上 下
107 / 126
第五章 太陽の女神

6 氷の槍

しおりを挟む
 自軍の動きを見ながらロイゼルドは魔物達の状態をはかる。炎で魔物の毒の攻撃を封じながら剣で攻撃を続ける作戦は、一定の効果をあげている。
 ヴェーラの守護と双子の結界のおかげもあって、味方の負傷はまだ少ない。だが、魔物の爪や牙の物理攻撃は少しずつ兵士達の体力を奪っている。

 回復の魔石や魔術師達の治癒魔法にも限界がある。それに思いのほか魔物の炎に対する耐性が強い。毒は浄化できても、ダメージを与えることはほとんど出来ていない。相手が治癒再生の身体を持っている以上、ジリジリとこちらの数が減っていくのは目に見えている。

 リヴァイアサンに対した時のように双子に魔物を拘束させる案も考えたが、二体が相手ではそれも厳しい。しかし、炎に強いのであれば、反対に弱い属性もあるのではないか?


「ルディ!ルフィ!」


 呼ばれた二人がロイゼルドの元へ向かう。


「なんでしょう団長」

「ロイ、あいつらを倒す方法が見つかった?」

「不死の魔物を退治する方法は、ルディ、お前が一番知っているだろう」


 エルディアは首を傾げた。


「川に入って武器を拾って来るの?」


 フェンリルを倒した時、エルディアは大量の剣を拾って来て使った。
 武器を引き抜かねば傷は再生しない。
 同じ事を考えていたなとロイゼルドが含み笑いをする。


「もっと簡単だ。ダリスの指示に従え」


 ダリスは神殿とは反対側、川の方向に向かっていた。
 そちらを指差して二人に示す。


「急げ」

「はい!」



 取り囲む兵士達に向けて口が開かれる度、魔石の炎が魔物を襲う。斬り込む騎士達を守るヴェーラのシールドが、魔物の爪を弾き攻撃を防ぐ。だが、魔物達の激しい動きはそれらを振り切りながら、神殿に近づけまいとする彼等を徐々に押しつつあった。
 負傷者がジリジリと増え、援護する回復役の魔術師も魔力が尽きつつある。


「くっそ、奴等の急所はないのか!」


 斬りつけても斬りつけても魔物の身体はみるみる再生し、その力も全く衰える気配がない。数人が剣を突き刺したまま残して回復を遮ろうとしたが、魔物は器用にもそれを口で引き抜き落とした。

 川辺のダリスの方向をじっと見ていたロイゼルドが、手をあげる彼の姿を確認する。
 準備は出来たようだ。


「全員下がれ!防御態勢をとるんだ!」


 指示が飛び、騎士・兵士達全員が一斉に魔物から退く。魔物達が逃げる人間達に追い縋り、攻撃しようと唸りをあげた。

 黒い翼が羽ばたき、その重い身体を浮かび上がらせようとする虎と蜥蜴の背後から、ダリスの黒いマントが風に煽られはためくのが見えた。

 彼の周囲に透明な水晶のような塊が無数に輝いている。

 ダリスが左右に立つ金と銀の二人の騎士に合図を送ると、それが風を斬り魔物達の頭上から雨のように降り注いだ。


「ギャンッ」
「グワッ」


 獣達の口から苦痛の鳴き声が漏れる。


「氷の槍………」

「副団長の魔術だ」


 ダリスが川の水で作る氷の槍をエルフェルムとエルディアが風で操り、四方から次々と魔物を攻撃する。
 鋭い氷の棘は強い風の力で易々とその硬い皮を突き破り、魔物の身体に針のように突き立ってゆく。凍る刃は魔物達の動きを抑え、突き立った槍は魔物の血液すら凍らせてゆくようだった。攻撃を止めた魔物達は血を吐き大地にはいつくばり、荒い息を吐いている。
 やはり、氷には弱い。


「首を落とせ!」


 ロイゼルドの号令に兵士達はウォーと一斉に声を上げ、斬りかかろうと剣をかざした、その時だった。




「ピーッ!」


 ヴェーラが常ならぬ甲高い鳴き声をあげた。
 見上げるロイゼルドの目に天空に浮かぶ黒い人影が映る。
 空を飛ぶ人間?
 その手に小さな光が灯るのが見えた。


「退避!」


 危険を察知したロイゼルドが叫ぶ。
 エルディアとエルフェルムが急いで結界を軍全体に張り巡らせる。

 その一瞬の後、

 ゴウッ

 轟音と共に空から巨大な炎の塊が降って来た。
 それはその場にいる者全てを包み込む程の大きさで、大地に触れると再び神殿の尖塔の天辺までの高さに膨れ上がった。

 目の前で魔物達の身体が燃え上がる。
 白い炎に包まれ、魔物を貫く幾本もの氷の槍が瞬時に溶け、蒸発した。


 エディーサの兵士達は結界に守られていなければ、火だるまになり燃え尽きていたに違いない。かすかに光る風の結界が炎を遮断していてもなお、熱が肌をチリチリと焼く。
 結界を張る二人は風の厚みを増し、燃える炎を退けようと魔力を注ぐ。

 結界越しに見える魔物達の琥珀の瞳が再び光を取り戻し、炎の中でその傷ついた身体がみるみる再生してゆく。
 虎と蜥蜴の魔物が身を起こし空を見上げた。
 炎が嘘のように消えて、辺りに白い煙が薄く漂う。


「嘘だろう…………?」


 誰かの声が聞こえた。

 トドメを刺し損ねた二匹の魔物が琥珀の瞳を爛々と燃やしている。
 そしてそのそばに四つ足の獣が二体、新たに降り立っていた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...