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血と悪魔、そして再就職。

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 俺たちはもちろん、店にいる誰もが驚いた。こんな冒険者ばかりの店になぜシンドバット殿下がいるのか。

「折り入って、ハル君に頼みがあってね。少し秘匿でお願いしたい。」
 そう言って殿下は、指を鳴らし、一瞬で認識不可領域を展開した。俺たちが座っている席が、透明な結界に包まれる。マジックミラーのようになっており、外から中を視認することも、音を聞くことも出来ない。
 魔法を使えて当たり前の王族とは言え、かなりの練度がないとできない芸当だ。

「突然すまないね。急ぎの用なんだ」
 殿下は俺の目を見て優しい声で語り、微笑みかけた。しかし、その本心を掴むことは出来ない。
「俺に頼みですか。そう言われましても、俺はもうただの冒険者、殿下の依頼を引き受ける身分ではございません」
「頼みごとを受けるのに肩書が必要かい?それに、今回僕は第一位皇位継承者としてではなく一人の男シンドバットとしてここに来たんだ」
 確かにシンドバット殿下は一人で来られたようだ。フードをとった瞬間に探知魔法を展開したが怪しいモノは引っかからなかった。
「無礼を申し訳ございませんでした。それで、いったいどのような理由でここに」
 殿下はローブを脱ぎ、いいかい?と言ってパエリアをおいしそうに一口食べた。
「君の師匠は、永遠の魔法使いアルス・エタニティと聞く。本当かね」
 俺は、突然自分の深部を突かれ動揺した。
 確かに俺は孤児だったところをアルス師匠に育てられ、鍛えられた。しかし、なぜ殿下がこれを知っているのか。師匠との関係はギルドどころか仲間にすら言っていない。
「確かにそうですがなぜそれを」
「実は、少しアルス・エタニティのことを調べていてね。そしたらどうだい、途中で君の名前が出てきた。エタニティはよくある姓だが、まさかアルス・エタニティとわが国の勇者ハル・エタニティが関係あるとはびっくりしたよ」
 エタニティという名は隠しておきたかったのだが、勇者任命の儀式は本名でなければ有効な契りを結べなかった。
「アルス師匠に何か御用でしょうか。しかし、あの人は俗世には興味ないという人です。何かあってもなかなか動きませんよ」
 殿下は笑い、水を飲んだ。
「知っているよ。僕も何度か個人で接触しようと頑張ったんだけど、さすがは伝説の魔法使い、居場所すらわからなかったよ。だからだ、ハル君がアルス・エタニティの弟子だと知った時は驚いた。僕はね、今、蜘蛛の糸にしがみつく気持ちで君にお願いしているんだ。これをアルス・エタニティに渡してほしい」
 殿下はジャケットの内ポケットから小さな子袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
「開けてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろん」
 紐をとき、中を開ける。袋の中身が気になるようで、パリス、シヴ、アリアは席を立ち俺の手元へと顔をのぞかせる。
 袋からは小さな小瓶が出てきた。中を覗くと緑のドロドロとした液体が入っている。
 俺はこの液体が何かよく知っている。気が付いた仲間も、顔を遠ざけた。
「魔族の血ですか」
「君もそう見えるかい?」
 魔族との戦いの中で何度も何度も返り血を浴びてきた。間違うはずがない。しかし、不可思議だ。本来、魔族の血は人類の血と違ってすぐに蒸発してしまう。それは例え、密閉された瓶の中であっても同じはずだ。ではなぜ、目の前のものは液体として、形を残しているのか。
「これは、異世界召喚された新勇者から、僕が秘密裏に採取したものだ。異世界召喚は過去に前例がない。私たちと体の構成が違っていても何らおかしくはない。しかしだ、魔族の血にそっくりとは少し気になる。僕も君たち勇者に引けを取らないくらい魔法学を学び、練度を上げているつもりだ。しかし、異世界人の血を全く解析できない。基礎情報すら見れないんだ。さすがにこれはほっては置けない。そこで、君の師匠に鑑定をお願いしたい」

 この世に存在する万物は魔法によって鑑定できる。ただ、鑑定対象の存在レベルが高ければ高いほど、鑑定者の魔法練度が必要になる。しかし、詳細情報でなく、基礎情報の開示程度であればそれほど大きな魔法練度が無くても出来るはずだ。
 一瞬で認識不可領域を展開した殿下がそれすら、出来ないということは少なくとも存在レベル最上級クラスであろう。

「少しお貸し頂けます?」
 アリアがそう言って、瓶を手に取った。
 俺たちのパーティでアリアは、一番魔法練度が高い。
 俺やパリスは武器に魔法を足して戦うが、アリアは魔法のみで戦闘を行う。武器に頼らない戦い方は、真の魔法使いのみが出来る戦い方だ。

「ピア―オベイ(現れろ)」
 
 アリアは、異世界人の血に対して基礎情報開示呪文を唱えた。瓶の上に小さな魔法陣が形成される。
「どうだ、いけたか」
「いいえ、ダメです。これはたぶん存在レベル特級、魔王クラスのものですわ」
 アリアの声色から事態の深刻さがうかがえる。

 存在レベル特級。魔王や、魔王に近い純血魔族がこれにあたる。

 異世界人の血が、魔族の血にそっくりであり、存在レベル特級。さすがにこれはきな臭い。
 異世界の人類はたまたまこのような性質があるという事であれば杞憂で済むのだが、もしこれが俺の想像している最悪のケースだった場合、この国、ひいては世界の行く末にまで関わることだ。
 殿下が、一人で俺に調査を依頼すこともうなずける。突然行われた異世界召喚についてシンドバット殿下は疑問に思っているのであろう。異世界人に、そして何より肉親であるカムイ王に。

「分かりました殿下。このモノは確かに師匠、アルス・エタニティしか鑑定できないでしょう。俺が責任もって師匠に鑑定をお願いします。その代わり一つ、私からお願いをしてもよろしいでしょうか」
 王族に対して具申するなど、公の場で行えば確実に罪になるが、今は閉ざされた場だ。俺は一抹の望みに懸けた。
 殿下は少し驚いたようだったが、自慢のあごひげを触り、すぐに俺に対して微笑んだ。
「ほう、やはり伝説の魔法使いの弟子名だけあるね。面白い。なんだい?」
「俺たちを、ヴァルク王国第一位皇位継承者シンドバット・ヴァルク殿下の騎士にしてくださいませんか」
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