年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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Story 09

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「ぁ……ふっ」


 ソファーの端に置かれたクッションが彩の後頭部をソフトに受け止め、一瞬離れた仁寿が彩に噛みつくようなキスをする。

 彩はそれを拒むように口をギュッと閉じたが、いとも簡単に舌でこじ開けられてしまった。口内を舐めまわされて、舌を引っ張られて強く吸われて。執拗に息を奪われるうちに、頭がじんとしびれてぼんやりし始めた。


「は……ぁ……ぅうんっ」


 息が苦しい。先生、やめて。
 彩は、助けを求めるように仁寿のシャツの袖を握りしめた。


「……彩さん」


 濡れた唇に甘い声がかかる。きつく閉じていた目を開けると、鼻先が触れるほど間近に仁寿の顔があった。

 洗い立てのサラッとした前髪から、キラキラとした黒い瞳が覗いている。いつもと変わらない、優しいまなざし。だけど、じっと見つめてくる視線が、熱い。

 恥ずかしさのあまり顔をそらす彩の頚部に、仁寿の手が触れて鎖骨から胸へおりていく。服の上から触られているのに、手のぬくもりが生々しく肌に染みこんでくる。


「だめ……」


 全速力で走ったあとのように息を乱して、彩は顔をそむけたまま仁寿の手首をつかんだ。深呼吸で息を整える間に、じんとしびれてぼんやりしていた頭のモヤが晴れて冷静になる。


 不眠の時みたいにできない。
 先生と間違った関係を、いつまでも続けてはいけない。しかし、どう切り出せばいいのだろう。


 どんな仕事でも職場での信頼関係は大事だ。出会って五年。少しずつ築いてきた信頼関係があるから、なにに興味があるのか、将来どの科に進みたいのか、彼は初期研修についての考えや希望を忌憚なく話してくれるし、こちらも研修に係る仕事をするうえでとても助かっている。

 それに、初期研修が終わってもよそへ行かずに残ってもらうのが、病院の願いであり課題でもある。年度末になると、二年間の初期研修を無事に終了した研修医たちが巣立っていき、笑顔でそれを見送った上司が医局の隅で頭を抱える光景を毎年見て来た。

 もとより、彼はこの地に縁もゆかりもない人だ。先日職場で話した時は三年目以降も残る気でいると言っていたが、これが原因の一つになって辞められたら困る。だから、どう話しをすればいいのか悩んでしまう。



 ――でも、やっぱりおかしいよ。こんなの。



 彩の口から、小さなため息が漏れる。大丈夫、話せばきっと分かってくれる。あと数日もすれば院外研修が始まって、少なくとも半年は特別な用事がない限り顔を合わせなくて済む。半年もあれば、お互いなにもなかったように過ごせると思うし、大人だから仕事と割り切ってやっていけるはずだもの――。

 よし、と気合いを入れて話を切り出そうとする彩の顔つきが神妙になり、無意識に仁寿の手首をつかむ手に力が入る。


「もしもぉーし、彩さぁーん」


 仁寿が、黙り込んだ彩を呼ぶ。彩が声に反応して顔を向けると、ほっぺたをプクッと膨らませた仁寿が口を尖らせていじけていた。



 ――ほんと先生は、癒し系だなぁ。



 彩は、仕事のストレスをリセットするために、帰宅したあと癒しを求めて熱帯魚の動画を黙々と眺めていた時期を思い出す。仁寿の表情は、その動画に出てきた愛らしいミドリフグを彷彿とさせた。あの愛らしい姿と動きは、癒し効果抜群だった。


「は、はい。どうか、しました?」

「どうもこうも……。キスしたら神妙な顔をされて、さらに手首を締めあげられるってどうなの」

「あ……、すみません」


 パッと仁寿から手を放して、彩はもう一度「すみません」と繰り返す。


「彩さん、今なにを考えていたの?」

「いえ、あの……」

「うん」

「わたしのせいで先生に迷惑をかけてしまって……。本当にごめんなさい」

「迷惑って?」

「先日と今日の、いろいろです」

「ふぅん、そっか」


 仁寿が、彩に覆いかぶさって腰を抱くように腕を回す。次の瞬間、視界がぐるりと反転して、二人の体がソファーからフローリングに転がり落ちた。びっくりしたのも束の間、彩は体を起こして真っ先に仁寿の無事を確認する。


「先生、大丈夫ですか?!」


 臨床研修プログラムには研修の日数が定められていて、規定の日数以上を休んだり研修を中断したりすると、その分だけ研修が長引いてしまう。ケガや病気、妊娠出産など理由の如何を問わないから、こんなことでケガなんてされると大変だ。


「大丈夫」

「よかった。気をつけてくださいね」

「彩さんが優しい」

「いえ。先生には、病気やケガなく研修に励んでいただかないといけないので」


 立ちあがろうとして、ふと違和感を覚える。仁寿の顔と自分の下にある胴体を順に見て、彩はぎょっとした。ソファーから転がり落ちた時に、体の位置が入れかわってしまったらしい。仰向けの仁寿に跨って、ちょうど骨盤のあたりに自分のお尻が乗っていた。


「あぁ、いい眺め。彩さんに攻められるのもいいかもしれないね。想像するだけで、どきどきする」


 赤面する彩に、満面の笑みで仁寿が言う。お尻に女子にはない異質なモノが当たっているのに気づいて、彩の顔はますます紅潮した。


「恥ずかしいから、そういう冗談はやめてください」

「冗談じゃないよ。割と本気」

「もう……」


 困ったように眉尻を下げながら、彩は罪悪感を抱く。
 仕事上の都合あれこれは、完全な建前だ。先生の気持ちを知っているのに、不眠から解放されたい一心で先生を利用した。



 ――わたしは、ずるい。



 そういう対象に見ていないと言いながら、きっぱり断りきれない。矛盾だらけの優柔不断な行動と気持ちで、善良な先生を弄んでいる。なんて情けないんだろう。


「先生、今日は家に帰ります。ご迷惑おかけしてすみませんでした」


 彩は、肩を落としてうつむく。とても仁寿の顔を見ていられない心境だった。


「さっきからどうも腑に落ちないんだけどさ、どうして迷惑なんだろう」

「だって……」

「五年も片想いするほど、僕は彩さんが好きなんだよ。抱きしめてキスしたいし、その先もしたい。僕には、嬉しい気持ち以外なにもないけど」


 よいしょ、と仁寿が上半身を起こす。


「でも、そうだよね」


 仁寿の手の平が頬に触れて、彩の体がぴくりと震えた。


「彩さんの同意を得ずに、無理強いするのはだめだった。ごめんね」
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