聖なる森と月の乙女

小春日和

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忘却の空と追憶の月

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教会に着いて、私ではない女性をエスコートしながら馬車から降りてくるアルフレッドに、状況を知らない教会の人々がざわりとどよめく気配を感じる。

「これはこれは殿下!よくぞご無事で!!」

周囲の異様な空気を上回る程の声音で、聞き慣れない声がアルフレッドを呼び止める。
声の方に顔を向けると、見慣れない人物が教会から出てくるところだった。
それはまさに、アルフレッドが行方不明になった際、重傷を負ったお兄様自ら現場の指揮を執らざるを得なかった根源である、ウェーバー領主の代理を努めるバンドル司教であった。
彼が先頭きって捜索の指揮を執れば、お兄様も倒れるまで体を酷使することはなかったかもしれないが、この司教、責任を問われることを恐れ、自分が代理の領土内で皇族に危機が及んだことを認めず、今日までずっと我関せずで通してきたのである。
そのため、支援や救助といったことにも全く関与せず、負傷者の治療も私が来るまで当て木やクーリングといった初期対応しか取れておらず、負傷者の回復が遅れているのだ。
それなのに、アルフレッドが見つかった途端、教会から登場し、まるでこれまで対応をしてきたかのようなこの態度。
あまりの醜悪さに虫酸が走る。

「おや殿下、そちらのお美しい方は新たな寵姫様ですかな?」

下卑た笑いを口元に浮かべながら、そうアルフレッドへ声を掛ける司教に更に周囲がざわついた。
スカイレットは司教の言葉に満面の笑みを浮かべ、更にアルフレッドに身を寄せようとするが、アルフレッドはそれに気づかなかったのか、するりと身を交わす。

「エマはどこだ?先にエマに会いに行く」

アルフレッドの言葉に、置いていかれることを嫌ったスカイレットはすがり付くように私も行く、と言い出した。
しかし、アルフレッドは表情を変えないままはっきりと首を横に振る。

「いや、君も突然のことに疲れただろう。ここには応接間があったはずだ。そこで少し休んでおくように」

同行を拒否され悲しそうに顔を俯かせるスカイレットであったが、司教に促され名残惜しそうな視線をアルフレッドへ向けつつ、応接間へと向かって行った。

その様子を私は安堵の気持ちで見つめる。
これで暫くは、アルフレッドとスカイレットが並び立つ様子を見なくてすむのだ、と。
そう思ってしまう自分を、まだまだね、と嘲笑いながら、アルフレッドがお兄様の元へ向かうのを静かに待った。
私の前を通り過ぎる瞬間、アルフレッドからの視線を感じたが、先ほどのような冷たい視線を再度受け止める自信はとうに潰えていた私は、アルフレッドがお兄様のいる部屋に入るまで只管臣下の礼を取り続けたのだった。

パタン、と扉が閉まる音に、これまでの緊張を解くようにホッと息を吐き出す。

「ティアリーゼ様…」

そこに教会に残していた侍女たちが気遣わしげに声を掛けてくる。
そんな彼女たちに大丈夫よ、と笑顔を見せつつ、応接間に入った司教とスカイレットにお茶を出すよう指示を出した。

ーーー

「リンゲル国が…?」

「そうなんです!
国境を挟んで隣のリンゲル国が、この度の事故に心を痛めて、ウェーバーの城に物資を運んできて下さったのです!」

お兄様との話を終え、応接間に合流したアルフレッドに、司教は興奮気味に話し掛ける。

「まぁ、とても親切な国だったのね!
リンゲル国って!」

目を輝かせて相槌を打つのはスカイレットである。
アルフレッドは、そんなスカイレットの横で難しい顔をして黙りこむ。
それはそうだ。
アルフレッドはもともと反社会的勢力の強いこの地で領主が行方不明になった事件を、早々に解決するためにここに赴いたのである。
そこで偶然起こった事故、偶然巻き込まれた皇太子殿下、さらにタイミング良くやってきたあまり国交のない国からの援助の申し込み。

「今回リンゲル国国王ハーネス様直々の来訪です」

領主の行方不明という今回の件が、それだけでは終わらないと、確信できた瞬間だった。
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