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第一話 其れは幼き心の傍らに
第五章 其の心、影に揺らされー5
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「―――っ!!」
「!? アリムさん!? どうなさったんですか……!
突然ベッドから跳ね起きたアリムに、ルクレが慌てて駆け寄ってくる。
「あ、熱い……熱い……!」
アリムはがくがくと震えながら、己の体を抱きしめただそれだけを繰りかえした。
「熱い……!」
――背が、
背が、焼けるように熱い――
「どこですか? どこが熱いんですか? しっかりしてください、今は冬です、アリムさん……!」
「熱いいいいいい!!」
アリムは叫んだ。必死に手を伸ばしてくるルクレを振り払い、暴れるように近場の壁を殴りつける。
「熱い、熱い、熱いいいいいいい!!」
もがくように両手をわななかせ、服を首のあたりから引きちぎった。
熱い。背が熱い。
嫌だ、服なんか着ていたくない――
びりぃっ 服を破り捨て、アリムは上半身裸になる。
いくら暖房が効いているとは言え、この時期に裸になるなど言語道断だった。
しかしアリムは、寒さなどみじんも感じずにただ、「熱い! 熱い!」と繰りかえす。
ルクレが困ったように、誰かを呼びに部屋の外へと飛び出していく。
アリムは暴れ回った。近くの壁を殴り、蹴り、ベッドのシーツを破り裂き、猛獣のように。
そしてふと見たのは――鏡。
一瞬視界に入っただけで、アリムはすぐにそれを殴り割ろうとした。しかし、
――殴りつけようとしたその拳が――止まった。
「………」
今……
一瞬だけ、一瞬だけ自分の背中が鏡に映って見えた……気がした。角度が、たった一瞬だけ、うまい具合にその条件を揃えて。
「今……の……な、に……」
自分の背中に、あざのような何かが、あった気がして。
アリムは鏡に取りついた。何とかもう一度、背中を見ようとする。背中の、本当に中央に、握り拳大の……
カタ……
窓が開く音がして、ひょいと見覚えのある青年の顔が飛び出してくる。
「アリム。約束どおり――あん?」
トリバーはその部屋の惨状と、そして鏡に背を向けて一心に背中を見ようとしているアリムの姿を見て、眉を寄せた。
「アリム……」
「……背中が、熱い……」
アリムは泣きそうな声でつぶやいた。
「この……あざの部分が……焼けてるみたいに……熱い……」
「………っ」
トリバーが足をかけていた窓から飛び降り、駆け寄ってくる。
そしてアリムの肩を抱き、揺すぶって言った。
「熱いのか!? その刻印が熱いのか!?」
「こく……いん……」
「熱いのか!? くそ……っアークのやつは間に合わなかったのか……!」
トリバーはバリンと鏡を蹴破った。
ルクレがエルレク支部長を連れて部屋へ戻ってくる。そしてトリバーの姿を見て悲鳴をあげた。
エルレクが重い声をあげる。
「貴様、マギサ・ニクテリス! いつの間に……!」
「黙れ!」
トリバーは怒鳴りつけた。
「お前らか?……アリムの森を傷つけたのはお前らか?」
トリバーは半眼で支部長をにらみやる。
彼の右手が、アリムの背中に触れていた。背中の――”刻印”に、そっと。
不思議と、それだけで痛いほど熱かったあざの熱が引いていく。
「どうりで支部の護りがろくにいないはずだ……森に人員を割いたな? 森に入って――何をたくらむ!」
「笑止!」
エルレクは堂々と胸を張った。「我らの真の目的が今叶うとき! この機を逃す手はあるまい……!」
「あの森の刻を動かしたか! そんなことをすればどうなるか、分かっていてやったか!」
「異なことを! 刻が動き出したからこそ、我らは動き出した! それだけのこと……!」
「………っ!?」
トリバーがその眉間に深くしわを刻む。
エルレクの哄笑が響き渡った。
「これでいい! いつかは来るときだと思っておったのだ……! いつかは、いざとなれば我らの手でもな! それがあちらから機が飛び込んできた! 逃すはずはあるまい……!」
「なんだと……?」
それじゃあ誰が、とトリバーはつぶやく。
アリムは――トリバーの服にすがった。
「何が――起こっているんですか! 教えてください!」
「アリムくん! 何度も言うようだがそいつらに騙されてはいかん……! そやつらは精霊殺しだ!」
「そんなの……もうどうでもいい!!」
アリムは叫び返した。
「精霊殺しなら、ぼくも精霊殺しだ! それよりも今は、ぼくはすべてを知りたいんだ! 知りたいから、知りたいから街に来たんだ……! どれが嘘でどれが本当かはぼくが判断する! ぼくに、新しいことを知らせてくれる人が欲しいんだ……!」
感情が弾けて止まらなかった。
そうだった。そうなんだ。自分はそのために森を出てきたんだ。
どうして――忘れていたのだろう?
なぜ、否定などしたのだろう? 苦しいから、苦しいからと否定して、一番大切なことを見失った。
その苦しさこそ――重要だったのだろうに。
「ぼくの知らないことを、教えてくれる人をさがしに……!」
――森を出てきたはずなのに。
アークさん、とアリムはその名を呼んだ。
「どうしていないの……! あの人なら、あの人なら一番ぼくの望みをかなえてくれると思って……っ。だから死ぬことも考えるのをやめて……っ。だからこの街まで来て……っ」
「アークは……」
トリバーが言葉をつまらせる。
エルレクが――勝ち誇ったような表情になった。
「……いいだろう、アリムくん」
その声に含まれた自信の強さに、アリムは支部長を見る。
「教えてあげよう。君の秘密を」
「ぼくの……秘密?」
「君の森の秘密、と言い換えてもいい」
「―――」
「あるいは――」
壮年の男は、にやりと微笑んで言葉を紡いだ。
「君の、お母さんの秘密、と言ってもいい」
「!? アリムさん!? どうなさったんですか……!
突然ベッドから跳ね起きたアリムに、ルクレが慌てて駆け寄ってくる。
「あ、熱い……熱い……!」
アリムはがくがくと震えながら、己の体を抱きしめただそれだけを繰りかえした。
「熱い……!」
――背が、
背が、焼けるように熱い――
「どこですか? どこが熱いんですか? しっかりしてください、今は冬です、アリムさん……!」
「熱いいいいいい!!」
アリムは叫んだ。必死に手を伸ばしてくるルクレを振り払い、暴れるように近場の壁を殴りつける。
「熱い、熱い、熱いいいいいいい!!」
もがくように両手をわななかせ、服を首のあたりから引きちぎった。
熱い。背が熱い。
嫌だ、服なんか着ていたくない――
びりぃっ 服を破り捨て、アリムは上半身裸になる。
いくら暖房が効いているとは言え、この時期に裸になるなど言語道断だった。
しかしアリムは、寒さなどみじんも感じずにただ、「熱い! 熱い!」と繰りかえす。
ルクレが困ったように、誰かを呼びに部屋の外へと飛び出していく。
アリムは暴れ回った。近くの壁を殴り、蹴り、ベッドのシーツを破り裂き、猛獣のように。
そしてふと見たのは――鏡。
一瞬視界に入っただけで、アリムはすぐにそれを殴り割ろうとした。しかし、
――殴りつけようとしたその拳が――止まった。
「………」
今……
一瞬だけ、一瞬だけ自分の背中が鏡に映って見えた……気がした。角度が、たった一瞬だけ、うまい具合にその条件を揃えて。
「今……の……な、に……」
自分の背中に、あざのような何かが、あった気がして。
アリムは鏡に取りついた。何とかもう一度、背中を見ようとする。背中の、本当に中央に、握り拳大の……
カタ……
窓が開く音がして、ひょいと見覚えのある青年の顔が飛び出してくる。
「アリム。約束どおり――あん?」
トリバーはその部屋の惨状と、そして鏡に背を向けて一心に背中を見ようとしているアリムの姿を見て、眉を寄せた。
「アリム……」
「……背中が、熱い……」
アリムは泣きそうな声でつぶやいた。
「この……あざの部分が……焼けてるみたいに……熱い……」
「………っ」
トリバーが足をかけていた窓から飛び降り、駆け寄ってくる。
そしてアリムの肩を抱き、揺すぶって言った。
「熱いのか!? その刻印が熱いのか!?」
「こく……いん……」
「熱いのか!? くそ……っアークのやつは間に合わなかったのか……!」
トリバーはバリンと鏡を蹴破った。
ルクレがエルレク支部長を連れて部屋へ戻ってくる。そしてトリバーの姿を見て悲鳴をあげた。
エルレクが重い声をあげる。
「貴様、マギサ・ニクテリス! いつの間に……!」
「黙れ!」
トリバーは怒鳴りつけた。
「お前らか?……アリムの森を傷つけたのはお前らか?」
トリバーは半眼で支部長をにらみやる。
彼の右手が、アリムの背中に触れていた。背中の――”刻印”に、そっと。
不思議と、それだけで痛いほど熱かったあざの熱が引いていく。
「どうりで支部の護りがろくにいないはずだ……森に人員を割いたな? 森に入って――何をたくらむ!」
「笑止!」
エルレクは堂々と胸を張った。「我らの真の目的が今叶うとき! この機を逃す手はあるまい……!」
「あの森の刻を動かしたか! そんなことをすればどうなるか、分かっていてやったか!」
「異なことを! 刻が動き出したからこそ、我らは動き出した! それだけのこと……!」
「………っ!?」
トリバーがその眉間に深くしわを刻む。
エルレクの哄笑が響き渡った。
「これでいい! いつかは来るときだと思っておったのだ……! いつかは、いざとなれば我らの手でもな! それがあちらから機が飛び込んできた! 逃すはずはあるまい……!」
「なんだと……?」
それじゃあ誰が、とトリバーはつぶやく。
アリムは――トリバーの服にすがった。
「何が――起こっているんですか! 教えてください!」
「アリムくん! 何度も言うようだがそいつらに騙されてはいかん……! そやつらは精霊殺しだ!」
「そんなの……もうどうでもいい!!」
アリムは叫び返した。
「精霊殺しなら、ぼくも精霊殺しだ! それよりも今は、ぼくはすべてを知りたいんだ! 知りたいから、知りたいから街に来たんだ……! どれが嘘でどれが本当かはぼくが判断する! ぼくに、新しいことを知らせてくれる人が欲しいんだ……!」
感情が弾けて止まらなかった。
そうだった。そうなんだ。自分はそのために森を出てきたんだ。
どうして――忘れていたのだろう?
なぜ、否定などしたのだろう? 苦しいから、苦しいからと否定して、一番大切なことを見失った。
その苦しさこそ――重要だったのだろうに。
「ぼくの知らないことを、教えてくれる人をさがしに……!」
――森を出てきたはずなのに。
アークさん、とアリムはその名を呼んだ。
「どうしていないの……! あの人なら、あの人なら一番ぼくの望みをかなえてくれると思って……っ。だから死ぬことも考えるのをやめて……っ。だからこの街まで来て……っ」
「アークは……」
トリバーが言葉をつまらせる。
エルレクが――勝ち誇ったような表情になった。
「……いいだろう、アリムくん」
その声に含まれた自信の強さに、アリムは支部長を見る。
「教えてあげよう。君の秘密を」
「ぼくの……秘密?」
「君の森の秘密、と言い換えてもいい」
「―――」
「あるいは――」
壮年の男は、にやりと微笑んで言葉を紡いだ。
「君の、お母さんの秘密、と言ってもいい」
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