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聖なる森と月の乙女
公爵令嬢と彼女の決意
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王宮に帰り着くと、リリーに泣かれた。
お兄様が話した苦労したの中にリリーも入っていたから、余程心配をさせたのだろう。
ごめんね、と謝ると必死の形相で詰め寄られる。
「ティアリーゼ様!次出奔なさるときは、殿下には内緒でも私は必ず連れて行ってくださいませ!」
置いてけぼりは嫌です~!と泣くリリーの勢いに圧されて、頷きそうになるのを隣から流れてくる冷気にはっと我に返る。
「し、しないわ、しない!もう出奔なんてしない!」
えぇ、そうなんですか?と、何故かつまらなさそうに言うリリーに、コクコクと頷く。
アルフレッドに背中を押され、連れて来られたのはアルフレッドの私室だった。
うんうん、ここで話を聞くということねと、訳知り顔で誘導されるがままソファーに座り、用意されたお茶を飲む。
ふと、何故か見覚えのある荷物を抱えた侍従が部屋の入り口に姿を現す。
「殿下、ティアリーゼ様のお荷物はこちらで最後になりますが、どちらに置けばよろしいでしょうか?」
ん?
「あぁ、それは衣装棚の方に。後でリリーが良いように収納するだろう。」
かしこまりました、と私の荷物を当たり前のように運ぶ侍従に目が点になる。
見回せば、見慣れた私の私物がところどころに置かれている。
…………なぜ?
問いかけるために隣に座るアルフレッドを見上げる。
そんな私に気付いたアルフレッドは、とても爽やかな笑顔で私を見下ろした。
「今日からティアは私の部屋で過ごしてもらうことにしたよ。」
「ど、どうして?」
私がそう聞いた瞬間、アルフレッドの瞳が怒りを纏う。
「どうして…?それを君が聞くの?
ここ数日、私がどんなにティアのことを心配していたか分かっていないみたいだね?
もう2度とティアに会えないかもしれないと考える度に、身を引き裂かれる思いだったよ。
もうそんな思いをするのはごめんだ。
一人にしておくと、何をするか分からないからね。ここだとすぐ隣は執務室だから、ティアが変なことをしたらすぐ分かるだろう?」
アルフレッドの言葉にぐっと詰まる。
相当に心配させてしまったことを申し訳なく思いながらも、ここで引いたらダメなような気がした。
淑女として。
私は顔が引き攣るのを感じながら、でも、と声を振り絞る。
「結婚前の男女が同じ部屋で休むのは、外聞が悪いですわ。」
「外聞?…どうしてそんなものを気にしなくてはいけないの?私たちは行く行くは結婚するのに。
それとも、ティアはまだ私から逃げるつもりなの?」
アルフレッドが纏う空気が、一気に不穏なものに変わってくる。
それにブンブンと首を振りながら、アルフレッドの手をきゅっと握り締める。
「アル以外の人は嫌…。」
アルフレッドの手がピクリと動いたあと、ぎゅっとアルフレッドに抱き締められた。
「二度と私から離れるな。」
アルフレッドが絞り出すように言う、その言葉を聞いて、こくりと頷く。
腕の中の温もりに、ようやく帰ってきたと思うことができた。
ーーーーー
「つまり奇病の原因は、王女が隣国から持ち込んだ秘薬の可能性が高くて、いつの間にか王女の取り巻きになっていた男爵令嬢の従者が実行犯てこと?ゲイルじゃなくて?」
城に帰って早速行われたお兄様からの説明に、私は確認するように合いの手を入れた。
「ざっと言えばそんなとこだ。」
頷くお兄様に、信じられないと思わず呟く。
他国と言えど歴とした王族と自国の貴族が、なぜそんなことができるのか。
ぐっと膝の上で拳を握る。
教会の椅子の上で儚くなっていた人を思い出す。
それに、犠牲になったのはあの人だけじゃない。
教会には親や夫、そして子どもなど大切な家族を失った人もいた。
苦しむ家族の側で何もできず、苦しみの中息を引き取るのを見つめることしかできなかった彼らの気持ちを考えると、悔しくて涙が溢れる。
自国でするのもタブーなのに他国でするなんて、王女は戦争でも起こしたいのだろうか。
そして、何か仕掛けてくるのであれば、実行犯はゲイルではないかと考えていただけに、自国の貴族が絡んでいることを知って、かなりの衝撃を受けた。
男爵令嬢はそうなることも分かった上で手を貸したのか。
…いや、分かってなどいなかっただろう。元々周りの男性にチヤホヤされて、頭の中はお花畑だったのだ。
だからこそ、婚約者候補であった彼女をアルフレッドの相手として考えられなかったのである。
この短期間で、それが改善されたとはとても考えられない。
「明日、隣国から使者団が到着する予定だ。そこで、王女と男爵令嬢の罪を明らかにする。」
涙を流す私を抱き寄せながら、今後の動向を淡々と話す話すアルフレッドを見上げる。
アルフレッドを手に入れるために王女と男爵令嬢が起こした事件は、間違いなくアルフレッドを傷付け、追い詰めた。
罪のない人を傷つけた上に弱者は切り捨て、人の命を弄ぶ人をアルフレッドが好きになると思うのだろうか。
そう思っていたならば、あまりにも残酷で、利己的で、そしてなんて愚かな人たちなんだろうか。
アルフレッドは真に民のことを思い、導く為政者だ。そんな稚拙な手にコロッと騙されて、王女に好意を抱くと思うなんて、馬鹿にするなと怒りが込み上げてくる。
そんな人にアルフレッドは絶対に渡さない。
決意を胸に、を抱き締めるアルフレッドの裾を私はぎゅっと握りしめた。
お兄様が話した苦労したの中にリリーも入っていたから、余程心配をさせたのだろう。
ごめんね、と謝ると必死の形相で詰め寄られる。
「ティアリーゼ様!次出奔なさるときは、殿下には内緒でも私は必ず連れて行ってくださいませ!」
置いてけぼりは嫌です~!と泣くリリーの勢いに圧されて、頷きそうになるのを隣から流れてくる冷気にはっと我に返る。
「し、しないわ、しない!もう出奔なんてしない!」
えぇ、そうなんですか?と、何故かつまらなさそうに言うリリーに、コクコクと頷く。
アルフレッドに背中を押され、連れて来られたのはアルフレッドの私室だった。
うんうん、ここで話を聞くということねと、訳知り顔で誘導されるがままソファーに座り、用意されたお茶を飲む。
ふと、何故か見覚えのある荷物を抱えた侍従が部屋の入り口に姿を現す。
「殿下、ティアリーゼ様のお荷物はこちらで最後になりますが、どちらに置けばよろしいでしょうか?」
ん?
「あぁ、それは衣装棚の方に。後でリリーが良いように収納するだろう。」
かしこまりました、と私の荷物を当たり前のように運ぶ侍従に目が点になる。
見回せば、見慣れた私の私物がところどころに置かれている。
…………なぜ?
問いかけるために隣に座るアルフレッドを見上げる。
そんな私に気付いたアルフレッドは、とても爽やかな笑顔で私を見下ろした。
「今日からティアは私の部屋で過ごしてもらうことにしたよ。」
「ど、どうして?」
私がそう聞いた瞬間、アルフレッドの瞳が怒りを纏う。
「どうして…?それを君が聞くの?
ここ数日、私がどんなにティアのことを心配していたか分かっていないみたいだね?
もう2度とティアに会えないかもしれないと考える度に、身を引き裂かれる思いだったよ。
もうそんな思いをするのはごめんだ。
一人にしておくと、何をするか分からないからね。ここだとすぐ隣は執務室だから、ティアが変なことをしたらすぐ分かるだろう?」
アルフレッドの言葉にぐっと詰まる。
相当に心配させてしまったことを申し訳なく思いながらも、ここで引いたらダメなような気がした。
淑女として。
私は顔が引き攣るのを感じながら、でも、と声を振り絞る。
「結婚前の男女が同じ部屋で休むのは、外聞が悪いですわ。」
「外聞?…どうしてそんなものを気にしなくてはいけないの?私たちは行く行くは結婚するのに。
それとも、ティアはまだ私から逃げるつもりなの?」
アルフレッドが纏う空気が、一気に不穏なものに変わってくる。
それにブンブンと首を振りながら、アルフレッドの手をきゅっと握り締める。
「アル以外の人は嫌…。」
アルフレッドの手がピクリと動いたあと、ぎゅっとアルフレッドに抱き締められた。
「二度と私から離れるな。」
アルフレッドが絞り出すように言う、その言葉を聞いて、こくりと頷く。
腕の中の温もりに、ようやく帰ってきたと思うことができた。
ーーーーー
「つまり奇病の原因は、王女が隣国から持ち込んだ秘薬の可能性が高くて、いつの間にか王女の取り巻きになっていた男爵令嬢の従者が実行犯てこと?ゲイルじゃなくて?」
城に帰って早速行われたお兄様からの説明に、私は確認するように合いの手を入れた。
「ざっと言えばそんなとこだ。」
頷くお兄様に、信じられないと思わず呟く。
他国と言えど歴とした王族と自国の貴族が、なぜそんなことができるのか。
ぐっと膝の上で拳を握る。
教会の椅子の上で儚くなっていた人を思い出す。
それに、犠牲になったのはあの人だけじゃない。
教会には親や夫、そして子どもなど大切な家族を失った人もいた。
苦しむ家族の側で何もできず、苦しみの中息を引き取るのを見つめることしかできなかった彼らの気持ちを考えると、悔しくて涙が溢れる。
自国でするのもタブーなのに他国でするなんて、王女は戦争でも起こしたいのだろうか。
そして、何か仕掛けてくるのであれば、実行犯はゲイルではないかと考えていただけに、自国の貴族が絡んでいることを知って、かなりの衝撃を受けた。
男爵令嬢はそうなることも分かった上で手を貸したのか。
…いや、分かってなどいなかっただろう。元々周りの男性にチヤホヤされて、頭の中はお花畑だったのだ。
だからこそ、婚約者候補であった彼女をアルフレッドの相手として考えられなかったのである。
この短期間で、それが改善されたとはとても考えられない。
「明日、隣国から使者団が到着する予定だ。そこで、王女と男爵令嬢の罪を明らかにする。」
涙を流す私を抱き寄せながら、今後の動向を淡々と話す話すアルフレッドを見上げる。
アルフレッドを手に入れるために王女と男爵令嬢が起こした事件は、間違いなくアルフレッドを傷付け、追い詰めた。
罪のない人を傷つけた上に弱者は切り捨て、人の命を弄ぶ人をアルフレッドが好きになると思うのだろうか。
そう思っていたならば、あまりにも残酷で、利己的で、そしてなんて愚かな人たちなんだろうか。
アルフレッドは真に民のことを思い、導く為政者だ。そんな稚拙な手にコロッと騙されて、王女に好意を抱くと思うなんて、馬鹿にするなと怒りが込み上げてくる。
そんな人にアルフレッドは絶対に渡さない。
決意を胸に、を抱き締めるアルフレッドの裾を私はぎゅっと握りしめた。
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