真夜中の蛍

藤夜

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心残り

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今日は疲れた。
そう思いながら家に帰ろうと廊下を歩く。

自分の担当で数日前からそろそろ、と言われていた患者がとうとう亡くなってしまったのだ。
亡くなったのが日勤帯で良かった。
主治医も看護長もいたし、満足いく対応ができたと思う。
老衰と言っていい程の高齢の方で、駆けつけた家族も最後に安らかに逝けたと落ち着いていた。

夕暮れの赤い光が差し込む中、ナースの白衣を脱いで着替える。

なんとなく物寂しい気もするが、やり切った満足感もあった。
家は職場のすぐ側のアパートだ。だが、このまま一人きりの部屋に帰りたくはない。
今夜は行きつけの店で夕食にしよう。
そう思いながらタイムカードを機械に通した。


赤い夕暮れは食事を終えて帰る頃には漆黒の空へと変わり、白い星が幾つか瞬いていた。
もう時刻は十時を回り、私は車を走らせて家に向かう。
少し口寂しい。
病院のそばのコンビニにでも寄って、コーヒーでも買おうか。
コンビニで一旦車を停め、カフェオレを買って店を出た。

「え…………?」

何気なく病院の方を振り返って、カップに口を付けようとした手が止まる。

暗くなった空の中に、明かりのついた病院の姿が薄ぼんやり見える。
もう消灯時間は過ぎている。
病室の電気は消されていた。
先程まで自分がいた病棟も、ナースステーション以外は明かりが消えている、はずだ。

なのに、一箇所だけ明かりの付いている部屋がある。

(消し忘れてる)

あの部屋は今日、自分の患者がいた部屋だ。
個室なので今は誰も入っていない。
少なくとも自分が帰るまでは。
急な入院もまずない。

(夜勤は誰だっけ)

同僚の顔を思い浮かべる。
仲の良い美人ナースだった事を思い出し、病棟直通の番号を押した。

「はい」

十秒程鳴らすと彼女の声が電話の向こうから聞こえた。

「忙しいのにごめん。今、外通ったら五◯九号の電気付いてるのが見えて。消し忘れてるみたいよ」

そう伝えると、携帯の向こうで息を飲む音だけが聞こえた。

「………嫌なこと言わないでよ」
「どうしたの?」
「今見回りして来たところよ。電気付いてる部屋なんてなかったわ」
「え?」

私の目の前では相変わらず、一部屋だけが煌々と明かりをたたえている。

「今、目の前で付いてるよ?」
「…………少し前から、コールが鳴るのよ」
「え?」
「ナースコール。五◯九の」
「あの部屋は誰もいないでしょう?」

昼間確かに私は見送った。
携帯電話の向こうから、同僚ともう一人のナースの声が聞こえる。

「何回も見に行ってるけど、電気は消えてるし、ナースコールのボタンも壁にかかったままだし」
「たまにあるけど、今夜はしつこいね」
「そうなんだ」

諦めた口調の会話はそこで終わった。

カップに口をつけて、少し冷めてしまったカフェオレをすする。

「上手に送れたと思ったのにな」

あの患者は何か言い忘れたことがあったのか。
それとも自分が亡くなった事に気が付いていないだけなのか。
伝えたかった大切なことを忘れていなければいいな。
そう思いながら、私は飲み終わったカップをゴミ箱に放り込んだ。

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