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第三章 風の神獣の契約者

24 治療所にて

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 ロイゼルドが騎士達に負傷の有無を確認しているとき、リアムに包帯を巻いてもらおうとしたカルシードをエルフェルムが呼び止めた。


「シード、ちょっとこっち来て」

「え?何?」


 エルフェルムはカルシードのそばまで行くと、彼の焦げた袖に優しく触れる。
 すると、エルフェルムの指先にふわりと光が生まれ、カルシードの鼻先を微風が撫でた。
 じくじくとした痛みが消えた腕を見たカルシードは、赤くただれていた皮膚が何事もなかったかのように元通りになっているのに驚いた。


「これ、結構ひどかったね。痛かっただろう?」

「わ、すごい、ありがとう。ルフィは治せるんだ」


 カルシードの火傷やけどを触れただけで治して、エルフェルムがロイゼルドに尋ねる。


「怪我をした人を治療したいのですが、構わないですか?」

「ああ、頼む」


 魔術師団が同行していない今回は、多少の魔石は持って来ていたが怪我人に対して数が足らない。
 ロイゼルドが頼むと、エルフェルムは次々に騎士達の傷を癒していった。


「イエラザームの人達も治療しに行っていいですか?」


 リヴァイアサンと戦い傷を負ったイエラザームの騎士達は、港の横の船の案内所で手当てを受けている。


「良いのか?イエラザームでは魔法を禁止していたとフェンに聞いたが」

「この国では僕はただの従者でしたから目立つことは出来なくて。もうあれだけの魔法を見せているのだから今更です。それにエディーサ王国に帰るのだから、最後にお世話になったお礼をしても良いでしょう」

「フェンも行く?」


 エルディアが隣の狼に聞くと、フェンはとても嫌そうな顔をした。


『ぼく、むさくるしいおとこたちなめるのイヤだ』


 フェンの治癒魔法は舐めないといけないらしい。
 エルフェルムが笑いながらよしよしと頭を撫でる。


「僕がやるから魔力が尽きないようにだけ助けて」


 それなら、と白い狼も重い腰を上げた。


「ルディも行く?」

「うん。軽い怪我ならルフィの魔法使わないでしょう?ちょっとした手当ての心得はあるから手伝うよ」


 二人と一匹は連れ立って案内所まで歩いて行った。


 案内所の中は即席の治療所となっていた。
 魔獣の攻撃に遭った騎士達が、数十人程ひしめき合っている。

 エルフェルムはフェンに黙っているんだよ、と念を押して中へ入る。
 無駄に驚かさない配慮だ。

 中で治療にあたっているのは無事だった騎士だ。
 その様子をしばらく眺めたエルディアは、彼等の手際の良さに感心した。これは自分の出番はないかもしれない。

 イエラザーム皇国の騎士団はエディーサ王国とは違い、魔術師団が医師団を兼ねて従軍しているわけではなく、自分達だけで治療もする方式らしかった。緊急の手当ても訓練されているのだろう、とても手慣れている。

 彼等は入り口から入って来た魔術師達を見ると一瞬声を失い、そしてざわざわと顔を見合わせながら何の用かと囁き合う。
 リヴァイアサンとの戦いで人知を超えた力を見せられ、畏れに近いものを感じているようだった。
 魔術師に慣れていない人の反応とはこんなものなのか、とエルディアは納得する。これではエルフェルムが魔力を隠していたのもうなずける。


「怪我の酷い方はいますか?」


 エルフェルムが案内所の中の人々に呼びかけた。


「こっちだ」


 部下の様子を見に来ていたシェインが手招きする。彼のそばには数人の重傷者が寝かされていた。
 血を流し呻いている者や、明らかに骨が折れている者、かなりの火傷を負った者など、それぞれ包帯を巻かれ即席の手当てはなされている。だが、更に治療する為に帰還させるには怪我が酷い。


「この者達はここから動かせない」

「治療しても良いですか?」

「出来るなら頼む」


 エルフェルムは一人の騎士の横に跪き、肋骨が折れていると思われる胸の辺りに手を触れた。
 小さな風がふわっと彼の前髪を揺らす。


「え?」


 苦痛の呻き声を漏らしていた騎士は、驚いた声を出して起き上がった。
 胸をさすって確認している。
 呼吸もままならぬ程の痛みは、霧が晴れる様に消えていた。


「凄い………治った」


 精霊の様に完璧な容貌の魔術師が、美しい笑みを彼に向ける。
 騎士は畏れを忘れてその顔に見入った。


「もう痛みはないですか?」

「あ………ああ」


 騎士は真っ赤になってコクコクと頷く。
 シェインがその横で感嘆の溜息をついた。


「他の方も順番に治癒魔法を掛けます。案内をお願いして良いですか?」

「ああ、こっちだ」


 シェインの導きで次々とエルフェルムが魔法を掛けてゆく。
 彼の指先が怪我をした部位に触れる度に、小さな光が生まれ、そして傷が消えてゆく。

 最後の一人の騎士の前に立った時、触れようとしたエルフェルムは相手に手を掴まれた。


「俺はいい………」


 額を大きく切り、片頬を血塗れにしている彼は、エルフェルムを拒絶する。
 彼の片方の脚は複雑に折れていた。


「どうして?」


 安心させようと微笑むエルフェルムに、騎士は頭を下げた。


「俺が陛下にお前の事を報告したんだ。お前は俺達をあの炎の槍から守ってくれたのに。お前がヴェルワーン殿下から引き離されたのは俺のせいだ。俺はお前に助けてもらう資格はない」


 彼はユグラル砦の戦いでヴェルワーンの率いる軍にいた騎士だった。


「知っています、グレアム殿」


 エルフェルムはニコリと笑みを浮かべ、彼の名を呼ぶ。


「ルフィ、お前はエディーサ王国の生まれだったのか」


 隣に立つ双子の妹を見れば血縁は一目瞭然だ。


「小さな頃から殿下の側に仕えていたのをよく見ていたが、魔術師だったのだな。どおりで殿下がいつも離さなかったわけだ」

「あの方は役に立たない者を側に置くことはしないですから。貴方も、失えば殿下が悲しむ」


 エルフェルムはぐいっとグレアムの手を掴み返し、引き寄せて耳元に囁く。


「僕の代わりに殿下を守って下さい。僕は一度故郷に帰らねばならない」


 風が二人をヒュウと吹き上げ、そして傷は消え去った。折れていた骨がキシキシと軋んで元に戻る。
 脚を動かして少しも痛みがない事を確認したグレアムは、頭を振って信じられない、と呟いた。


「すまない。だが、凄いな。魔術師とは誰もがこんな奇跡の様な力を持っているのか?」

「ルディ、みんなこうなの?」


 エルフェルムは答えずに、後ろで見ていたエルディアに振った。確かに彼は自分以外の魔術師は知らないだろう。エルディアは首を横に振る。


「治癒魔法を持ってる人もいるけど、みんなルフィみたいには強くないよ。攻撃魔法を持っている魔術師はもっと少ないんだ。なんでも出来るのは魔術師団長くらいだし。ほとんどの人は魔道具の開発や医療の研究をしているよ。出来る出来ないも持って生まれた魔力の量や質によるところが大きいしね」

「君はルフィの妹か?」

「そう。僕は攻撃専門。回復系は出来ない」


 可憐な美少女が口を開けば男言葉なのに、グレアムが一瞬言葉に詰まる。
 側で見ていたシェインが笑って説明する。


「彼女はエディーサ王国の魔術師で、騎士でもあるらしい。口調が男なのはそのせいだそうだ」

「なんと、勿体無い」

「そんなに変?」

「見た目と合わなくて戸惑う」


 エルフェルムがそうだよね、とエルディアを肘でつついた。


「ルディはもうちょっと女の子らしくしたほうがいいと思う」

「だって普段僕ずっと男だよ?」

「ああそうか。でも、僕が帰ったらエルフェルムが二人になっちゃうよ」


 どうしよう、と顔を見合わせる。
 エルディアは以前から考えていた入れ替わりを提案した。


「ルフィ、僕の代わりに騎士団に入らない?ちょうど叙任式がもうすぐだ」

「僕は騎士団より魔術師団がいいな」

「魔術師団?団長変わり者だけどいい?きっとルフィは研究材料にされるよ」

「え…………それはちょっと考えるな」


 アーヴァインの性癖を聞いてエルフェルムは少し腰が引けている。
 エルディアはうーんと言って腕組みした。


「僕はどうしようかな」

「女の子に戻らないといけないんじゃない?」

「やだな、リュシエラ殿下に外交しろって引っ張られそう。僕絶対向いてないし」

「ルディはロイのお嫁さんになるんじゃないの?」

「ええっ!」


 ぼぼっとエルディアが顔を赤くする。
 それを下から見上げたフェンが、むむむと唸った。


『ルディ!ぼくがいるのにあいつがいいの!』

「喋った!」

「その狼、喋るのか!」

「あ、フェン、馬鹿!」


 慌ててエルフェルムがフェンの口を抑えたが後の祭りだ。


「神獣は人の言葉も理解しているのだな。本当に魔獣とは違う」

『ふん、ほかのけものといっしょにするな』

「…………ほう、すまない」


 ツン、と横を向くフェンを見たシェインは、その妙な可愛さに肩を揺らす。


「フェン、ルディは君の主人だけど、独り占めはしちゃダメなんだよ?わかる?全くもう、ヤキモチ焼きなんだから」

「ヤキモチ焼くの?」

「そう、ヴェルにも大変だったんだ。しょっちゅうイタズラするものだから」

『だってあいつ、ルフィにちかいんだ。ルフィはぼくのあるじなのにこきつかうしさ』


 不服そうにぶつぶつ言うおしゃべりな狼にグレアムは目を丸くし、隣のシェインは笑いを噛み殺していた。
 リヴァイアサンを倒した魔法は畏怖すべきものだったが、こうして喋っている狼はなんとも人間臭くて愛嬌がある。
 シェインがうずうずしながらエルフェルムに尋ねた。


「ちょっとだけ、触っていいか?」


 ふさふさの尻尾が揺れているのを見て、つい手が伸びる。
 どうやらこの騎士団長は無類の動物好きだったようだ。おまけに物事に動じない性格だった。


『やだよ!』


 フェンが焦った様に尻尾を抱え、ガウッと追い払うのを見たエルディアは大笑いした。
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