年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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Story 10

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 にこりとほほえんだ仁寿の優しいまなざしと声が、視覚と聴覚からじんわりと心にしみこんでいく。頬に添えられた手の温度まで優しくて、まるで春の陽だまりみたいだ。彩は、返す言葉を見つけられなくて、代わりに首を横に振ることしかできなかった。


「ねぇ、彩さん。一つ聞いてもいい?」


 仁寿が真顔になる。


「……なんですか?」

「いつ、手術したの?」


 一瞬、なにを聞かれたのか分からなかった。
 病気のことは、心配をかけたくないから両親には内緒にしている。親友の由香と、休職するために職場の上司と総務の担当者にしか話していない。


「どうして知ってるんですか? 由香に聞いたんですか?」

「違うよ。北川先生は、絶対にそんなこと教えてくれない。彩さんの部屋に、検査の予約の紙があったから」


 アパートは、たまに女友達が遊びにくるだけの完全なプライベート空間だ。予約票の存在なんて気にも留めていなかった。迂闊だった、と彩は内心で深く反省する。


「さっき、夕飯を食べながら彩さんについて考えてた。傷、目立たないね。全然気がつかなかったよ。腹腔鏡で手術したの?」


 彩が小さく頷くと、ぎゅっと抱きしめられた。





 右の卵巣に腫瘍が見つかったのは二年前の梅雨。
 初めて、婦人科で子宮頸がん検診を受けた。こっちの恥ずかしさを完全に無視して、機械的に開脚させる内診台に危うく失神しそうになったっけ。

 父と変わらない年頃の医師が、カーテンの向こうで膣に器具を突っこんで粘膜を採取する。それから子宮と卵巣も見ると言って、エコーを挿れた。エコーの先端でぐりぐりと中を探られるのは、正直ちょっと痛かった。

 そのあとの診察で医師に説明されたのは、子宮頸がんの検査結果が出るまでに日数がかかることと、右の卵巣が少し腫れているということだった。


「若い女性に多いんですよ。右の卵巣に嚢胞ができています。大抵、問題はありませんが、早めに治療したほうがいいので大きな病院で検査を受けてください。紹介状を書きますから」

「嚢胞……?」

「血液とかが溜まった袋です。手術してそこだけくり抜いてしまえば、卵巣自体は取らなくて済むから心配しなくてもいいですよ」


 生理痛がひどい時はあったけれど、他に自覚症状はなかったし、婦人科でも心配しなくてもいいと言われていたから、紹介された病院を受診したのは検診を受けてから二カ月くらいあとだったと思う。そこで造影CTとかMRIとか詳しい検査をしてもらったら、ただの嚢胞じゃなくて腫瘍だった。

 今は基準が細かくなったから、良性と判断しても問題ない程度だけど境界型でした。あと半年、一年後だったら深刻だったかもしれない。早く見つかってよかったですね。

 退院の前日。手術した医師の病状説明を聞いて、もし検診を受けてなかったら……と想像してぞっとした。





「他には?」


 仁寿が、彩を抱きしめる腕の力を強める。


「他といいますと?」

「彩さんが、僕とつき合うにあたって障害だと思っているもの。この際だから、全部教えてよ」

「そんなの、たっ……たくさんありますよ。わたしは先生と違って普通の家の生まれだし、資格は持っているけどただの事務職だし……。それに仕事上、先生とは」


 唇に触れるだけの軽いキスで、言葉をさえぎられる。


「もういいよ。他はたいして問題なさそうだね。僕を嫌いだって言われたら、潔く家に帰してあげようかと思ったけど。やめた。嫌いに勝る障害なんてないから」

「は……?」


 仁寿が、唖然とする彩の髪に鼻先をつけてクスクスと笑う。


「彩さんから僕と同じ匂いがする」

「そ、それは……。シャンプーとかいろいろ、図々しく使わせていただきましたから」

「幸せだなぁ。毎日こうやって彩さんを抱きしめられたらもっと幸せなんだけど」

「おおげさですよ。毎日一緒にいたら、きっとすぐに嫌いになります」

「試してみる?」

「はい?」

「来月から院外研修が始まるから、彩さんと会えなくなるでしょ? 面談とかで顔を合せる機会はあるんだろうけど、仕事のほんのちょっとした時間しか彩さんの顔を見られないなんて嫌だしさ」

「おっしゃっている意味がちょっと」

「一緒に住もうよ、ここで」

「だめ。絶対にだめです」

「えーっ。往生際が悪いなぁ、彩さんは」


 待って、待って。
 急展開過ぎて頭が全然追いつかない。

 彩は、顔面蒼白で仁寿を見た。
 くしゃっとほころんだ顔。仔犬のように笑顔がかわいくて優しい藤崎先生。病気の重たい話をしたはずなのに、服越しに触れる股間はしっかり臨戦態勢で。シリアスな我が心の声諸々が、ものすごく間抜けに思えるのは間違いない。



 ――えっと、一緒に住むってどういうことですか?



 ごくん。
 生唾を飲み込んだ拍子に、彩の首が上下に揺れる。


「もう寝る時間だね。彩さんの了承も得たし、ベッドに行こうか」


 違うんです、先生。今のは了承の頷きではなくて生唾を飲んだだけ……、なんて説明文は声にならないまま喉の奥に流れていった。


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