次期ベルク騎士団の団長候補と名高い彼は小さなときから私の良き遊び相手でもある。
「お言葉ですが私も訓練の最中でございまして――」
「騎士団の訓練と姫様の命令とどっちが大事なのよ」
「……後者にございます」
深くタメ息をつき、うなだれる彼を無視して訓練用の木剣を彼に投げ渡す。私が持つのは穂や装飾もない柄だけのとても単純な槍、つまりただの木の棒だ。はたから見れば子供のごっこ遊び、私としては訓練と言うよりも体を動かす意味合いの方が強いのでそれでさして間違いはない。
「それじゃ、始めるわよ」
「どうぞ、如何様にも打ち込んでくださいませ」
本人は意識していないかもしれないが、完全に私を侮っている。訓練中だったため鎧はしっかりと着込んでいるが、兜を装着せず金に輝く髪と青い瞳が露わになっている。騎士団の実力者であり端正な顔立ちの彼はさぞ多くの女性を魅了してきたであろう。
しかし、今は彼から漏れ出る余裕の態度と相まってひどく鼻につく。狙うなら急所。相手の方からわざわざ晒してくれているのだからそれを狙わないのは逆に失礼に値する。うん、あの鼻をへし折ってやる。
私は右半身を前にして構える。賊がどのような剣技を使ってくるかわからない場合、後の先を取ることを意識し、槍先の操作がしやすいよう利き手を前にする。剣士相手ならば圧倒的な間合いをもって後出しからでも十分対応出来る。私が彼から学んでいるのは相手を制するものではなく、この身を護るための術だ。
いや待てよ? どこからでも打ち込んで来いって私が知ってるのは護りの訓練なんだけど……
「ちょっとラルフ! 私まだどう攻めていいか教えてもらってないんだけど!」
「そのままでいいのです。相手は槍と言う得物に対して警戒するはずです。そこで姫様が先に動かれては今のままでは容易に突破されるでしょう。ですのでこれは一種の根比べ。先に動いた者か、緊張に負けた者が死ぬのです」
などと最もらしいことを並べ立て、実はただ休んでるだけじゃなかろうか。ラルフの剣は倉庫の石畳へ向き、一向に私へと襲い掛かる気配がない。
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