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忘却の空と追憶の月
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結局今回のウェーバー領での事件は、リンゲル国が裏で糸を引いており、皇太子とその婚約者に危害が加えられたということで国際問題へと発展した。
リンゲル国の出方次第では、あわや戦争かとも論じられるほど緊迫した雰囲気であったが、そこはあのリンゲル国王が君臨していた国というだけあって、蓋を開けてみれば、リンゲル国内は貧富の差が激しく、今にも内から滅びようとしていたことが発覚した。
それも相まって、アルフレッドの太陽神の再来かと言われていた類いまれなる容姿と先祖返りと言われた能力で、アルフレッドはすっかりリンゲル国民の宗教的支持を受け、リンゲル国自らソルシード公国に取り込まれることを望んできた。
特に領土を拡大したいという野心のないソルシード公国であったが、ここで要望を拒否しリンゲル国が無法地帯と化せば、流れてくる難民でこれ以上ウェーバー領の治安が乱れても困るという判断で、結果的に国域が広がることとなった。
反社会的勢力が多いウェーバー領であったが、この領民たちも、気持ち一つで太陽まで操るアルフレッドの神業に信仰心が刺激され、一気に皇室派へと転身したというのだから驚きである。
そして、リンゲル国王に取り込まれなかったために、命を散らされた前ウェーバー領主にはアルフレッド自ら叙勲を捧げ、そのことに新しくウェーバー領主となった前ウェーバー領の息子がいたく感動し、アルフレッドへ忠誠を誓うこととなった。
という、ことの顛末を私は何故かアルフレッドに抱えられて聞いている。
二人だけならまだしも、説明役のお兄様がいる中でのこの体勢はとても恥ずかしい。
恥ずかしさに目が潤んでくるのを感じ、このままではダメだとアルフレッドを見上げる。
そして、恥ずかしいからやめてとお願いしたら、なぜかさらに抱き込まれて顔も上げられない状況になった。
「見るな、減る」
「お前な…。
兄弟にまで嫉妬晒すなよ…」
お兄様に対してアルフレッドがよく分からないことを言っている声が響き、お兄様が呆れたような疲れたような声で返答する。
「スカイレット様はリンゲル国の人だったの?」
アルフレッドの胸元からもごもごと聞く私に、お兄様のため息が聞こえてくる。
もう少し緩めないと苦しそうだぞ、とお兄様が言ってくれたお陰で少し息がしやすくなった。
ほっと息をつく私を憐れみの目で見つめながら、お兄様は頷いた。
「どうやらリンゲル国王の庶子だったらしい。
スカイレット嬢にアルフレッドを誘惑させ、上手く釣れたら身分を明かしてめでたしめでたしを狙っていたんだろうな」
「ふん、そんなものに引っ掛かるほど私はバカではない」
お兄様の推測に、アルフレッドが不機嫌そうに呟く。
「私のことは忘れたけどね?」
「ぐっ!」
苦しそうに呻くアルフレッドに私はペロリと舌を出し、それを見たお兄様は苦笑を浮かべる
「まああれは、俺たち近衛の不手際もある。お前には辛い思いをさせてすまなかったな。
別に弁解をするつもりはないんだが、あの事故もやはり仕組まれたことだったよ。
あの高さから落ちて頭を打っただけだったのは、奇跡だ。まぁ神業を繰り出すお前たちにとっては奇跡も何もないかもしれないが…」
お兄様の言葉に私とアルフレッドは顔を見合わせる。
「そして、運よくアルフレッドと俺たちを引き離したやつらは、アルフレッドにこれを嗅がせたんだ」
お兄様が徐に一輪の花を懐から取り出した。
「忘れな草…?」
「そう、これは普通に生息しているだけなら無害だが、特殊な煎じ方をすれば、一番大切な思いだけが消えてしまうらしい。
古から禁術としてリンゲル国王家に伝わったいたそうだ。
先日リンゲル国の王城を捜索していた者から、先程伝令が来た」
「一番大切な思い…」
「あぁ、だからリーゼ。そうアルフレッドを責めてやるな」
お兄様の言葉に私の口元がだらしなく緩むのを感じる。
「ほんじゃ、俺は馬に蹴られる前に退散するわ」
そんな軽い言葉を残して、お兄様は部屋を出ていく。
「…忘れていても、ティアのことが気になって仕方なかったよ。それなのに、ティアは私と距離を置こうとするから焦りと苛立ちでどうにかなりそうだった」
「それは、だって、アルが運命の人を見つけたんだと思ったから…」
困ったように眉を下げて私を見つめるアルに、何となく居心地が悪くなって視線を下に下げる。
そんな私にアルがふっと苦笑いした吐息が私の髪を揺らした。
「私の運命の人はティアだよ。私の月の乙女。
また記憶がなくなっても、今回のように私はまたティアに惹かれるんだ」
だから、とアルフレッドは私を痛いくらい抱き締めた。
「何があっても私から離れようとしないで。
もし、次そんなことがあったら、私は悲しみと怒りで何をするか分からないよ?」
アルフレッドの言葉に、どこかまだ不安に揺れていた心が落ち着くのを感じ、返事の代わりにアルフレッドを抱き締め返す。
「アルが嫌って言っても、離れないから覚悟してね」
「臨むところだ」
顔を上げると、アルフレッドのいつもの優しい微笑みが私を見下ろしている。
その微笑みを堪能している私の唇に、そっと優しい口づけが降ってきた。
リンゲル国の出方次第では、あわや戦争かとも論じられるほど緊迫した雰囲気であったが、そこはあのリンゲル国王が君臨していた国というだけあって、蓋を開けてみれば、リンゲル国内は貧富の差が激しく、今にも内から滅びようとしていたことが発覚した。
それも相まって、アルフレッドの太陽神の再来かと言われていた類いまれなる容姿と先祖返りと言われた能力で、アルフレッドはすっかりリンゲル国民の宗教的支持を受け、リンゲル国自らソルシード公国に取り込まれることを望んできた。
特に領土を拡大したいという野心のないソルシード公国であったが、ここで要望を拒否しリンゲル国が無法地帯と化せば、流れてくる難民でこれ以上ウェーバー領の治安が乱れても困るという判断で、結果的に国域が広がることとなった。
反社会的勢力が多いウェーバー領であったが、この領民たちも、気持ち一つで太陽まで操るアルフレッドの神業に信仰心が刺激され、一気に皇室派へと転身したというのだから驚きである。
そして、リンゲル国王に取り込まれなかったために、命を散らされた前ウェーバー領主にはアルフレッド自ら叙勲を捧げ、そのことに新しくウェーバー領主となった前ウェーバー領の息子がいたく感動し、アルフレッドへ忠誠を誓うこととなった。
という、ことの顛末を私は何故かアルフレッドに抱えられて聞いている。
二人だけならまだしも、説明役のお兄様がいる中でのこの体勢はとても恥ずかしい。
恥ずかしさに目が潤んでくるのを感じ、このままではダメだとアルフレッドを見上げる。
そして、恥ずかしいからやめてとお願いしたら、なぜかさらに抱き込まれて顔も上げられない状況になった。
「見るな、減る」
「お前な…。
兄弟にまで嫉妬晒すなよ…」
お兄様に対してアルフレッドがよく分からないことを言っている声が響き、お兄様が呆れたような疲れたような声で返答する。
「スカイレット様はリンゲル国の人だったの?」
アルフレッドの胸元からもごもごと聞く私に、お兄様のため息が聞こえてくる。
もう少し緩めないと苦しそうだぞ、とお兄様が言ってくれたお陰で少し息がしやすくなった。
ほっと息をつく私を憐れみの目で見つめながら、お兄様は頷いた。
「どうやらリンゲル国王の庶子だったらしい。
スカイレット嬢にアルフレッドを誘惑させ、上手く釣れたら身分を明かしてめでたしめでたしを狙っていたんだろうな」
「ふん、そんなものに引っ掛かるほど私はバカではない」
お兄様の推測に、アルフレッドが不機嫌そうに呟く。
「私のことは忘れたけどね?」
「ぐっ!」
苦しそうに呻くアルフレッドに私はペロリと舌を出し、それを見たお兄様は苦笑を浮かべる
「まああれは、俺たち近衛の不手際もある。お前には辛い思いをさせてすまなかったな。
別に弁解をするつもりはないんだが、あの事故もやはり仕組まれたことだったよ。
あの高さから落ちて頭を打っただけだったのは、奇跡だ。まぁ神業を繰り出すお前たちにとっては奇跡も何もないかもしれないが…」
お兄様の言葉に私とアルフレッドは顔を見合わせる。
「そして、運よくアルフレッドと俺たちを引き離したやつらは、アルフレッドにこれを嗅がせたんだ」
お兄様が徐に一輪の花を懐から取り出した。
「忘れな草…?」
「そう、これは普通に生息しているだけなら無害だが、特殊な煎じ方をすれば、一番大切な思いだけが消えてしまうらしい。
古から禁術としてリンゲル国王家に伝わったいたそうだ。
先日リンゲル国の王城を捜索していた者から、先程伝令が来た」
「一番大切な思い…」
「あぁ、だからリーゼ。そうアルフレッドを責めてやるな」
お兄様の言葉に私の口元がだらしなく緩むのを感じる。
「ほんじゃ、俺は馬に蹴られる前に退散するわ」
そんな軽い言葉を残して、お兄様は部屋を出ていく。
「…忘れていても、ティアのことが気になって仕方なかったよ。それなのに、ティアは私と距離を置こうとするから焦りと苛立ちでどうにかなりそうだった」
「それは、だって、アルが運命の人を見つけたんだと思ったから…」
困ったように眉を下げて私を見つめるアルに、何となく居心地が悪くなって視線を下に下げる。
そんな私にアルがふっと苦笑いした吐息が私の髪を揺らした。
「私の運命の人はティアだよ。私の月の乙女。
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だから、とアルフレッドは私を痛いくらい抱き締めた。
「何があっても私から離れようとしないで。
もし、次そんなことがあったら、私は悲しみと怒りで何をするか分からないよ?」
アルフレッドの言葉に、どこかまだ不安に揺れていた心が落ち着くのを感じ、返事の代わりにアルフレッドを抱き締め返す。
「アルが嫌って言っても、離れないから覚悟してね」
「臨むところだ」
顔を上げると、アルフレッドのいつもの優しい微笑みが私を見下ろしている。
その微笑みを堪能している私の唇に、そっと優しい口づけが降ってきた。
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