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第三章 風の神獣の契約者

13 魔術師の宮

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 ミゼルが消えた後、エルディアは一人夜会から部屋に駆け戻った。急いでドレスを脱ぎ、侍女に頼んで簡素な服に着替える。
 上衣は短めの軍服。膝下までのスカートに、踵の無い長いブーツにマントを羽織る。上衣の裏、スカートの大腿、マントに隠れて見えない腰にはそれぞれ武器を仕込んでいる。

 ミゼルはエルディアに一人で離宮に来いと言った。
 第二皇子と話をする為に。
 まだ無事だとは言っていたが、彼に囚われているエルフェルムが心配だ。

 部屋を出たところで、待ち伏せていたロイゼルドに捕まった。


「一人で行くなんて無茶だ」

「大丈夫、僕は魔法が使えるから」

「馬鹿、お前と同じエルフェルムは捕まっているだろう!」


 ロイゼルドは引かない。


「奴は魔術師団で訓練された魔術師だ。それにエル、お前の事を知っている。頼むから危険な事はやめてくれ」


 罠が無いとは限らない。エディーサ王国の魔術師団にいたのであれば、仮に魔力は低くても魔術道具を操る術は知っているだろう。

 後から夜会を切り上げて戻ったアストラルドも、ミゼルの話を聞いて止めに入る。


「ルディ、君まで何かあったら僕等には手が出せなくなる。焦るな。その魔術師はルフィが無事だと言ったのだろう?何を聞き出したいのかわからないが、話をするのに君一人である必要はないはずだ」

「殿下………」

「ロイ、ルディの護衛としてついて行け。騎士一人であれば相手も文句は言うまい」

「はい」


 ロイゼルドはついて行かせる、そうアストラルドはエルディアに言い聞かせる。


「リアムとカルシードも離宮の外で待機しておくんだ」

「わかりました」


 アストラルドは首につけていた細い鎖を外して、ロイゼルドに向かって差し出す。


「ロイ、これを」

「殿下、これは?」

「アーヴァインに貰った。魔石のペンダントだ。少しの魔法ならはね返すと言っていた。持っていくといい。何かの役に立つかも知れない」


 魔術師が相手だ。どういう手段をとってくるかわからない。


「ルディ、君に何かあるとルフィも助けられない。くれぐれも気をつけて」

「はい」


 エルディアは結い上げていた髪を解き、一つに纏めるとギュッと紐で縛った。



     *********



 第二皇子の離宮は、ヴェルワーンに聞いた通り皇宮の本殿から更に真っ直ぐ進んだ庭の外れ、小さな森の奥にひっそりと建っていた。周囲は木々が立ち込め、鬱蒼と暗い中に火が灯された部屋の窓がぼんやりと浮かび上がっている。

 近付くと、イエラザーム皇国の兵士が二人、見張りに立っていた。彼等に事情を話すと、皇帝に連絡するために走っていった。いざという時に踏み込む兵士を揃えてくれるだろう。

 植栽の影にリアムとカルシードを残し、二人は離宮の入り口に近付いて行った。
 ロイゼルドが大きな両開きの扉をドンドンと叩く。

 入り口の扉に門番はいない。それどころか、宮全体に人の気配がほとんどしない。皇子の宮だというのに、下働きの者もいないようだった。


「お待ちしておりました。エルディア様」


 扉が開き、中からミゼルが黒いローブ姿で出てきた。
 エルディアとその隣に立つロイゼルドの姿を見て、眉間に薄く皺を寄せる。


「お一人で、と申し上げていたはずですが」


 ロイゼルドはエルディアを背に庇いつつ、魔術師に向かってゆっくりと進み出る。


「侯爵家の令嬢を護衛も付けず男性と会わせる慣例は、エディーサ王国にはありません。いくらイエラザームの皇子と言えど、礼を欠く待遇ではございませんか?」

「貴殿は?」

「王国騎士団のロイゼルド。アストラルド王太子殿下よりエルディア様の護衛を命ぜられました」


 ミゼルは仕方ない、と言ったふうに首を振った。


「皇子がお待ちです。こちらへ」


 灯りが灯されたほの暗い廊下を進む。離宮の中は、綺麗に清掃はされているようだが、やはり人の気配がない。
 しばらく進んで、一枚の豪奢な作りの扉の前でミゼルは立ち止まった。


「シャーザラーン殿下、客人が参られました。エルフェルム殿の双子の妹君です」

「………そうか」


 中から若い男の声がした。
 エルディアには聞き覚えがあった。リゼットを救出に来た時、謁見の間で会った。確かにあの時聞いた皇太子の声だ。

 ミゼルは扉を開き、二人に中へ入るよううながした。
 中に入った途端、むせかえるような血の匂いに二人は目を見張る。


「一体、何が…………」


 何があったのか尋ねようとして、目の前の光景に二人は言葉を失った。


「コカトリス!」


 魔獣が巨大な檻に入れられている。
 双眼を潰され、翼を折られた魔獣が、足元に横たわる人間に食らいついている。
 腕も脚もない。
 すでにその人物の命が失われていることは明白だった。

 檻の外から茶色の髪の青年が、こちらを振り向くこともなくその光景を淡々と眺めていた。


「何てことを………」


 ロイゼルドは喉から声を絞り出すように呻いた。エルディアがその袖をぎゅっと掴み、ふるえる吐息を飲み込んだ。

 ヴェルワーンが言っていたのはこの事だ。
 魔獣を捕らえ、弱らせ、無理矢理人と契約させる。
 その実験の生贄達。
 皇帝の下で何度も繰り返されたというそのむごい行為が、今度は第二皇子の下で続けられていようとは。


「殿下が何を貴女に聞きたいか、もうお分かりになられたと思います」


 ミゼルが状況にそぐわぬ軽やかな口調で告げる。エルディアはキッとその顔を睨みつけた。


「何をしている!こんな事をしても魔獣が祝福を与えるものか!」

「祝福?」


 ミゼルが首を傾げる。


「魔獣の契約は祝福なのですか?」


 ニヤリと黒い笑みをたたえる。


「やはり貴女をお連れして良かった。兄君には教えてもらえない事を、貴女から聞けそうです」

「ルフィはどこにいる!」

「この館に、大切に縛り付けております。ほら、この様に」


 ジャララと音を立てて、天井から蛇の様に長いものが落ちて来た。
 二本の鎖だ。
 そう認識した途端、そのそれぞれが生き物の様にくねり、ロイゼルドとエルディアに巻き付いた。


「何!」
「くっ」


 鎖に全身を拘束され、二人は床に転がった。ただ巻きついているだけのはずなのに、いくら力を込めても外すことが出来ない。
 エルディアは魔力を込めて引きちぎろうとするが、余計にギリギリと締め上げられる。


「無駄です。その鎖は魔力封じの魔術が込められています。魔力を放出する程強く締まる」


 鎖に締め上げられたエルディアを立たせて、ミゼルは彼女を引きずり扉の外へ向かう。細身の魔術師と言えど男。魔力を封じられたエルディアが踏ん張っても、力では敵わぬ。ずるずると入って来た扉の外へ引きずり出された。

 鍵をかちゃりと開く音がして、ロイゼルドは魔獣の入れられた檻の方を見る。皇子が鍵を開き、そしてミゼルとエルディアのいる部屋の外へと歩いて行く。
 檻は開け放たれていた。魔獣はそれに気付かず、まだ足元の餌に食らいついている。


「そちらの騎士殿には魔獣としばらく遊んでいてもらいましょう」

「ロイ!」


 エルディアの悲鳴が上がる中、魔獣とロイゼルドを残して扉はバタンと閉められた。
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