【完結】竜の翼と風の王国

藤夜

文字の大きさ
上 下
31 / 40

31 風鏡2

しおりを挟む
ぐっと手に力を込める。

(意志を込めよ)
脳裏に蘇る声に従い、意識を集中する。
(結界は思考の実在化。より合わさった意識の糸。それを解く)
そう、これは悪意と害意の組糸だ。雷撃は行く手を阻む意志の力。
目を閉じると苦しいまでの圧迫感が私を襲う。
風がそれを押し返すように勢いを増す。

負けない。
私はここを通るのだ。
神殿にたどり着くために。
風を呼び戻す為に。
これ以上、この国を傷つけさせない。

「邪魔は許さない!」

まるで削岩機で削るような音と振動。でもそれは魔物の必死の抵抗に思えた。
ほんの少し、心に余裕が生まれる。
いくつもの命を奪ったであろう、このおぞましき障壁。
恐怖の幻覚で騙して生命を止める、なんて卑怯で愚かしいのだろう。
私にはもう通用しない。
糸が解けるように視界が滲み、結界が緩んでゆく。
キシキシと最後の悲鳴をあげている。

(砕く!)

バシュッ
激しい空気の破裂音とともに、ガラスが割れるが如く結界が砕け散った。

「解けた!」

神殿を覆い尽くす大きな結界は、その一瞬ですべて空に向かって破片をばら撒いた。
やった!出来た。
私は感激のあまり、両手を合わせて飛び上がった。
そして役目を終えたように背中の翼も消える。

オオーッ
背後で大きな歓声が上がる。
振り返ると、丘の麓にはいつのまにかたくさんの人が集まってきていた。
みんなはそれぞれ手を取り合い、喜び合っている。感極まって泣き出す人も見えた。
約束を果たせた。期待に応えることができた。
何より、この国を救える。それが嬉しかった。

「ルーラ」

後ろにいる陛下が両手を広げる。
私は彼に走り寄ろうと駆け出した。
だけど、突然、私を包んでいた風の結界がゴオッと勢いを増した。
私の脚が地面から浮き上がり、外が見えないほど風が膨れ上がる。

「どうしたの?」

精霊達が警戒の唸りをあげている。

「どうしたの?答えて。一体何があるの?」

ピィーン
耳鳴りが痛いほど鼓膜を震わせる。

(気をつけて………目を離さないで)

聞こえた。とても切羽詰まった、危険を知らせる声。
何から?何に気をつけるの?

(出てくる………神殿………)

「神殿?」

一体何が出てくるというのだろう。
ゆっくりと神殿を振り返った私は、全身に鳥肌がたつのを感じた。
霧散した結界の中から、黒い塊が溢れてくる。
これは、何?

「さがれ、ルーラ!」

陛下が私の手を引っ張って背に庇う。

「レン………っ」

ゾロリ、音を立てそうな質感で、黒い霧が這い出す。
それは鳥肌がたつほど気色の悪い光景だった。
半透明の霧の塊は、アメーバのように伸縮を繰り返しながら、その触手を広げてゆく。
触手に触れられた大地は、たちまち緑を失い茶色く変じた。
ゆるゆると蠢くその姿は、ちょうどイソギンチャクに似ている。
いくつもの触手を空に向かって伸ばし、何かを探っているようにも見えた。
中心部は暗く淀み、ドクンドクンと脈打っている。
瘴気が凝り固まってできた魔物、こいつの正体はそんなところだろう。

木に絡まった触手がその幹に張り付いた。ズズっと木の生気を吸ってわずかに太くなる。
触手が離れた時、木は茶色く枯れていた。
その触手がこちらに気づいたように動きを止める。
その後ろから別の触手が現れた。
私達を捉えようと伸びたそれは、風の結界に阻まれてちぎり消される。
すると、その霧はふいっと進路を変えて、丘の麓に進み始めた。

「だめっ!そっちにはみんなが」

陛下がチッと舌打ちして、その後ろを追って走り出す。

「精霊、あれを吹き飛ばして!」

空に向かって叫んだ。
風は私の身体を離れて、丘の斜面を滑り降りる霧を吹き上げる。霧はその速度を止め、風を取り込んで渦巻く。
だめだ。かき回すだけで消えない。
低い、獣のような鳴き声をあげ、それは再びみんなに向かって進み出す。

「逃げろ!」

さっきの隙に霧を追い抜いていた陛下が、下にいるみんなに向かって叫んだ。

「早く!」

その声に茫然と立ちすくんでいた人々は我にかえって、悲鳴をあげながら逃げ始めた。
けれど、霧はもうすぐ後ろにまで迫っていた。
その高さは人の背丈の三倍以上。
津波のように彼等を飲み込もうと、さらに上に伸び上がる。

「みんなを守って!」

お願い助けて。あの魔物を止めて!
私は声の限り叫び、精霊達に祈った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。 世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。 それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。 マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。 注)途中から黒猫君視点が増えます。 ----- 不定期更新中。 登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。 100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。 それではどうぞよろしくお願いいたします。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...