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第二章 生き別れの兄と白い狼

19 皇都

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 キースの街の西の端に船着場がある。
 エルディア達三人は、船着場からイエラザーム行きの船に乗っていた。

 エディーサ王国とイエラザーム皇国の間は内海と外海の海峡が横たわっている。
 キースの街は外海側で、海峡が比較的狭いため小型の商船がたくさん行き来している。川をさかのぼる船の動力は風だ。帆船の内、大きめの船は海峡をさかのぼって内海の皇都の近くの港町まで運んでくれるという話だ。馬も繋げば運んでくれる。


「ここを渡ればイエラザームだね」


 昨夜ぐっすり眠れたエルディアは元気いっぱいだ。
 一方、リアムとカルシードはなんとなく元気がない。


「どうしたの?二人とも」
 

 エルディアは不思議に思って尋ねるが、お前は呑気でいいよ、と二人に返された。
 敵国へ入る緊張で眠れなかったのかもしれない、そう考えて自分も気を引き締めようとエルディアは思う。自分の寝顔で二人が悶々としていたなど、全く気付きもしない。


「船を降りてレオフォードまでどのくらいかかるんだろう」


 船の甲板で風に吹かれていると、一緒に船に乗っている商人の一行が三人の少年を微笑ましく思ったのか声を掛けてきた。


「兄ちゃんたちレオフォードまで行くのか?」

「そうだよ」

「運が良かったな。少し前だったら、水軍が海峡に陣取っていて船が出せなかったんだ。戦が終わってこの船が初めてだぞ」

「へえ」

「ナリクスの橋は落とされているから、今はここからしかレオフォードには行けないんだ」


 それを聞いて三人は顔を見合わせた。
 やはり橋は落とされていた。軍の船で海峡を渡るより、一般人に紛れて船で行く方がずっと早いし安全だろう。
 カルシードの方向音痴に感謝だ。

 キースの街で手に入れた服を着ている三人は、今は旅芸人の格好だ。エルディアは竪琴も買い込んでいた。
 若い楽師達が皇都まで稼ぎにいくと思ってくれているに違いない。


「可愛い兄ちゃんばっかりだな。おい、何かやってくれないか?チップははずむぞ」

「え、いいの?」


 ニコニコッと笑って、エルディアは竪琴を取り出した。どうせなら船旅を楽しみたい。
 ポロンと試しに爪弾いて、一曲奏でることにした。王都の楽団に習った明るい祭りの曲だ。歌も交えて弾きあげると、一曲終える頃には周囲に人だかりができていた。


「意外だな。なんか買ってるなとは思ったけど、本当に弾けたんだ」

「殺しの技しかやらないのかと思ってたぞ」


 リアムがダガーを掌で弄びながら、感心して口笛を吹いた。


「リアム!」


 商人達からリンゴを貰ったエルディアが、リアムの頭上高くリンゴを放り上げる。
 シュッと音がして、リアムの放ったダガーがリンゴに突き刺さり、彼の手の中に落ちてきた。

 オオーッと歓声が上がる。


「結構儲かったね」


 終わった時には小袋に一杯のコインがたまっていた。


「あの商人のおじさん達が、一緒にレオフォードまで行ってくれるって」

「大丈夫かよ」

「皇都の入り口までって言ってるから」


 迷子になりたくないし、というと、カルシードが悪かったな、とふくれた。


「シードのおかげで早く着いたんだよ」


 エルディアが慌てて機嫌をとると、気分を直したようで照れていた。


 幸い天候も良く、船は順調に進んだ。
 途中、戦で落とされた橋と戦場跡を遠くに見ながら船旅は進み、間もなく船は小さな港町に着いた。



     *********



「ここがレオフォードか」

 高い城壁に囲まれた街の入り口で、案内してくれた商人達と別れた。
 彼等は親切にも、皇都に入るには身分証が必要だから、と商売用の通行証を分けてくれた。よほど少年達だけの旅芸人が心配だったらしい。

 皇都に入る前に、馬を城壁の側の森の中に放した。特別に調教してある馬だ。エルディア達が笛を吹くと戻ってくるように躾けてある。魔獣に襲われない限りは大丈夫だろう。

 皇都に入って、宿屋をとる。
 一泊して翌日、三人は着ていた衣装を着替えて王宮へ乗り込む準備をした。

 エルディアは魔術師らしく、黒衣に黒いマントをつけ、深くフードをかぶる。
 リアムとカルシードは騎士の軍服の上に、同じく黒いマントを羽織った。


「さあ行こうか」


 エルディアの言葉に二人が頷く。
 これから敵の皇宮という大きな舞台で演技をせねばならない。



 皇宮の門の前まで来て、門の前の警備兵に取り次ぎを頼む。
 兵士は初め、子供のように若い三人に怪訝そうな顔をしたが、イエラザーム王国の紋章のついた書簡を見せられて慌てて彼等を奥へ通した。

 しばらく小部屋で閉じ込められるようにして待たされていたが、しばらくして先程とは違う騎士らしき服装の男が連れに来た。


「こちらへおいでください」


 煌びやかな装飾の施された長い廊下をひたすら進んで、一つの大きな扉の前で止まった。唐草模様の掘り込まれた、金色の派手な扉だ。

 両脇に控える警備の兵士は微動だにせず立っている。その威圧感を肌で感じながら立っていると、案内してきた騎士がゆっくりと扉を開いた。


 正面に遠く、玉座が見える。
 その椅子に座る者の姿はよく見えない。
 その両脇に側近が立っている。
 玉座に至るまでの絨毯の両脇には、護衛の近衛騎士が数十人立っていた。
 奥の方には重臣であろうか、貴族らしい人物の姿も何人か見える。

 素晴らしい舞台だ。

 エルディアはフードの中で微笑んだ。
 リゼットを攫った卑劣な者達が目の前にいる。
 両脇を見ると、二人もなんとなく楽しそうだった。
 肝が据わっているな、と他人事のように考えて、エルディアは一歩を踏み出した。
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