29 / 62
聖なる森と月の乙女
皇太子殿下の側近と怒れる皇太子殿下②
しおりを挟む
ティアリーゼがいなくなって2日目。
所詮は何もできない貴族の令嬢。
すぐに見つかると思っていたのに、まだ見つからない。
我が妹は、思った以上に逞しかった。
アルフレッドは公の場では上手く余裕ある皇太子の仮面を被っているが、執務室に入った瞬間ブリザードを吹き荒らす。
ティアリーゼ、頼むから早く帰ってきて。お兄ちゃん凍死しちゃう。
心の中でティアリーゼに祈ったことを知ってか知らずか、執務室の扉がノックされる。
返事をして扉を開けると、そこには意外な人物がいた。
「ルナマリア様…」
驚きつつもアルフレッドに入室の許可を確認し、部屋に通す。
「お忙しいところ申し訳ありません。町で奇病が流行っていると耳にしまして。そのことで少し、よろしいでしょうか。」
俺とアルフレッドは顔を見合せ、確かな情報を持っていそうなルナマリア様に期待を込めて大きく頷く。
「奇病の特徴が我が国の王家に伝わる秘薬のものに似ているのです。」
ルナマリア様は青ざめた顔で淡々と話す。
それは、隣国では死罪となった罪人に対して使われる王族しか持たない薬であること。
薬を盛られてからちょうど3日目に爪が毒々しい紫色に変色して死に至ること。
それを逃れるためには、王族が持っている解毒剤を飲むしか方法がないこと。
「奇病が発生してから王女が行動を起こすまでのタイミングが絶妙なのです。3日目4日目で死に至るものは見せしめとして放置し、その恐怖を民に根付かせてから、聖水と称した解毒剤で癒しを授けたと思わせたのでは、と。」
ルナマリア様から語られる恐ろしい話に、ぎりっと拳を握りしめる。
それが真実なら、なんと身勝手なことか。
自分の欲のために、民衆を犠牲にするなど王族のすることではない。
「それに、その秘薬は無色透明、無味無臭で、秘薬以外の物と混ぜ合わせると、2日目にはただの水になるのです。」
「証拠が残らない、ということか。」
「はい。それから、もう一つ。奇病が発生してからしばらく経つと聞いています。そうすると、何者かが定期的に秘薬を何かに混入していることになります。」
「定期的に混入しやすく、不特定多数を対象にできる場所…」
ルナマリア様の言葉に、しばらく考える様子を見せたアルフレッドは、どこかに潜んでいるだろう暗部に声をかける。
「町の中の人目に付きにくい井戸を見張っておけ。不審なものは審問にかけていい。」
どこからともなく御意、と言葉が聞こえた。
音もなく任務を遂行するために、暗部が一人ここを離れたことを察する。
それにしても、隣国はなんて恐ろしい薬を所持しているんだ。
情報が漏れていないから余計にその恐ろしさは群を抜く。
下手したら、他国の王族も秘密裏に暗殺できるのではないか。
「暗殺…?」
ポツリと呟く俺の言葉に、ルナマリア様は青ざめた顔そのままに頷いた。
「昔はそのように使っていたと伝え聞いたことがあります。それで、今のような帝国になったと。
まさか、王女がそのようなものを他国へ持ち込んでいるとは思わず。
貴国への甚大な被害に、なんと謝罪を述べればいいか…。」
青ざめた顔のまま、深く頭を下げるルナマリア様に、ことの重大性がじわじわと忍び寄る。
これは、国際問題だ。
両国間に深い亀裂が生じ、下手をしたら戦争になるかもしれないほどの。
だからあんなに青ざめていたのかと、先程からのルナマリア様の表情に納得がいく。
俺はちらりとアルフレッドの顔を窺い見る。
そして、見なければ良かったと目を反らした。
「ルナマリア殿、此度のことは正式に帝国へ抗議する。王女の処遇をどうするか、今のうちに祖国と協議しておくことだ。無論、失脚などと生ぬるいことを考えるとは思わないが、な。」
凍てつくようなアルフレッドの冷たい視線を受け、ルナマリア様は深く頭を垂れた。
所詮は何もできない貴族の令嬢。
すぐに見つかると思っていたのに、まだ見つからない。
我が妹は、思った以上に逞しかった。
アルフレッドは公の場では上手く余裕ある皇太子の仮面を被っているが、執務室に入った瞬間ブリザードを吹き荒らす。
ティアリーゼ、頼むから早く帰ってきて。お兄ちゃん凍死しちゃう。
心の中でティアリーゼに祈ったことを知ってか知らずか、執務室の扉がノックされる。
返事をして扉を開けると、そこには意外な人物がいた。
「ルナマリア様…」
驚きつつもアルフレッドに入室の許可を確認し、部屋に通す。
「お忙しいところ申し訳ありません。町で奇病が流行っていると耳にしまして。そのことで少し、よろしいでしょうか。」
俺とアルフレッドは顔を見合せ、確かな情報を持っていそうなルナマリア様に期待を込めて大きく頷く。
「奇病の特徴が我が国の王家に伝わる秘薬のものに似ているのです。」
ルナマリア様は青ざめた顔で淡々と話す。
それは、隣国では死罪となった罪人に対して使われる王族しか持たない薬であること。
薬を盛られてからちょうど3日目に爪が毒々しい紫色に変色して死に至ること。
それを逃れるためには、王族が持っている解毒剤を飲むしか方法がないこと。
「奇病が発生してから王女が行動を起こすまでのタイミングが絶妙なのです。3日目4日目で死に至るものは見せしめとして放置し、その恐怖を民に根付かせてから、聖水と称した解毒剤で癒しを授けたと思わせたのでは、と。」
ルナマリア様から語られる恐ろしい話に、ぎりっと拳を握りしめる。
それが真実なら、なんと身勝手なことか。
自分の欲のために、民衆を犠牲にするなど王族のすることではない。
「それに、その秘薬は無色透明、無味無臭で、秘薬以外の物と混ぜ合わせると、2日目にはただの水になるのです。」
「証拠が残らない、ということか。」
「はい。それから、もう一つ。奇病が発生してからしばらく経つと聞いています。そうすると、何者かが定期的に秘薬を何かに混入していることになります。」
「定期的に混入しやすく、不特定多数を対象にできる場所…」
ルナマリア様の言葉に、しばらく考える様子を見せたアルフレッドは、どこかに潜んでいるだろう暗部に声をかける。
「町の中の人目に付きにくい井戸を見張っておけ。不審なものは審問にかけていい。」
どこからともなく御意、と言葉が聞こえた。
音もなく任務を遂行するために、暗部が一人ここを離れたことを察する。
それにしても、隣国はなんて恐ろしい薬を所持しているんだ。
情報が漏れていないから余計にその恐ろしさは群を抜く。
下手したら、他国の王族も秘密裏に暗殺できるのではないか。
「暗殺…?」
ポツリと呟く俺の言葉に、ルナマリア様は青ざめた顔そのままに頷いた。
「昔はそのように使っていたと伝え聞いたことがあります。それで、今のような帝国になったと。
まさか、王女がそのようなものを他国へ持ち込んでいるとは思わず。
貴国への甚大な被害に、なんと謝罪を述べればいいか…。」
青ざめた顔のまま、深く頭を下げるルナマリア様に、ことの重大性がじわじわと忍び寄る。
これは、国際問題だ。
両国間に深い亀裂が生じ、下手をしたら戦争になるかもしれないほどの。
だからあんなに青ざめていたのかと、先程からのルナマリア様の表情に納得がいく。
俺はちらりとアルフレッドの顔を窺い見る。
そして、見なければ良かったと目を反らした。
「ルナマリア殿、此度のことは正式に帝国へ抗議する。王女の処遇をどうするか、今のうちに祖国と協議しておくことだ。無論、失脚などと生ぬるいことを考えるとは思わないが、な。」
凍てつくようなアルフレッドの冷たい視線を受け、ルナマリア様は深く頭を垂れた。
2
お気に入りに追加
2,042
あなたにおすすめの小説
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる