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第四章 終焉の神

21 魔物の襲来

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 エルディアが記憶の中に見た巨大な鳥、それはバルクと呼ばれる魔物だった。巨大な首の長い鳥、その鋭い嘴と爪で獲物を引き裂き捕食する。
 過去に大陸の外で見られた魔獣ではない生き物、魔物と呼ばれるものが描かれたページの中に載っていた。

 魔族に支配された土地は、全ての生物が死に絶える。立ち込める瘴気が緑の木々を枯れ腐らせ、異形の魔物が獣も人も食い尽くす。かつて他の大陸で、そして島で起こった悲劇。どれも勇敢な者達によって魔物は払われ、そして記録だけが残された。


「どうして魔物が聖地に?」


 魔鳥の爪に肩を裂かれた若い男性が地面に座り込んでいる。彼を守る様に立ち、巨鳥を睨んでロイゼルドが聞く。


「わからないよ。召喚って、他国を襲わせるなんて事も出来るの?」


 ヴェーラはトルポント王国が魔物を召喚したと言っていた。だとすれば、この鳥はトルポント王国が差し向けたとしか思えない。


「来るぞ!」

「わかってる!」


 頭上から鋭い爪で掴もうと滑空してくる巨鳥に向けて風の刃を放つ。全身を切られて宙で止まった鳥の首を、駆け寄ったロイゼルドの剣が一刀で刎ねた。ドスンと埃をたてて魔鳥の身体が地面に落ちる。

 それを確認して周囲の家から出て来た人達が、怪我をした男性を抱えて家の中に連れて行く。誰かが医者を呼びに走って行った。


「弱……」

「あっけないな」

「魔物ってこんなものなの?」

「わからんが、世界が滅ぶほどの災厄らしいから、こいつは雑魚なんだろう」


 そう言って剣を鞘に収めた時、不意に空が暗くなった。かすかに羽音がして、空を見上げた二人はグッと言葉に詰まる。


「前言撤回だ」

「一羽だけじゃないんだね」


 ギャッギャッと声を上げて魔鳥が羽ばたいている。
 二十羽はいるだろうか。単体ではなく群れで行動する種類の魔物なのだろう。
 上空を縦横無尽に飛ぶ鳥にロイゼルドが舌打ちする。


「数が多い。移動しながら落とすぞ。ルディ、大丈夫か?」

「大丈夫。なるべく一羽ずつそっちに回すようにするから!」


 同族の死骸を見つけた魔鳥が旋回をやめ、狙いをこちらに定めたようだ。
 オレンジ色の目がギラリと輝いている。

 数羽が一斉に降りてくるのを、エルディアの風の刃が迎え撃つ。顔を切られてギャッと叫んだところを、ロイゼルドの剣が心臓を突き刺した。巨鳥は痙攣しながら大地に落ち、その上に新たに剣の餌食となった鳥が重なり落ちる。

 ロイゼルドは道を走りながら露店や道を歩く人々に避難するよう叫ぶ。そして追いかけてくる巨大な鳥の爪をかわし、剣でその脚を斬り落とした。
 エルディアは複数の鳥の一方を吹き飛ばし、もう一方に風の矢を撃ち込む。その上からロイゼルドが剣を振り下ろし、とどめを刺す。
 全ての魔鳥を斬り落とした時には、神殿の前の広場まで戻って来ていた。


「これで全部?弱いけど数が多すぎ!」

「気を抜くな!まだ何かいる」


 神殿の反対側の空が暗い。雲のように黒い何かがこちらへ向かって進んで来ている。

 目を凝らして見て、エルディアは絶句した。空一面を茶と青紫の羽根をした蛾が埋め尽くしている。思わず、うわっと言葉が漏れた。

 大きい。
 人間程の大きさの身体に布団ほどの羽根が四枚、ひらひらとではなくバッサバッサと飛んでいる。お世辞にも綺麗とは言えない醜悪な光景だ。


「数が半端ないな」


 一匹の蛾がすうっと降りて来て、広場に植えられた一本の木に触れた。するとキラキラ光る紫の鱗粉が木の葉に触れて舞ったと思うと、みるみるうちに緑の木は茶色く枯れる。


「毒蛾か。厄介だな」

「結界を張るよ」


 周囲に風の障壁を張り、エルディアはポケットから小さな石を取り出す。火の魔法を封じた魔石だが、攻撃用ではなくちょっとした火が作れる程度でしかない。何かの時用にナイフと共に準備していたものだ。


「毒は火で焼き払うのが一番だと思う」

「そんな小さな魔石で出来るか?」

「ちょっと難しいけどやってみる。結界が切れるから気を付けて」

「わかった。援護する」


 二人に気がついた毒蛾がこちらを向く。どうやら獲物と認識したらしい。降りてこようとするその一匹に、ロイゼルドがナイフを打ち込む。複眼の間に刺さり、毒蛾はふらふらと地面に落ちた。
 それに気付いた別の一匹が羽音をたてて、上空から鱗粉を振り撒く。結界に弾かれ地面に落ちた鱗粉は、大地の草を瞬時に枯らした。
 あれは人体に当たるとどうなるのだろうか。


「ああ、やだ!気色悪い!」


 蛾は嫌いだ。
 身を震わせながらエルディアは懐の中から、手のひらに乗るくらいの小さな袋を取り出した。中には小麦粉のような白い粉が入っている。それを掴んで握りしめた手を開き、魔石の炎を吹き消さないように慎重に風の渦を送る。粉を含んだ風が炎によって燃え上がった。


「それは?」

「魔石の粉のブレンドだよ。目潰し以外にも色々使える」


 燃え上がる粉をのせた強い風が、空にひしめく毒蛾を襲う。薄い羽根に燃え広がる炎に、虫達が右往左往している。エルディアは風を操り燃える炎を一層煽った。


「燃えてしまえ!」


 羽根を燃やされ力尽きた毒蛾が、一匹、また一匹と墜落し始めた。最後の足掻きにエルディアに向けて襲ってくるものを、ロイゼルドが斬り捨ててゆく。落ちて来て地面で蠢めく虫達にも剣で留めをさした。
 数分後、広場は毒蛾の死骸が山のようになり溢れていた。


「これは、片付けが難儀だな」

「毒があるから触っちゃダメだよ」

「このまま燃やすしかないな」

「変な煙出そうで怖い」


 顔をしかめてエルディアが炎で蛾を焼き尽くす。
 全てを処理し終えた頃、神殿から連絡を受けた古城の兵士達がようやく駆けつけて来た。
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