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勝負の夜会で右往左往 4
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「トキネ、がんばって! 私の教えた通り振る舞っていれば大丈夫だからね」
グロリア様の声に励まされ、私はアーレン様にエスコートされながら、問題の陛下たちの元へと進み出ました。
ジュレーヌ皇女が目の前にいます。好奇心でらんらんと輝く瞳は、エメラルドのような透き通った翠をしていました。
私はグロリア様に習った通りに拝礼をします。手と足が震えて今にも倒れる気がしましたが、すぐ隣にいてくれるアーレン様の気配が私に力をくれました。
「お久しぶりですジュレーヌ姫。こちらが件の異世界人、トキネと申します」
「ふむ。久方ぶりだなアーレン。そうかこの娘が」
「は、初めまして、ジュレーヌ皇女殿下」
「面を上げよ。……ふむ、別に至って普通の人間なのだな? アルファンドジェラルド人によく似ているぞ」
アーレン様は顔を上げた私の背中に手を添えるようにしながら、
「魔力は居る場所に適応致しますので。彼女もこの国に来た当初は顔立ちが違いました」
「魔力による適応。以前そなたが言っていた、あれか」
「そうです。アルファンドジェラルド人を帝国に数人拉致しても、彼らは数ヶ月もすれば魔法を使えなくなるとご説明さしあげた、あれです」
「そうか。ふむ……」
皇女様はじろじろと私の顔を見ます。顔を動かして、右から左から下からとあちこちから見ます。ひいいい、そんなじっくり見ないでえええ。
国王陛下や王妃様、ルルシーラ姫の猛烈な視線が突き刺さる突き刺さる。わ、私のせいじゃないですよお。そんな顔して見なくてもいいじゃないですか!
「この娘は魔力があるのか」
やがて皇女様はようやくアーレン様に顔を向けました。
さっきから不思議なんですが、アーレン様、皇女様と親しげですよね? アーレン様名乗ってもいないのに。
「ありますが、やはり帝国に連れていけば消えます」
アーレン様はきっぱりと言いました。
「つまらん」
ジュレーヌ皇女は唇をとがらせました。そんな顔をするとちゃんと十二歳です。
国王陛下が緊張したのが、空気で伝わってきました。帝国の皇女の不興を買うのが、きっと恐いのです。
アーレン様が改めて頭を下げて、
「すみませんが姫、トキネが緊張疲れしております。一度休ませてよろしいですか?」
「ん? そうか、すまなかったな。では私は、興味もない貴国の貴族たちとでも歓談するとするか」
歯に衣着せないとはこのことです。皇女は「行ってよいぞ」と扇子で私に示しました。
――とんでもない皇女様! 私は緊張も吹っ飛ぶほど驚きでいっぱいになりました。
こんなに傍若無人が許されるくらい帝国は力を持っているのでしょうか。アルファンドジェラルドには魔法があるのに!
そう思い、グロリア様のところに帰りながら小さな声でそうアーレン様に訴えると、アーレン様は首を振りました。
「残念ながらその場合、魔法は無意味だ。今俺が皇女に話していたろう。魔法士を外国に連れて行った場合、外国の土地に適応してしまうがために、大体数週間から数ヶ月で魔法が使えなくなる」
「へっ……」
「だから戦争にも魔法士はあまり役に立たん。少しの間なら相手国の領地で戦えるのだがな、魔法が消えた者からまた別の魔法士に入れ替えて戦う、そんな戦法になる。非効率的なのは分かるだろう?」
「ひええええ」
その代わり、自国の領地を守ることには最適だそうで、実際アルファンドジェラルドの国土は長い間他の国に侵されたことがないそうです。魔力のある異世界人の召喚もあり、数で攻められても何とか切り抜けてきた、と。
「ただし……最初から外国で生まれた魔法士の場合、何が起こるか分からん。そのまま外国でも魔法が使えるのかどうか……危険を伴うために実験されたこともない。ただ、何かが起こるのを恐れて外国人との結婚を禁止しているんだ。分かるか?」
「は、はい」
ううーん、やっぱりこの世界には私の知らないことでいっぱいですね。勉強になりました。
って、元の世界のこともやっぱりあんまりよく知らないんですけどね、私!
ジュレーヌ皇女の前に次々と貴族様たちが挨拶に向かいます。つれない対応をされているようですが、貴族様としてもめげるわけにはいかないのでしょう、みんな笑顔で頑張っています。なんだか応援したくなっちゃう。
ただ、グロリア様がご挨拶に行ったときだけは、ジュレーヌ様もにこやかでした。
「俺の姉だからな」
とアーレン様は言います。
「アーレン様、ジュレーヌ様とどんな関係なんですか?」
私はむうっとしながらアーレン様を問い詰めました。
「十二歳にやきもちをやくのか?」
「ちち違いますっ! 純粋に不思議なだけです!」
くすくすとアーレン様が笑います。むう。自分だって十四歳のレンジュ君にやきもちをやいたくせに!
このままでは話をごまかされてしまう。「アーレン様!」と私が改めて彼を呼んだ、ちょうどそのとき――
「アーレン」
どこからか、私の声に重なるようにアーレン様を呼ぶ声がしました。
はっと、アーレン様が顔色を変えます。それからすっと氷の無表情になり、ゆっくりと後ろを振り返りました。
「――ヴェレッタ様」
ヴェレッタ? どこかで聞いたような……
私が首をかしげていると、その女性は優雅な足取りで私たちのほうへと近づいてきました。
赤いドレスに、大きく開いた胸元。結い上げたつややかな黒髪に、口元のほくろ。
髪飾りも扇子も贅を尽くし、彼女のむんむんと立ち昇る色気を彩っています。
歳は三十代前半ほどでしょうか。けれどこの色気は、生半可な三十代では出せないでしょう。私でさえ息を呑む色気です。大抵の男性なら目が釘付けになるのでは……美しいだけでなく、妖しい魅力のあるご婦人、でしょうか。
この方は……?
「トキネ。こちらがロンバルディア公アルバート様の奥方、ヴェレッタ様だ」
「ロンバルディア公の……」
あ! さっきなぜアルバート様と一緒にいないのか不思議だった奥様!
昨日グロリア様が話してくれた、膨大な魔力を持つ人。けれどその膨大な魔力のために、精神を病んでしまったという――
私はヴェレッタ様に頭を下げてから、こっそり彼女を観察しました。
その視線に気づいたのか、ヴェレッタ様はにこっと私に向かって笑いかけました。
「あなたが噂のトキネね。ふふ、この世界へようこそ」
「は、はい。あの……」
何と言っていいのか分かりません。だって予想と違いすぎます。
今目の前にいるのはとても機嫌のいい、とても色気のある、健康的な女性なのに。精神を病んでいるなんて信じられない。
ヴェレッタ様は口元を扇子で隠しながら目元で微笑しました。
「かわいらしいお嬢さんね。アーレン、あなたがエスコートしているの?」
「ええ。トキネは私のパートナーです」
アーレン様は『パートナー』という言葉を強調しました。
ヴェレッタ様はすっと目を細めてアーレン様を見ます。
「……それは、このパーティー限りという意味でしょうね?」
「いいえ。彼女を私の伴侶にするつもりでいます」
私は胸を高鳴らせました。アーレン様、ここでそういう風に言ってくれるということは、本気なんだ……!
ヴェレッタ様の扇子がぱちんと閉じました。
彼女は今までの愛想が徐々に抜け落ちていくような冷ややかな目で私を見やり、
「あなたはたしかイディアスに、この娘を元の世界へ戻す方法は必ず編み出してみせると息巻いていなかったかしら。それは諦めるということなの?」
「それはそれとして、です。トキネが元の世界に戻ろうとも、トキネは私の伴侶だということです」
ふ、とヴェレッタ様の妖しい口元に、どこか馬鹿にしたような微笑が浮かびました。
さっきまではあんなに愛想が良かったのに、ほんの数瞬でどんどん印象が変わっていく――
グロリア様の声に励まされ、私はアーレン様にエスコートされながら、問題の陛下たちの元へと進み出ました。
ジュレーヌ皇女が目の前にいます。好奇心でらんらんと輝く瞳は、エメラルドのような透き通った翠をしていました。
私はグロリア様に習った通りに拝礼をします。手と足が震えて今にも倒れる気がしましたが、すぐ隣にいてくれるアーレン様の気配が私に力をくれました。
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「ふむ。久方ぶりだなアーレン。そうかこの娘が」
「は、初めまして、ジュレーヌ皇女殿下」
「面を上げよ。……ふむ、別に至って普通の人間なのだな? アルファンドジェラルド人によく似ているぞ」
アーレン様は顔を上げた私の背中に手を添えるようにしながら、
「魔力は居る場所に適応致しますので。彼女もこの国に来た当初は顔立ちが違いました」
「魔力による適応。以前そなたが言っていた、あれか」
「そうです。アルファンドジェラルド人を帝国に数人拉致しても、彼らは数ヶ月もすれば魔法を使えなくなるとご説明さしあげた、あれです」
「そうか。ふむ……」
皇女様はじろじろと私の顔を見ます。顔を動かして、右から左から下からとあちこちから見ます。ひいいい、そんなじっくり見ないでえええ。
国王陛下や王妃様、ルルシーラ姫の猛烈な視線が突き刺さる突き刺さる。わ、私のせいじゃないですよお。そんな顔して見なくてもいいじゃないですか!
「この娘は魔力があるのか」
やがて皇女様はようやくアーレン様に顔を向けました。
さっきから不思議なんですが、アーレン様、皇女様と親しげですよね? アーレン様名乗ってもいないのに。
「ありますが、やはり帝国に連れていけば消えます」
アーレン様はきっぱりと言いました。
「つまらん」
ジュレーヌ皇女は唇をとがらせました。そんな顔をするとちゃんと十二歳です。
国王陛下が緊張したのが、空気で伝わってきました。帝国の皇女の不興を買うのが、きっと恐いのです。
アーレン様が改めて頭を下げて、
「すみませんが姫、トキネが緊張疲れしております。一度休ませてよろしいですか?」
「ん? そうか、すまなかったな。では私は、興味もない貴国の貴族たちとでも歓談するとするか」
歯に衣着せないとはこのことです。皇女は「行ってよいぞ」と扇子で私に示しました。
――とんでもない皇女様! 私は緊張も吹っ飛ぶほど驚きでいっぱいになりました。
こんなに傍若無人が許されるくらい帝国は力を持っているのでしょうか。アルファンドジェラルドには魔法があるのに!
そう思い、グロリア様のところに帰りながら小さな声でそうアーレン様に訴えると、アーレン様は首を振りました。
「残念ながらその場合、魔法は無意味だ。今俺が皇女に話していたろう。魔法士を外国に連れて行った場合、外国の土地に適応してしまうがために、大体数週間から数ヶ月で魔法が使えなくなる」
「へっ……」
「だから戦争にも魔法士はあまり役に立たん。少しの間なら相手国の領地で戦えるのだがな、魔法が消えた者からまた別の魔法士に入れ替えて戦う、そんな戦法になる。非効率的なのは分かるだろう?」
「ひええええ」
その代わり、自国の領地を守ることには最適だそうで、実際アルファンドジェラルドの国土は長い間他の国に侵されたことがないそうです。魔力のある異世界人の召喚もあり、数で攻められても何とか切り抜けてきた、と。
「ただし……最初から外国で生まれた魔法士の場合、何が起こるか分からん。そのまま外国でも魔法が使えるのかどうか……危険を伴うために実験されたこともない。ただ、何かが起こるのを恐れて外国人との結婚を禁止しているんだ。分かるか?」
「は、はい」
ううーん、やっぱりこの世界には私の知らないことでいっぱいですね。勉強になりました。
って、元の世界のこともやっぱりあんまりよく知らないんですけどね、私!
ジュレーヌ皇女の前に次々と貴族様たちが挨拶に向かいます。つれない対応をされているようですが、貴族様としてもめげるわけにはいかないのでしょう、みんな笑顔で頑張っています。なんだか応援したくなっちゃう。
ただ、グロリア様がご挨拶に行ったときだけは、ジュレーヌ様もにこやかでした。
「俺の姉だからな」
とアーレン様は言います。
「アーレン様、ジュレーヌ様とどんな関係なんですか?」
私はむうっとしながらアーレン様を問い詰めました。
「十二歳にやきもちをやくのか?」
「ちち違いますっ! 純粋に不思議なだけです!」
くすくすとアーレン様が笑います。むう。自分だって十四歳のレンジュ君にやきもちをやいたくせに!
このままでは話をごまかされてしまう。「アーレン様!」と私が改めて彼を呼んだ、ちょうどそのとき――
「アーレン」
どこからか、私の声に重なるようにアーレン様を呼ぶ声がしました。
はっと、アーレン様が顔色を変えます。それからすっと氷の無表情になり、ゆっくりと後ろを振り返りました。
「――ヴェレッタ様」
ヴェレッタ? どこかで聞いたような……
私が首をかしげていると、その女性は優雅な足取りで私たちのほうへと近づいてきました。
赤いドレスに、大きく開いた胸元。結い上げたつややかな黒髪に、口元のほくろ。
髪飾りも扇子も贅を尽くし、彼女のむんむんと立ち昇る色気を彩っています。
歳は三十代前半ほどでしょうか。けれどこの色気は、生半可な三十代では出せないでしょう。私でさえ息を呑む色気です。大抵の男性なら目が釘付けになるのでは……美しいだけでなく、妖しい魅力のあるご婦人、でしょうか。
この方は……?
「トキネ。こちらがロンバルディア公アルバート様の奥方、ヴェレッタ様だ」
「ロンバルディア公の……」
あ! さっきなぜアルバート様と一緒にいないのか不思議だった奥様!
昨日グロリア様が話してくれた、膨大な魔力を持つ人。けれどその膨大な魔力のために、精神を病んでしまったという――
私はヴェレッタ様に頭を下げてから、こっそり彼女を観察しました。
その視線に気づいたのか、ヴェレッタ様はにこっと私に向かって笑いかけました。
「あなたが噂のトキネね。ふふ、この世界へようこそ」
「は、はい。あの……」
何と言っていいのか分かりません。だって予想と違いすぎます。
今目の前にいるのはとても機嫌のいい、とても色気のある、健康的な女性なのに。精神を病んでいるなんて信じられない。
ヴェレッタ様は口元を扇子で隠しながら目元で微笑しました。
「かわいらしいお嬢さんね。アーレン、あなたがエスコートしているの?」
「ええ。トキネは私のパートナーです」
アーレン様は『パートナー』という言葉を強調しました。
ヴェレッタ様はすっと目を細めてアーレン様を見ます。
「……それは、このパーティー限りという意味でしょうね?」
「いいえ。彼女を私の伴侶にするつもりでいます」
私は胸を高鳴らせました。アーレン様、ここでそういう風に言ってくれるということは、本気なんだ……!
ヴェレッタ様の扇子がぱちんと閉じました。
彼女は今までの愛想が徐々に抜け落ちていくような冷ややかな目で私を見やり、
「あなたはたしかイディアスに、この娘を元の世界へ戻す方法は必ず編み出してみせると息巻いていなかったかしら。それは諦めるということなの?」
「それはそれとして、です。トキネが元の世界に戻ろうとも、トキネは私の伴侶だということです」
ふ、とヴェレッタ様の妖しい口元に、どこか馬鹿にしたような微笑が浮かびました。
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