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第四章 終焉の神

22 宣戦布告

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「団長!エルディア様!」


 鷲獅子騎士団の騎士が走り寄って来る。


「おふたりだけでこれを?」


 街中に転がる魔物の死骸を越えて来たのだろう。まだ煙をあげている毒蛾の山を見て騎士は息をのんだ。
 ロイゼルドは軽く頷いて、魔物の死骸を片付けるよう指示を出す。


「この蛾は毒を持っている。手袋ははずすなよ。まだ隠れているかもしれないから単体では動くな」

「はい」

「街の人達に被害がないか確認してくれ」

「わかりました」


 集まっていた兵士たちが街の中にまだ魔物が潜んでいないか、確認の為に散って行った。


「聖地にこれほどの数の魔獣が出るなんて……」


 騎士の言葉にエルディアは首を横に振る。


「魔獣じゃない。こいつらは魔族だよ」

「魔族?」

「そうだよ」


 魔獣はだいたい鳥か獣の姿をしている。キメラもいるが、蟲の魔獣はいない。
 魔獣は闇に堕ちて魔となったが、元々は創世の神によって光から生み出された神獣、神族だ。だが、この魔物達は終焉の神によって闇と怨恨から生み出された。大地から払われたはずの者達だ。


「魔族が何故聖地に?」


 騎士が戸惑いを隠せずにいると、神殿からフェイルが数人の神官を連れて出て来た。


「ご無事でしたか」

「ああ。なんとか片付いた」

「エルディア様もお怪我はありませんか?」

「大丈夫です。でも驚きました。こんな事は今までも?」

「いえ、初めてです。ここ聖地は女神の守りの最も深い場所。魔獣ならともかく、魔物が現れた事など一度もありません」


 フェイルの顔色が悪い。心底驚いているようだった。


「城の兵士に交代で神殿を警備させる。こんな他国の内部まで魔物を送り込む事が出来るとは、敵は一体どんな奴を召喚したんだ」

「もしかすると……これは憶測に過ぎませんが、かの国は神を召喚したのではないでしょうか」

「神?」


 フェイルはゆっくりと頷く。


「終焉の神を」


 ガルザ・ローゲ。

 創世の神アルカ・エルラと対をなす、世界の終わりをもたらす破壊の神。


「そんな事が出来るのか?」


 ロイゼルドの問いに、神殿の長はかすれた声で答えた。


「神自身が望めば」


 エルディアはゴクリと喉を鳴らした。
 世界の全てを破壊する終焉の神を召喚……
 そんな恐ろしく危険な事をトルポント王国は行ったというのだろうか。


「普通の人々には感じる事は出来ないでしょうが、エルディア様には女神の従獣の加護がついています。そして侯爵、貴方にも創世の神の鳥の守りが見えます」


 フェイルの榛色の瞳がロイゼルドに真っ直ぐに向けられている。言い当てられたロイゼルドは言葉を失った。この神殿の長には神獣達の守護が『視える』らしい。


「私はかの神が、貴方がたが女神に会いに来る事を見越して、これらの魔物を送り込んだように感じます」

「宣戦布告か」

「ではないかと。かの神は悪戯好きだと言われていますから」

「神官長の思い過ごしである事を祈るが……」


 そう言ってロイゼルドは腕を組んだ。
 アルカ・エルラがヴェーラを通じてフェンに伝えた言葉は、聖地を守れ、だ。聖地は女神が眠る、この世界で最も力の強い場所だ。その聖地を襲い、彼女の眠りを妨げようとしている存在、それは女神と同等かそれ以上の力を持つ者に他ならないのではないか?

 太陽と月は他の神々の様に光から生み出されたわけではない。アルカ・エルラから作り出された、彼自身の分身とも言うべき存在だ。そして、全ての光達を統べる主でもある。その高位の神と同じ、もしくはそれを凌駕する力を持つ存在は三神しかいない。
 創世の神アルカ・エルラか、彼女の双子の弟である月神、あるいは終焉の神ガルザ・ローゲ。

 ロイゼルドがフェイルに問う。


「神を使役する、その代償は?」

「恐ろし過ぎて考えられません。彼の国の民はまだ生きているのでしょうか?」


 フェイルは遠く東の方角を見つめて声をふるわせた。



     *********



 城に戻ったエルディア達の元に、王都からの伝令が来ていた。

————ヴァンダル山脈の様子がおかしい。

 レンブル領のヴィンセントから王に報告が来たという。
 ユグラル砦から隣国を警戒する騎士達が、妙なことに気がついたのだ。

 砦の付近は森が深い。トルポント王国との国境には、神山ホルクスから続くヴァンダル山脈が横たわっている。緑豊かな森は初夏を迎え、ますます緑濃く木々が蒼く輝く季節だ。
 それなのに遠く見えるトルポント王国側の森が、どんどん黒く立ち枯れて来ているという。

 常ならば魔獣も多く出現するものなのだが、森の異変に気がつくひと月程前から、パタリと姿を見なくなっていた。

 伝令に渡された王太子からの手紙を読み終えたロイゼルドが、眉間に皺を寄せてエルディアに言う。


「すぐ王都に戻るぞ」

「何があったの?」

「レヴィナ公国がトルポント王国軍の侵攻を受けて落ちた」

「!」

「イエラザーム皇国も黙ってはいまい。荒れるぞ」


 ロイゼルドの言葉にエルディアは声なく頷いた。
 地上が荒れる。
 かつてないくらいの規模で。

 自分は世界に終わりをもたらすという神から、果たしてこの国を守れるのだろうか?
 エルディアはそう自問しながら、ただロイゼルドを見つめる事しか出来なかった。
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