98 / 126
第四章 終焉の神
22 宣戦布告
しおりを挟む
「団長!エルディア様!」
鷲獅子騎士団の騎士が走り寄って来る。
「おふたりだけでこれを?」
街中に転がる魔物の死骸を越えて来たのだろう。まだ煙をあげている毒蛾の山を見て騎士は息をのんだ。
ロイゼルドは軽く頷いて、魔物の死骸を片付けるよう指示を出す。
「この蛾は毒を持っている。手袋ははずすなよ。まだ隠れているかもしれないから単体では動くな」
「はい」
「街の人達に被害がないか確認してくれ」
「わかりました」
集まっていた兵士たちが街の中にまだ魔物が潜んでいないか、確認の為に散って行った。
「聖地にこれほどの数の魔獣が出るなんて……」
騎士の言葉にエルディアは首を横に振る。
「魔獣じゃない。こいつらは魔族だよ」
「魔族?」
「そうだよ」
魔獣はだいたい鳥か獣の姿をしている。キメラもいるが、蟲の魔獣はいない。
魔獣は闇に堕ちて魔となったが、元々は創世の神によって光から生み出された神獣、神族だ。だが、この魔物達は終焉の神によって闇と怨恨から生み出された。大地から払われたはずの者達だ。
「魔族が何故聖地に?」
騎士が戸惑いを隠せずにいると、神殿からフェイルが数人の神官を連れて出て来た。
「ご無事でしたか」
「ああ。なんとか片付いた」
「エルディア様もお怪我はありませんか?」
「大丈夫です。でも驚きました。こんな事は今までも?」
「いえ、初めてです。ここ聖地は女神の守りの最も深い場所。魔獣ならともかく、魔物が現れた事など一度もありません」
フェイルの顔色が悪い。心底驚いているようだった。
「城の兵士に交代で神殿を警備させる。こんな他国の内部まで魔物を送り込む事が出来るとは、敵は一体どんな奴を召喚したんだ」
「もしかすると……これは憶測に過ぎませんが、かの国は神を召喚したのではないでしょうか」
「神?」
フェイルはゆっくりと頷く。
「終焉の神を」
ガルザ・ローゲ。
創世の神アルカ・エルラと対をなす、世界の終わりをもたらす破壊の神。
「そんな事が出来るのか?」
ロイゼルドの問いに、神殿の長はかすれた声で答えた。
「神自身が望めば」
エルディアはゴクリと喉を鳴らした。
世界の全てを破壊する終焉の神を召喚……
そんな恐ろしく危険な事をトルポント王国は行ったというのだろうか。
「普通の人々には感じる事は出来ないでしょうが、エルディア様には女神の従獣の加護がついています。そして侯爵、貴方にも創世の神の鳥の守りが見えます」
フェイルの榛色の瞳がロイゼルドに真っ直ぐに向けられている。言い当てられたロイゼルドは言葉を失った。この神殿の長には神獣達の守護が『視える』らしい。
「私はかの神が、貴方がたが女神に会いに来る事を見越して、これらの魔物を送り込んだように感じます」
「宣戦布告か」
「ではないかと。かの神は悪戯好きだと言われていますから」
「神官長の思い過ごしである事を祈るが……」
そう言ってロイゼルドは腕を組んだ。
アルカ・エルラがヴェーラを通じてフェンに伝えた言葉は、聖地を守れ、だ。聖地は女神が眠る、この世界で最も力の強い場所だ。その聖地を襲い、彼女の眠りを妨げようとしている存在、それは女神と同等かそれ以上の力を持つ者に他ならないのではないか?
太陽と月は他の神々の様に光から生み出されたわけではない。アルカ・エルラから作り出された、彼自身の分身とも言うべき存在だ。そして、全ての光達を統べる主でもある。その高位の神と同じ、もしくはそれを凌駕する力を持つ存在は三神しかいない。
創世の神アルカ・エルラか、彼女の双子の弟である月神、あるいは終焉の神ガルザ・ローゲ。
ロイゼルドがフェイルに問う。
「神を使役する、その代償は?」
「恐ろし過ぎて考えられません。彼の国の民はまだ生きているのでしょうか?」
フェイルは遠く東の方角を見つめて声をふるわせた。
*********
城に戻ったエルディア達の元に、王都からの伝令が来ていた。
————ヴァンダル山脈の様子がおかしい。
レンブル領のヴィンセントから王に報告が来たという。
ユグラル砦から隣国を警戒する騎士達が、妙なことに気がついたのだ。
砦の付近は森が深い。トルポント王国との国境には、神山ホルクスから続くヴァンダル山脈が横たわっている。緑豊かな森は初夏を迎え、ますます緑濃く木々が蒼く輝く季節だ。
それなのに遠く見えるトルポント王国側の森が、どんどん黒く立ち枯れて来ているという。
常ならば魔獣も多く出現するものなのだが、森の異変に気がつくひと月程前から、パタリと姿を見なくなっていた。
伝令に渡された王太子からの手紙を読み終えたロイゼルドが、眉間に皺を寄せてエルディアに言う。
「すぐ王都に戻るぞ」
「何があったの?」
「レヴィナ公国がトルポント王国軍の侵攻を受けて落ちた」
「!」
「イエラザーム皇国も黙ってはいまい。荒れるぞ」
ロイゼルドの言葉にエルディアは声なく頷いた。
地上が荒れる。
かつてないくらいの規模で。
自分は世界に終わりをもたらすという神から、果たしてこの国を守れるのだろうか?
エルディアはそう自問しながら、ただロイゼルドを見つめる事しか出来なかった。
鷲獅子騎士団の騎士が走り寄って来る。
「おふたりだけでこれを?」
街中に転がる魔物の死骸を越えて来たのだろう。まだ煙をあげている毒蛾の山を見て騎士は息をのんだ。
ロイゼルドは軽く頷いて、魔物の死骸を片付けるよう指示を出す。
「この蛾は毒を持っている。手袋ははずすなよ。まだ隠れているかもしれないから単体では動くな」
「はい」
「街の人達に被害がないか確認してくれ」
「わかりました」
集まっていた兵士たちが街の中にまだ魔物が潜んでいないか、確認の為に散って行った。
「聖地にこれほどの数の魔獣が出るなんて……」
騎士の言葉にエルディアは首を横に振る。
「魔獣じゃない。こいつらは魔族だよ」
「魔族?」
「そうだよ」
魔獣はだいたい鳥か獣の姿をしている。キメラもいるが、蟲の魔獣はいない。
魔獣は闇に堕ちて魔となったが、元々は創世の神によって光から生み出された神獣、神族だ。だが、この魔物達は終焉の神によって闇と怨恨から生み出された。大地から払われたはずの者達だ。
「魔族が何故聖地に?」
騎士が戸惑いを隠せずにいると、神殿からフェイルが数人の神官を連れて出て来た。
「ご無事でしたか」
「ああ。なんとか片付いた」
「エルディア様もお怪我はありませんか?」
「大丈夫です。でも驚きました。こんな事は今までも?」
「いえ、初めてです。ここ聖地は女神の守りの最も深い場所。魔獣ならともかく、魔物が現れた事など一度もありません」
フェイルの顔色が悪い。心底驚いているようだった。
「城の兵士に交代で神殿を警備させる。こんな他国の内部まで魔物を送り込む事が出来るとは、敵は一体どんな奴を召喚したんだ」
「もしかすると……これは憶測に過ぎませんが、かの国は神を召喚したのではないでしょうか」
「神?」
フェイルはゆっくりと頷く。
「終焉の神を」
ガルザ・ローゲ。
創世の神アルカ・エルラと対をなす、世界の終わりをもたらす破壊の神。
「そんな事が出来るのか?」
ロイゼルドの問いに、神殿の長はかすれた声で答えた。
「神自身が望めば」
エルディアはゴクリと喉を鳴らした。
世界の全てを破壊する終焉の神を召喚……
そんな恐ろしく危険な事をトルポント王国は行ったというのだろうか。
「普通の人々には感じる事は出来ないでしょうが、エルディア様には女神の従獣の加護がついています。そして侯爵、貴方にも創世の神の鳥の守りが見えます」
フェイルの榛色の瞳がロイゼルドに真っ直ぐに向けられている。言い当てられたロイゼルドは言葉を失った。この神殿の長には神獣達の守護が『視える』らしい。
「私はかの神が、貴方がたが女神に会いに来る事を見越して、これらの魔物を送り込んだように感じます」
「宣戦布告か」
「ではないかと。かの神は悪戯好きだと言われていますから」
「神官長の思い過ごしである事を祈るが……」
そう言ってロイゼルドは腕を組んだ。
アルカ・エルラがヴェーラを通じてフェンに伝えた言葉は、聖地を守れ、だ。聖地は女神が眠る、この世界で最も力の強い場所だ。その聖地を襲い、彼女の眠りを妨げようとしている存在、それは女神と同等かそれ以上の力を持つ者に他ならないのではないか?
太陽と月は他の神々の様に光から生み出されたわけではない。アルカ・エルラから作り出された、彼自身の分身とも言うべき存在だ。そして、全ての光達を統べる主でもある。その高位の神と同じ、もしくはそれを凌駕する力を持つ存在は三神しかいない。
創世の神アルカ・エルラか、彼女の双子の弟である月神、あるいは終焉の神ガルザ・ローゲ。
ロイゼルドがフェイルに問う。
「神を使役する、その代償は?」
「恐ろし過ぎて考えられません。彼の国の民はまだ生きているのでしょうか?」
フェイルは遠く東の方角を見つめて声をふるわせた。
*********
城に戻ったエルディア達の元に、王都からの伝令が来ていた。
————ヴァンダル山脈の様子がおかしい。
レンブル領のヴィンセントから王に報告が来たという。
ユグラル砦から隣国を警戒する騎士達が、妙なことに気がついたのだ。
砦の付近は森が深い。トルポント王国との国境には、神山ホルクスから続くヴァンダル山脈が横たわっている。緑豊かな森は初夏を迎え、ますます緑濃く木々が蒼く輝く季節だ。
それなのに遠く見えるトルポント王国側の森が、どんどん黒く立ち枯れて来ているという。
常ならば魔獣も多く出現するものなのだが、森の異変に気がつくひと月程前から、パタリと姿を見なくなっていた。
伝令に渡された王太子からの手紙を読み終えたロイゼルドが、眉間に皺を寄せてエルディアに言う。
「すぐ王都に戻るぞ」
「何があったの?」
「レヴィナ公国がトルポント王国軍の侵攻を受けて落ちた」
「!」
「イエラザーム皇国も黙ってはいまい。荒れるぞ」
ロイゼルドの言葉にエルディアは声なく頷いた。
地上が荒れる。
かつてないくらいの規模で。
自分は世界に終わりをもたらすという神から、果たしてこの国を守れるのだろうか?
エルディアはそう自問しながら、ただロイゼルドを見つめる事しか出来なかった。
2
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~
日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。
そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。
ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。
身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。
様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。
何があっても関係ありません!
私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます!
『本物の恋、見つけました』の続編です。
二章から読んでも楽しめるようになっています。
家電ミステリー(イエミス)
ぷりん川ぷり之介
ミステリー
家にある家電をテーマにいろいろな小話を作りました。
イヤミスと間違えて見に来てくれる人がいるかなと思い、家電ミステリー、略して“イエミス”というタイトルをつけました。厳密にいえば、略したら“カミス”なのかもしれませんが大目に見てください。ネタ切れして、今や家電ミステリーですらありませんが、そこも大目に見てください。
あと、ミステリーと書いてますが、ミステリーでもホラーでもなく単なるホラ話です。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
ライゼン通りのパン屋さん ~看板娘の日常~
水竜寺葵
ファンタジー
あらすじ
ライゼン通りの一角にある何時も美味しい香りが漂うパン屋さん。そのお店には可愛い看板娘が一人いました。この物語はそんな彼女の人生を描いたものである。
大嫌いな聖女候補があまりにも無能なせいで、闇属性の私が聖女と呼ばれるようになりました。
井藤 美樹
ファンタジー
たぶん、私は異世界転生をしたんだと思う。
うっすらと覚えているのは、魔法の代わりに科学が支配する平和な世界で生きていたこと。あとは、オタクじゃないけど陰キャで、性別は女だったことぐらいかな。確か……アキって呼ばれていたのも覚えている。特に役立ちそうなことは覚えてないわね。
そんな私が転生したのは、科学の代わりに魔法が主流の世界。魔力の有無と量で一生が決まる無慈悲な世界だった。
そして、魔物や野盗、人攫いや奴隷が普通にいる世界だったの。この世界は、常に危険に満ちている。死と隣り合わせの世界なのだから。
そんな世界に、私は生まれたの。
ゲンジュール聖王国、ゲンジュ公爵家の長女アルキアとしてね。
ただ……私は公爵令嬢としては生きていない。
魔族と同じ赤い瞳をしているからと、生まれた瞬間両親にポイッと捨てられたから。でも、全然平気。私には親代わりの乳母と兄代わりの息子が一緒だから。
この理不尽な世界、生き抜いてみせる。
そう決意した瞬間、捨てられた少女の下剋上が始まった!!
それはやがて、ゲンジュール聖王国を大きく巻き込んでいくことになる――
僕の宝具が『眼鏡』だったせいで魔界に棄てられました ~地上に戻って大人しく暮らしているつもりなのに、何故か頼られて困ります~
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
この世界では、三歳を迎えると自身だけが使える『宝具』が出現する。グーブンドルデ王の血を引くゲイルにもその日が訪れた。武功に名高い公や臣下が集まる中、ゲイルに現れた『宝具』は『眼鏡』であった。強力な炎を纏う剣や雷の雨を無数に降らせる槍、気象を自在に操る杖など強力な『宝具』を得ていた兄や姉に比べてゲイルの『眼鏡』など明らかに役に立たないどころか、『宝具』と呼ぶことさえ疑問に思われるほどの存在だった。『宝具』はその者の才を具現化した物。国王はそんなゴミを授かる無能が自分の子だということが恥ずかしいと嘆き、自身を辱めた罰だとゲイルの眼前で母を殺しゲイルを魔界に棄ててしまう。
そうして闇に包まれた魔界に棄てられたゲイルだったが、初老の男性エルフと初老の女性ドワーフに出会う。そしてその二人はゲイルが持つ『宝具』の真のチカラに気がついた。
そのチカラとは魔法の行使に欠かせないマナ、そして人の体内を流れるチャクラ、その動きが見えること。その才に多大な可能性を見出した二人はゲイルを拾い育てることになるのだが……
それから十余年ばかり過ぎたとある日のこと。ゲイルは地上へと戻った。
だが、ゲイルは知らなかった。自分を拾ってくれた二人の強さを。そして彼らの教えを受けた自身の強さを……
そして世界は知らなかった。とんでもない化け物が育ってしまっていたということを……
婚約破棄を希望しておりますが、なぜかうまく行きません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のオニキスは大好きな婚約者、ブラインから冷遇されている事を気にして、婚約破棄を決意する。
意気揚々と父親に婚約破棄をお願いするが、あっさり断られるオニキス。それなら本人に、そう思いブラインに婚約破棄の話をするが
「婚約破棄は絶対にしない!」
と怒られてしまった。自分とは目も合わせない、口もろくにきかない、触れもないのに、どうして婚約破棄を承諾してもらえないのか、オニキスは理解に苦しむ。
さらに父親からも叱責され、一度は婚約破棄を諦めたオニキスだったが、前世の記憶を持つと言う伯爵令嬢、クロエに
「あなたは悪役令嬢で、私とブライン様は愛し合っている。いずれ私たちは結婚するのよ」
と聞かされる。やはり自分は愛されていなかったと確信したオニキスは、クロエに頼んでブラインとの穏便な婚約破棄の協力を依頼した。
クロエも悪役令嬢らしくないオニキスにイライラしており、自分に協力するなら、婚約破棄出来る様に協力すると約束する。
強力?な助っ人、クロエの協力を得たオニキスは、クロエの指示のもと、悪役令嬢を目指しつつ婚約破棄を目論むのだった。
一方ブラインは、ある体質のせいで大好きなオニキスに触れる事も顔を見る事も出来ずに悩んでいた。そうとは知らず婚約破棄を目指すオニキスに、ブラインは…
婚約破棄をしたい悪役令嬢?オニキスと、美しい見た目とは裏腹にド変態な王太子ブラインとのラブコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる