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四章
真実の入口に
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その日。訪問看護の鈴城さんが連れてきた人は、市川さんだった。
市川さんは、変わりなく元気そうで、私は思わず泣きそうになってしまった。
「ご無沙汰しております。市川です。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです!」
私が喜々として言うと、市川さんと鈴城さんはニコニコと笑ってくれた。
ああ、市川さんだ。紛れもない市川さんだ。穏やかでにこやかに笑ってくれている。これは夢じゃない。
「え、でも、どうして……」
私が困惑していると、鈴城さんが言う。
「狐さんが寂しがっていて、凄く困っていると申し伝えた所、お会いして頂けるという事になりました」
「という事なんですよ。狐さん、お元気でしたか?」
「はい、元気です。市川さんはいかがでしたか?」
「とっても元気です。そうでしたかぁ――狐さん、今日お伺いしたのは、狐さんがそろそろ”真実”を受け入れてもいいかなという事なんですよ」
その言葉に私は一瞬気圧される。市川さんは真っ直ぐ私の目を見ながら笑っている。でも、それはどこか真剣みを帯びていて、まさに鋭い切っ先を突き付けられているようだった。
「狐さんが書いてくれた真実ってお手紙ありましたよね。その真実ではなく、なんと、狼さん達が抱えている”真実”の方を受け入れてあげてもいいのかなぁと思うのですが、いかがでしょうか?」
市川さんは穏やかで優しくて、でも、言う事は凄く的を得ている。私が書いた膨大な真実と題した手紙すらも読み上げる、尊敬する人だ。
その市川さんの言葉を受けて、私は委縮する。分かってはいたのだ。狼君達が何かしらを抱えているのは。それが私に関する事だという事も。
しかし、私は”真実”を受け入れたくない。その想いだけで、その想いが、周りを困らせている。市川さんはいつ知ったのだろう。市川さんはいつから私の”真実”に触れたのだろう。
それをおくびにも出さないのだから、やっぱり市川さんは凄い人だ。
「狐さん。本当の事を知るという事は、狐さんが本当に求めている事ではないですか。狐さんが知りたいという意欲を隠せないのであれば、それは知って良い事だと思いますよ。それに、私は狐さんの”真実”に触れた所で、嫌いにはなりません。大丈夫ですよ。あなたはそのままでも素晴らしい人です。ですから、もっと素敵になりませんか?」
市川さんの言葉は、まるで私の空いた心の穴を埋めるようにスッと入ってくる。
優しい口調で、的を得ていて、諭すように言われている私は――まるで子供だ。駄々をこねている子供。
その事に、私は”いつから気付いていた”のだろう。
「市川さんが仰るのであれば……分かりました」
「ありがとうございます。狐さんは素直で物分かりが良いから助かります」
市川さんに言われて、私は嬉しくなって体を横に揺らす。
恥ずかしい。同時に、嬉しい。
市川さんはやっぱり私の手綱を持ってくれて、私の扱い方を心得ている。ぞんざいに扱わない。礼儀を持って接してくれる。
だけれど、そこに甘んじてばかりはいられない。私はそれに応えるだけの義務があり、一歩を踏み出すだけの勇気を持たないといけない。
心にそう決めて、私は狼君達から二人に話すよう言っておく事を伝えた。
長い長い、私の思い出達を。
市川さんは、変わりなく元気そうで、私は思わず泣きそうになってしまった。
「ご無沙汰しております。市川です。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです!」
私が喜々として言うと、市川さんと鈴城さんはニコニコと笑ってくれた。
ああ、市川さんだ。紛れもない市川さんだ。穏やかでにこやかに笑ってくれている。これは夢じゃない。
「え、でも、どうして……」
私が困惑していると、鈴城さんが言う。
「狐さんが寂しがっていて、凄く困っていると申し伝えた所、お会いして頂けるという事になりました」
「という事なんですよ。狐さん、お元気でしたか?」
「はい、元気です。市川さんはいかがでしたか?」
「とっても元気です。そうでしたかぁ――狐さん、今日お伺いしたのは、狐さんがそろそろ”真実”を受け入れてもいいかなという事なんですよ」
その言葉に私は一瞬気圧される。市川さんは真っ直ぐ私の目を見ながら笑っている。でも、それはどこか真剣みを帯びていて、まさに鋭い切っ先を突き付けられているようだった。
「狐さんが書いてくれた真実ってお手紙ありましたよね。その真実ではなく、なんと、狼さん達が抱えている”真実”の方を受け入れてあげてもいいのかなぁと思うのですが、いかがでしょうか?」
市川さんは穏やかで優しくて、でも、言う事は凄く的を得ている。私が書いた膨大な真実と題した手紙すらも読み上げる、尊敬する人だ。
その市川さんの言葉を受けて、私は委縮する。分かってはいたのだ。狼君達が何かしらを抱えているのは。それが私に関する事だという事も。
しかし、私は”真実”を受け入れたくない。その想いだけで、その想いが、周りを困らせている。市川さんはいつ知ったのだろう。市川さんはいつから私の”真実”に触れたのだろう。
それをおくびにも出さないのだから、やっぱり市川さんは凄い人だ。
「狐さん。本当の事を知るという事は、狐さんが本当に求めている事ではないですか。狐さんが知りたいという意欲を隠せないのであれば、それは知って良い事だと思いますよ。それに、私は狐さんの”真実”に触れた所で、嫌いにはなりません。大丈夫ですよ。あなたはそのままでも素晴らしい人です。ですから、もっと素敵になりませんか?」
市川さんの言葉は、まるで私の空いた心の穴を埋めるようにスッと入ってくる。
優しい口調で、的を得ていて、諭すように言われている私は――まるで子供だ。駄々をこねている子供。
その事に、私は”いつから気付いていた”のだろう。
「市川さんが仰るのであれば……分かりました」
「ありがとうございます。狐さんは素直で物分かりが良いから助かります」
市川さんに言われて、私は嬉しくなって体を横に揺らす。
恥ずかしい。同時に、嬉しい。
市川さんはやっぱり私の手綱を持ってくれて、私の扱い方を心得ている。ぞんざいに扱わない。礼儀を持って接してくれる。
だけれど、そこに甘んじてばかりはいられない。私はそれに応えるだけの義務があり、一歩を踏み出すだけの勇気を持たないといけない。
心にそう決めて、私は狼君達から二人に話すよう言っておく事を伝えた。
長い長い、私の思い出達を。
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