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第五章 太陽の女神

1 忍び寄る危機

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 トルポント王国が魔物を召喚した。
 しめやかに広がっていたその噂が大陸の各国に事実として流れたのは、レヴィナ公国の奪還の為にトルポント王国に宣戦布告した同盟国であるスリム王国が、異例とも言える三日間で返り討ちに合い滅びてからだった。

 トルポント王国にこれまで見たことのない魔獣が従軍しており、その獣達は全てのものを溶かす毒を吐き、鋭い爪で人間を切り裂く。しかも、その獣達はトルポント王国軍に使役されている。
 その事実は各国を驚かすのに十分すぎるものだった。

 エルディア達がスリム王国の惨禍を知ったのは、聖地のグレイ城と名付けられた古城に入った時である。


「団長、副団長」


 城を任されていた五人の騎士達が、二人に簡単な経過を報告している。
 王都からの連絡でスリム王国の敗戦の経緯を伝えられた鷲獅子騎士団の団長と副団長は、動揺することなくただ黙って頷いていた。

 ある程度は予想していた通りだ。
 周辺国の動向を全く意に介していない状況から、相当な力を持つ者を召喚したに違いないとは思っていた。

 もれ聞こえる声によると、聖地自体は魔物の襲撃はあったものの数羽の巨鳥バルクの飛来程度ですぐに討伐し、街にも神殿にも被害は無かったようだ。

 エルディアとエルフェルムが邪魔をしない様に、自分達と上官二人の馬を引いて厩へ連れていこうとすると、ロイゼルドに後で二人とも会議室の方へ来るようにと指示された。
 頷いて歩き出すと、それを待っていたかのように兵士達がわらわらと寄ってきて歓迎してくれる。


「姫さん、来たか!どうした、その格好」
「わっ、お嬢ちゃん勇ましい格好だな」
「男みたいな格好してどうした。マジで騎士なのか?」
「ほー、こっちは兄ちゃんかい。双子?美形だねえ」


 口々に話しかけてくる彼等に、エルディアは笑顔で返している。エルフェルムも気さくな彼等に戸惑いつつ、肩を叩かれ握手を交わしていた。これから共に戦う仲間だ。


「ほれ、手綱かしな。連れてってやるよ」


 兵士の数人が代わりに馬を引いて行ってくれた。


「ルディ、すごいな。大人気じゃねえか」

「いつの間にそんなに仲良くなってたのさ」


 後ろにいたリアムとカルシードが目を丸くしている。
 エルディアは二人を兵士達に紹介しながらちょっとね、と誤魔化す。

 夕食会のナイフ投げで意気投合したのだが、酔っ払ってスカートをめくり、ロイゼルドにこっぴどく叱られた都合上、あまり大きな声では言えない。


「部屋の準備は出来てるぜ。案内してやる」 

「姫さんの部屋は団長の部屋の横だ。その隣が副団長。変な奴は近づけないから安心しな」

「ありがとう」


 兵士達に案内してもらって自分に割り当てられた部屋に荷物を置くと、すぐにエルディアは城の一室に向かった。指揮官達が集まって会議を行う為の部屋だ。
 エルディアとエルフェルムもロイゼルドに呼ばれている。扉をノックして入ると、すでに皆集まっていた。


「神殿から気になる話が」


 城に居た五人の騎士のうち司令塔をしていた者が、全員が揃ったのを確認して口火をきった。


「何だ?」

「ホルクスの周辺の魔獣が消えたそうです。確かにこちらへ来てから魔獣を見かけた事がありません」

「レヴィナ公国が侵略されてからか?」

「はい、その時期辺りから気配が徐々に消えたそうです」


 神官長は神獣の加護が視える。魔獣の魔力も測れる力を持っていた。彼がそう言うのであれば、魔獣の巣とも言われていた神の山から魔獣が消えたというのも真実であろう。


「魔物のせいか」


 喰われたのか、それとも逃げたのか。
 神山ホルクスの周辺には広大な森が広がっている。深い森は魔獣の巣窟というほど、危険な獣達が闊歩していた。

 ホルクスを挟んだ隣国のレヴィナ公国はエディーサ王国の友好国であったが、交易にはホルクスの森を迂回し、他国を経由せねばならなかった程である。

 森の魔獣は人々にとって脅威ではあったが、国の護りでもあった。
 その護りが解けた。森の向こうのレヴィナ公国は既にトルポント王国の手に落ちている。
 ロイゼルドは低く皆に向かって言った。


「北からの攻撃を警戒せねばならないな」


 兵を交えるには、あまりに早すぎる。伝え聞く力を持つ軍、人間であるならば多少の兵力の差は埋める事が可能だ。
 だが、それに魔物が加わるとなるとエルディア他魔術師達がいるとはいえ、被害は大きくなるだろう。魔物の毒も解毒方法をアーヴァインが模索中だ。


「我々の切り札はまだ揃っていない」


 肩の上の鷹を見ながらロイゼルドが言う。今はまだヴェーラしかいない。噂の国破りの魔物に攻め込まれて、どれだけ対抗出来るだろうか。


「フェンは今どこにいるんだろうな」


 神獣達を探しに行ったフェンは、もう仲間を見つけ出す事が出来たのだろうか。神の従獣達が揃えば魔物の攻撃にも対抗できる。


「エルフェルム、フェンの今の行方はわかるか?」


 問われたエルフェルムは首を横に振る。


「近ければ心話が届きますが、今はかなり離れているようです。まだ時間はかかると思います」


 そうか、と騎士達を振り返る。


「兵士達の訓練は?」

「ほぼ完了しています。魔力持ちも数名おりますので、魔石の使い方は伝えています」

「わかった。エルディア、エルフェルム、二人は魔術師と魔力のある者を集めて再度確認しておけ。ダリス、指示を頼む」

「はい」
「わかりました」

「考えたくはないが、フェンが間に合わない場合も想定しておかなければならない」


 ロイゼルドの言葉にその場にいた者達は黙って頷いた。
 神獣達の戻るまでの時間稼ぎになろうとも、神殿だけは死守せねば。
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