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憑かれる彼女はプラトニックラブを見届けたい
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「籠池さん!」
大声で名前を呼ばれて驚いて振り返ると、胸元に花を差し、手には卒業証書を抱えた同級生が緊張した面持ちで佇んでいた。
そう、今日で私たちは3年間過ごした学舎を去り、それぞれの夢に向かって羽ばたいていく。
ともに学び、青春を過ごしてきた友たちとの別れは切なく、進路先によってはそうそうと会えなくなることを思い、悲しさに涙を流し合ったのはつい先程のことである。
まだ腫れぼったく、熱い目元を擦りつつ、私は私を呼び止めた人物に声を掛けた。
「小山くん…」
小山くんはクラスの中でも大人しい方の部類で、休み時間にはよく図書室で読書をしていた。
そんな彼は、図書室で本を探していた私を見かねて、一緒に探してくれるくらい優しくて穏やかな自慢のクラスメイトである。
そんな普段の小山くんからは想像できないほどの危機迫った雰囲気に、私だけでなく周囲もざわつく。
「え、小山ってもしかして籠池さんのことが…?」
「ちょっと!これって卒業する前にどうしても気持ちを伝えたくて…とか、そういうやつ?」
「意外に小山って度胸あったのな」
「でも、籠池って確か榊先輩の…」
「しっ!皆まで言うな!それでも伝えたい小山の気持ちを察してやれ…!」
勝手に想像を広げて好き勝手言うお調子者のクラスメイトたちにため息をつく。
しかし、そんな彼らのお陰で高校最後の1年を楽しく過ごせたんだよなと、しみじみとした思いに更けつつ、私は小山くんに場所を変えようと提案する。
頷く小山くんに、周囲がまた更にヒートアップするが、軽く受け流して私たちは教室を後にした。
「図書室でいいかな?」
尋ねる私に、小山くんは小さく頷きながら、ごめんと謝る。
「あんな大事にするつもりはなかったんだけど、変に注目させちゃってごめん」
「気にしないで。みんな卒業式っていうイベントにワルノリしてるだけだから」
図書室までの廊下を二人で歩きながら、私は小山くんが私に声を掛けてきた理由について思いを馳せる。
まさか、みんなが言うように告白だなんて、思い上がったことは考えない。
なぜなら、彼には私ではない思い人がいることを知っているから。
それに気付いてるのは、きっと私だけ。
そのことに、チクリと痛む胸をそっと押さえる。
それと同時に、首に掛けたお守りの石の感触を確かめる。
制服越しでもつるりと滑らかな表面を感じ、ざわつく心が少し落ち着くのを感じた。
ーーーーー
卒業式の日まで図書室を利用する人はさすがにおらず、しんと静まり返っていた。
カーテンの隙間から差し込む光に、埃がキラキラと輝いて見える。
図書室ならではの独特な匂いと雰囲気を感じつつ、私は隣にたつ小山くんをそっと窺う。
小山くんは、読書用の机の一つを真摯な瞳で見つめていた。
その机には、誰かが返却し忘れたのか一冊の本が置かれていた。
誰もいない図書室。
誰も使っていないはずの机。
その机に置いてある、誰も読んでいないはずの本。それが、急にパタリと音を立てて開かれる。
はっと息を飲む私とは対称的に、小山くんはホッと安心したように笑顔を浮かべた。
「良かった。まだそこにいたんだね、さつきさん…」
そんな小山くんの声に答えるように、ぼんやりと女子生徒の姿が浮かんでくる。
やがて、はっきりと顔の造形が分かるほどの存在感を示したその人は、こちらを見て切なげに微笑んだ。
そう、この人が小山くんの思い人…いや、思い霊…?
これが、小山くんの思い人を私しか知らない理由。
だって、私と小山くん以外の人には彼女は視えないから。
もう彼女はこの世のものではないから。
小山くんと彼女が、この場所で優しい時間を過ごしてきたのを、私は知っている。
そして、お互いにお互いを大切に思っていることも。
だけど、彼らは生者と死者。それゆえに、彼らの間に大きくそびえる壁が、乗り越えることができない絶対的なものであり、相容れないことも嫌というほど分かっていた。
彼らの報われぬ関係にいてもたってもいられなくなった私が、小山くんに声を掛けたのがきっかけで、彼女の存在が私にも視えていることが、彼らの知るところとなったのである。
それからは、時折小山くんとさつきさんの穏やかな時間に混ぜてもらうこともあった。
…やめて、馬に蹴られてしまえなんて言わないで!
お邪魔虫だと分かっていても、私は二人が一緒にいる雰囲気が好きだったのだ。
でも小山くんは今日、ここを卒業する。
もう二人は、ここで穏やかな時間を過ごすことはできない。
それを思うと、胸が切なく痛む。
当人たちの悲しみはいかほどか。
もし、いっくんともう一緒に過ごすことができないとなったらと、彼らの状況を自分の身に置き換えて考え、そうなったら泣きわめいて周囲に当たり散らしたくなるほど、平常ではいられない。
切ない思いに翻弄される私の横で、彼らはじっとお互いを見つめあっている。
まるで、その姿をその目に焼き付けるかのように。
もう、彼女には時間がない。
このまま現し世に留まれるほど魂にエネルギーが残っていないのだ。
このまま消滅するか、ギリギリ成仏して輪廻の輪に戻るか。
それを決めるまで、一人でゆっくり考えたいと、ここしばらく小山くんの前に姿を現さなかったさつきさん。
自分の知らないところで愛しい人が消えてしまうんじゃないかいう恐怖を感じつつ、さつきさんの意思を尊重して自制していた小山くん。
そんな小山くんの前に、さつきさんが現れたということは、どうするか決めたということなのだろう。
二人にとって大事な場面に、私がいてもいいのかと不安になってさつきさんを窺う。
そんな私に気付いたさつきさんは、優しく微笑んだ。
「私が小山くんに蓮花ちゃんを連れてくるようにお願いしたの。私たちのことを知ってる蓮花ちゃんに、私たちのことを見届けてほしくて…」
こくりと頷く私に、さつきさんはありがとうと落ち着いた声で告げた。
「小山くん、私決めたわ」
固唾を飲んで、さつきさんの言葉を待つ小山くんは、真剣な表情でさつきさんを見つめていた。
「私は…」
さつきさんが決意の言葉を口にしようとした瞬間、ズズズズっと重いものを引きずるような音とともに、冷気がひんやりと漂ってきた。
顔をこわばらせ、青褪めるさつきさんに、異常を感じた小山くんが彼女の元へ駆け寄っていく。
「こちらへ来てはダメ!」
さつきさんが咄嗟に小山くんへ声を掛けるが、小山くんはさつきさんの制止をものともせず、触れられないはずのさつきさんを抱き締め、守るように腕で囲った。
そんな私たちの視線の先に現れたのは、髪の長い女の顔を持つ、巨大な蜘蛛だった。
「絡新婦…」
今では女郎蜘蛛と呼ばれるその妖怪は、ニヤリと不気味な顔で私たちを見つめた。
大声で名前を呼ばれて驚いて振り返ると、胸元に花を差し、手には卒業証書を抱えた同級生が緊張した面持ちで佇んでいた。
そう、今日で私たちは3年間過ごした学舎を去り、それぞれの夢に向かって羽ばたいていく。
ともに学び、青春を過ごしてきた友たちとの別れは切なく、進路先によってはそうそうと会えなくなることを思い、悲しさに涙を流し合ったのはつい先程のことである。
まだ腫れぼったく、熱い目元を擦りつつ、私は私を呼び止めた人物に声を掛けた。
「小山くん…」
小山くんはクラスの中でも大人しい方の部類で、休み時間にはよく図書室で読書をしていた。
そんな彼は、図書室で本を探していた私を見かねて、一緒に探してくれるくらい優しくて穏やかな自慢のクラスメイトである。
そんな普段の小山くんからは想像できないほどの危機迫った雰囲気に、私だけでなく周囲もざわつく。
「え、小山ってもしかして籠池さんのことが…?」
「ちょっと!これって卒業する前にどうしても気持ちを伝えたくて…とか、そういうやつ?」
「意外に小山って度胸あったのな」
「でも、籠池って確か榊先輩の…」
「しっ!皆まで言うな!それでも伝えたい小山の気持ちを察してやれ…!」
勝手に想像を広げて好き勝手言うお調子者のクラスメイトたちにため息をつく。
しかし、そんな彼らのお陰で高校最後の1年を楽しく過ごせたんだよなと、しみじみとした思いに更けつつ、私は小山くんに場所を変えようと提案する。
頷く小山くんに、周囲がまた更にヒートアップするが、軽く受け流して私たちは教室を後にした。
「図書室でいいかな?」
尋ねる私に、小山くんは小さく頷きながら、ごめんと謝る。
「あんな大事にするつもりはなかったんだけど、変に注目させちゃってごめん」
「気にしないで。みんな卒業式っていうイベントにワルノリしてるだけだから」
図書室までの廊下を二人で歩きながら、私は小山くんが私に声を掛けてきた理由について思いを馳せる。
まさか、みんなが言うように告白だなんて、思い上がったことは考えない。
なぜなら、彼には私ではない思い人がいることを知っているから。
それに気付いてるのは、きっと私だけ。
そのことに、チクリと痛む胸をそっと押さえる。
それと同時に、首に掛けたお守りの石の感触を確かめる。
制服越しでもつるりと滑らかな表面を感じ、ざわつく心が少し落ち着くのを感じた。
ーーーーー
卒業式の日まで図書室を利用する人はさすがにおらず、しんと静まり返っていた。
カーテンの隙間から差し込む光に、埃がキラキラと輝いて見える。
図書室ならではの独特な匂いと雰囲気を感じつつ、私は隣にたつ小山くんをそっと窺う。
小山くんは、読書用の机の一つを真摯な瞳で見つめていた。
その机には、誰かが返却し忘れたのか一冊の本が置かれていた。
誰もいない図書室。
誰も使っていないはずの机。
その机に置いてある、誰も読んでいないはずの本。それが、急にパタリと音を立てて開かれる。
はっと息を飲む私とは対称的に、小山くんはホッと安心したように笑顔を浮かべた。
「良かった。まだそこにいたんだね、さつきさん…」
そんな小山くんの声に答えるように、ぼんやりと女子生徒の姿が浮かんでくる。
やがて、はっきりと顔の造形が分かるほどの存在感を示したその人は、こちらを見て切なげに微笑んだ。
そう、この人が小山くんの思い人…いや、思い霊…?
これが、小山くんの思い人を私しか知らない理由。
だって、私と小山くん以外の人には彼女は視えないから。
もう彼女はこの世のものではないから。
小山くんと彼女が、この場所で優しい時間を過ごしてきたのを、私は知っている。
そして、お互いにお互いを大切に思っていることも。
だけど、彼らは生者と死者。それゆえに、彼らの間に大きくそびえる壁が、乗り越えることができない絶対的なものであり、相容れないことも嫌というほど分かっていた。
彼らの報われぬ関係にいてもたってもいられなくなった私が、小山くんに声を掛けたのがきっかけで、彼女の存在が私にも視えていることが、彼らの知るところとなったのである。
それからは、時折小山くんとさつきさんの穏やかな時間に混ぜてもらうこともあった。
…やめて、馬に蹴られてしまえなんて言わないで!
お邪魔虫だと分かっていても、私は二人が一緒にいる雰囲気が好きだったのだ。
でも小山くんは今日、ここを卒業する。
もう二人は、ここで穏やかな時間を過ごすことはできない。
それを思うと、胸が切なく痛む。
当人たちの悲しみはいかほどか。
もし、いっくんともう一緒に過ごすことができないとなったらと、彼らの状況を自分の身に置き換えて考え、そうなったら泣きわめいて周囲に当たり散らしたくなるほど、平常ではいられない。
切ない思いに翻弄される私の横で、彼らはじっとお互いを見つめあっている。
まるで、その姿をその目に焼き付けるかのように。
もう、彼女には時間がない。
このまま現し世に留まれるほど魂にエネルギーが残っていないのだ。
このまま消滅するか、ギリギリ成仏して輪廻の輪に戻るか。
それを決めるまで、一人でゆっくり考えたいと、ここしばらく小山くんの前に姿を現さなかったさつきさん。
自分の知らないところで愛しい人が消えてしまうんじゃないかいう恐怖を感じつつ、さつきさんの意思を尊重して自制していた小山くん。
そんな小山くんの前に、さつきさんが現れたということは、どうするか決めたということなのだろう。
二人にとって大事な場面に、私がいてもいいのかと不安になってさつきさんを窺う。
そんな私に気付いたさつきさんは、優しく微笑んだ。
「私が小山くんに蓮花ちゃんを連れてくるようにお願いしたの。私たちのことを知ってる蓮花ちゃんに、私たちのことを見届けてほしくて…」
こくりと頷く私に、さつきさんはありがとうと落ち着いた声で告げた。
「小山くん、私決めたわ」
固唾を飲んで、さつきさんの言葉を待つ小山くんは、真剣な表情でさつきさんを見つめていた。
「私は…」
さつきさんが決意の言葉を口にしようとした瞬間、ズズズズっと重いものを引きずるような音とともに、冷気がひんやりと漂ってきた。
顔をこわばらせ、青褪めるさつきさんに、異常を感じた小山くんが彼女の元へ駆け寄っていく。
「こちらへ来てはダメ!」
さつきさんが咄嗟に小山くんへ声を掛けるが、小山くんはさつきさんの制止をものともせず、触れられないはずのさつきさんを抱き締め、守るように腕で囲った。
そんな私たちの視線の先に現れたのは、髪の長い女の顔を持つ、巨大な蜘蛛だった。
「絡新婦…」
今では女郎蜘蛛と呼ばれるその妖怪は、ニヤリと不気味な顔で私たちを見つめた。
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