上 下
2 / 54
ゲーム前

私の婚約者は

しおりを挟む
後日、王宮からアラン殿下の婚約者候補から除外されたという通知が家に来た。
もちろん私は大いに喜んだ。が、あくまでも私は、である。
最有力候補と目されていたのにもかかわらず、選考の序盤から外されたという事実に、私に何かとんでもない欠陥があったのだろうと見られるのは当然のことで、伯爵家としての観点から見ると喜んでいられないのが現状である。
案の定、その通達を見た両親は今にも倒れそうなくらい青ざめており、私を見つめる眼差しは戸惑いに揺れていた。
この通達を知った両親はとてつもなく怒り、折檻されることを覚悟していた私は、何の沙汰も下されないことに違和感を覚えた。
だって、考えてもみてほしい。
アラン殿下から婚約破棄されたあと、私は家族からも絶縁され、身売りまで身を落とすのだ。
私が身構えるのはしょうがないことだろう。
そんな私の覚悟をよそに、両親の戸惑いの中に憐れみの感情が見えた時には、思わず首を傾げたものだった。
しかし、そんな宙ぶらりんな状態も今日で終わりを告げる。
なぜなら、これから父の書斎へ来るよう言いつけられたから。

この宙ぶらりんな時間をもて余している間、心に決めたことがある。
それは、エロジジイの後妻になるくらいなら、潔く修道院に入ろうと。
評判に傷が付いた私は、まともな人に嫁ぐことができないと踏んでの決意だ。
なにせ父と母はまだ若い。
これからも子作りに励んでもらって、その子に伯爵家を託してもらおう。
そして、私も日本では庶民だっため、ここでの平民の生活にもすぐ馴染めると思う。
ようは、破滅しなければどうとでもなるのだ。

父の書斎の前で、よし、と気合いを入れる。

「お父様、この度は私が至らぬばかりに早々と婚約者候補から除外され、伯爵家に不利益を招いたこと申し訳なく思っております。
このような身ではもう、社交には出られません。
ただの穀潰しになる前に、私、修道院へ参ります。こんな不出来な娘はもういないものと忘れてくださいませ」

ノックに対する父の返事を確認して扉を開き、挨拶もそこそこに頭を垂れて思いの丈をぶちまける。
世の中言ったもん勝ちである。
言ったもん勝ちではあるが、9歳の子どもが言う内容ではないなと、言った後に思い至る。
何せ中身は恐らく9歳プラス何十αである。
前世が何歳まで生きたかは分からないが、平均寿命が80オーバーだったのだ。
きっとそれなりの年は重ねていたと思われる。
そんなことを暢気に考えていた私の上に影が差す。

「そうやって、やはりお前も私から逃げるのか?」

てっきり父だと思っていた影から聞こえて来た、怒りを無理矢理押さえ込んだような男の子の声にパッと顔を上げる。

そこに居たのは、紅色の瞳を怒りに染めたヴィルフェルム殿下、その人だった。

「ヴィルフェルム殿下…?なぜ…?」

なぜ殿下がここにいるのか?
何をそんなに怒っているのか?
全く状況が分からない私は、この状況を理解しているだろう父をキョロキョロと探し、書斎奥の机に困ったような顔をして座る父を見つけた。
父に説明を求めるべく、そちらへ向かおうとした私の手を殿下が痛いほどの力で掴んだ。

「お前はもう既に私の婚約者だ。決して逃がしはしない」

「痛っ…、って、え?」

婚約者?
候補ではなく、決定?
あぁ、それにしても怒った色もまた深みがあっていいわね。
でも、やっぱりこの間のキラキラ輝いた時が一番綺麗だった。

婚約者ということは、これから一緒にいる時間が増えるということで、そうなったらたくさんこの宝石のような瞳を見つめられるってことで。
しかも、攻略対象じゃないから破滅する危険性もないわけで。

「え、何のご褒美ですか…?」

殿下の言葉を理解するにつれて、口元がだらしなく緩んでくるのが止められない。

「…ご褒美?」

先程までの怒りが消えると同時に腕を掴む力も緩み、戸惑ったようなヴィルフェルム殿下がポツリと呟く。

「ご褒美でしょう?だって婚約者ということは、ヴィルフェルム様の瞳を一番近くで見ることができますもの。
…見てもいいのでしょう?」

「…っ、だが先程修道院に行くと…」

不安になって見上げると、ヴィルフェルム殿下は言葉に詰まったように、声を絞り出した。

「だって私、候補から早々に除外されたことで評判に傷が付きましたもの。エロジジイに嫁ぐくらいなら修道院に入りたいと思うのもしょうがないでしょう?」

「エロジジイ…」

呆然とヴィルフェルム殿下が呟く。
あら、言葉が悪かったですわね。
えーっと、何て言えばいいのかしら。

「好色ジジイ?」

「…変わらないだろう」

私の呟きに突っ込む殿下。
しばらく顔を見合わせていた私たちであったが、いつの間にかどちらからともなく笑っていた。
煌めく紅はとても綺麗だった。

「やっぱり私、殿下の瞳が大好きですわ」

ガタン!と音がして振り返ると、父が白目を剥いて椅子から滑り落ちていた。

「お父様!?」

慌てて父に駆け寄る私は、ヴィルフェルム殿下が眩しそうに私を見つめていたことに、残念ながら気付かなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

処理中です...