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第二章 生き別れの兄と白い狼
15 誘拐
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リゼットが姿を消した。
そう伝えられたのは、エルディア達が戦場からレンブル城に戻ってすぐだった。
いつもロイゼルドを待ち構えているはずのリゼットが、今回は珍しくいなかった。
帰城直後のヴィンセントに留守を守っていた騎士が報告したのは、驚くべき内容だった。
「誘拐だと!」
ヴィンセントが声を荒げて、報告する騎士に詰め寄る。
トルポント王国の侵攻を警戒して、ヴィンセントはレンブルの街の市民を城の中に避難させるようにと指示を出していた。リゼットもまた侯爵夫人と共に、城下の屋敷からレンブル城へと避難していたのだ。
「昨日の朝、リゼット様が朝食の時間になっても姿を見せられず、夫人がお部屋を訪ねましたところいなくなっていることが判明したのです」
城内には残った黒竜騎士団の騎士達が、後方支援も兼ねながら警備をしていたはずなのに。
「申し訳ありません!私どもがついていながら」
同席していたロイゼルドとエルディアも愕然とした。
彼女を誘拐する理由が思いつかない。
「お嬢様の寝室に遺されていた手紙がこれです」
差し出された手紙を奪うようにしてヴィンセントが受け取り開く。
しばらく読んで、そしてグシャリと握りつぶした。
「団長、リズは………」
「リズはイエラザームに攫われた」
「なんだって?」
ぐしゃぐしゃの手紙をロイゼルドに放り投げて、ヴィンセントはソファーに身を投げ出すように座る。丁寧に手紙を開き直して読んだロイゼルドも、ぐうっと唸った。
「ふざけている。俺が王を裏切ると思っているのか」
吐き捨てるようにヴィンセントが言った。
「何て書いてあるんですか?」
ロイゼルドが無言でエルディアに手紙を渡す。
その文面を読んだエルディアは、クソッと小さく毒づいた。
その手紙には、ヴィンセントにユグラル砦の魔法を放った魔術師を連れて、イエラザームの皇宮へ来いと書かれていた。
出来なければ令嬢の命の保証は出来ない、そういう内容だった。
「アーヴァイン様を狙う理由は………」
「エディーサ王国が不利になるような事を企んでいるには違いない。生かすか殺すか知らんが、あの魔術はありえないものだったからな」
戦が終わったのはほんの四日前。敵の動きが早い。あらかじめ街の人間に紛れて間諜を潜り込ませていたのだろう。そしてリゼットを攫った手際もさすがだ。
もしかしたら戦況が長引く時にはヴィンセントに裏切らせようと、元から謀られていたのかも知れない。
「エルガルフ将軍に報告しますか?」
ロイゼルドが確認する。
彼等はまだレンブル城内で王都へ戻る準備をしている。
「ああ、そうしてくれ」
答える顔は白い。
「待ってください、団長!」
エルディアは慌てて止める。
「リズを見捨てる気ですか?」
エルガルフがアーヴァインを渡すことは絶対にない。
必然的に考えられるのは一つだけだ。
リゼットを攫ったイエラザームの者も、エディーサ王国がただの令嬢と引き換えに、破壊的力を持つ魔術師を引き渡すとは思っていないだろう。
ヴィンセント個人に条件を突きつけてきているのだ。国を売るか、一人娘を捨てるかの。
「仕方がない」
ヴィンセントの声は低い。
エルディアは彼の決意を聞いて心を決めた。
「僕がイエラザームに行きます。そしてリズを連れ戻してきます」
「なんだって?」
「それは無茶だ」
驚く二人に向かって、エルディアは言葉を続ける。
「アーヴァイン様にフェンリルの魔石のレプリカをもらってきます。僕なら魔術が使えるので、敵の目を欺くことができる。きっとイエラザームも納得するでしょう」
絶対に取り戻します。
そう言って、エルディアはアーヴァインのもとへと身を翻した。
*********
ここはどこだろう。
リゼットは周囲を見渡した。
気がつけば、見慣れぬ部屋のベッドの上にいた。起き上がって部屋の中をあちこち調べてみる。窓はあったが塔の上の方らしく、遥か下に地面が見える。逃げられないように扉には鍵もかけられていた。
なんだか攫われてしまったようだ。
しかし目的がわからない。自分を攫って何の得があるというのだろう?
さてどうしよう。
しばらくすると、侍女が入ってきてテーブルに食事を置いていった。
我ながら図太いとは思うが、腹が減っては戦ができぬ。ほかほか湯気を立てているパンとスープに手を伸ばして食べることにした。この様子では毒も入っていなさそうだ。
のんびり食事をしていると、空が綺麗に晴れていた。鳥が自由に飛んでいるのを見て、いつまでここにいなければならないのかと思った。
暇だ。
侍女は会話を禁じられているのか、何も喋らずに出ていった。
部屋の中には一応一通りの生活用品は揃っているようだったが、リゼットにとって重要なものが欠けている。
「本がないのはキツいですわー」
暇でたまらない。
どうせ攫うなら部屋に読みかけの本が積んであったのに、それも一緒に盗んできて欲しかった。最近手に入れたばかりの王子と従者の恋物語だ。もちろんどちらも男である。
エルフェルムは読むなというが、人と人との美しい情愛を描いた本のどこがいけないのかわからない。
「面白いのに、なんでエルは嫌がるのかしら」
「エルって誰のこと?」
不意に扉の方から声がして、リゼットは飛び上がった。
振り返ると、扉の前に年若い男が立っている。
長い銀色の髪、エメラルドの瞳、いつか見た白い軍服の少年だ。
「エルのお兄様!」
リゼットは驚いて立ち上がった。
兄と呼ばれた彼は、にっこりと人好きのする笑みを浮かべる。
「君はエルディアの友達?」
「エルディアじゃなくて、エルフェルムの友達ですわ」
少年は不思議そうに首を傾げ、少し考えてから尋ねる。
「もしかして、エルフェルムは僕に似てる?」
髪の色とか、と尋ねてくるので、リゼットはなんでだろうと思いつつコクリと頷いた。
「貴方にそっくりよ。少しエルの方が可愛らしいですけど」
少年は納得したのか、ふふふと含み笑いをした。
「ねえ、ここはどこですの?エディーサのどの辺り?」
「うーん、詳しくは言えないんだ。ごめん。エディーサ王国ではないとしか」
エディーサではない。
その言葉でなんとなくリゼットはわかった。
父に対する切り札に使うくらいしか思いつかない。どこかの国が、父に何かを要求したのだろう。おそらくここはトルポントかイエラザームだ。
しかし、なぜエルフェルムの肉親が敵国にいるのか。
「貴方はなぜここにいるの?エルのところに戻らないのはなぜ?」
少年は戸惑ったように目をパチクリさせた。
「直球な質問をするお嬢様だな」
「回りくどいのは嫌いなの。エルのお兄様、どうして貴方はエディーサ王国に敵対する国にいるんですの?」
聡い子だな、と呟いた。リゼットにしてみれば誰でもわかることだと思うのだが。
「僕はエディーサ王国に帰れないんだ。しばらくはね。約束があるから」
そう言って微笑む。
銀のまつげに縁取られたエメラルドの瞳が、精霊のようでなんとも綺麗だ。
リゼットは思わず赤面してしまう。
「貴方の名前は?確かエルはルフィって呼んでいたと思うのだけど」
「ルフィだよ。そう呼んでくれて構わない」
「?」
妙な言いまわしだが、追求してもはぐらかされそうだったのでそのままにした。
「で、わたくしはこれからどうなるの?まさかすぐには殺されることないでしょう?」
「………怖い?」
「怖くないわけないでしょう?」
プン、と頬を膨らませて返すと、ルフィはそうだね、と謝った。
「僕が守るから大丈夫」
優しく艶やかな笑顔を向けられて、リゼットは心臓がドキドキする。
(わたくしにはロイ様という心に決めた方が!)
なんだろう、このルフィという少年が纏う空気は邪気がなく澄んでいる。しかも、見る者を惹きつける。この色気にはとても逆らえない。
どうしてエルフェルムと同じ顔なのに、こうも動揺してしまうのだろう。
(浮気はいけませんわ!でも、なんでこんなにドキドキしてしまうの?)
ルフィは何か魅了の魔法でも使っているのだろうか。
ロイゼルドに対するものとはまた違う不思議な感覚に、リゼットは戸惑ってしまっていた。
そう伝えられたのは、エルディア達が戦場からレンブル城に戻ってすぐだった。
いつもロイゼルドを待ち構えているはずのリゼットが、今回は珍しくいなかった。
帰城直後のヴィンセントに留守を守っていた騎士が報告したのは、驚くべき内容だった。
「誘拐だと!」
ヴィンセントが声を荒げて、報告する騎士に詰め寄る。
トルポント王国の侵攻を警戒して、ヴィンセントはレンブルの街の市民を城の中に避難させるようにと指示を出していた。リゼットもまた侯爵夫人と共に、城下の屋敷からレンブル城へと避難していたのだ。
「昨日の朝、リゼット様が朝食の時間になっても姿を見せられず、夫人がお部屋を訪ねましたところいなくなっていることが判明したのです」
城内には残った黒竜騎士団の騎士達が、後方支援も兼ねながら警備をしていたはずなのに。
「申し訳ありません!私どもがついていながら」
同席していたロイゼルドとエルディアも愕然とした。
彼女を誘拐する理由が思いつかない。
「お嬢様の寝室に遺されていた手紙がこれです」
差し出された手紙を奪うようにしてヴィンセントが受け取り開く。
しばらく読んで、そしてグシャリと握りつぶした。
「団長、リズは………」
「リズはイエラザームに攫われた」
「なんだって?」
ぐしゃぐしゃの手紙をロイゼルドに放り投げて、ヴィンセントはソファーに身を投げ出すように座る。丁寧に手紙を開き直して読んだロイゼルドも、ぐうっと唸った。
「ふざけている。俺が王を裏切ると思っているのか」
吐き捨てるようにヴィンセントが言った。
「何て書いてあるんですか?」
ロイゼルドが無言でエルディアに手紙を渡す。
その文面を読んだエルディアは、クソッと小さく毒づいた。
その手紙には、ヴィンセントにユグラル砦の魔法を放った魔術師を連れて、イエラザームの皇宮へ来いと書かれていた。
出来なければ令嬢の命の保証は出来ない、そういう内容だった。
「アーヴァイン様を狙う理由は………」
「エディーサ王国が不利になるような事を企んでいるには違いない。生かすか殺すか知らんが、あの魔術はありえないものだったからな」
戦が終わったのはほんの四日前。敵の動きが早い。あらかじめ街の人間に紛れて間諜を潜り込ませていたのだろう。そしてリゼットを攫った手際もさすがだ。
もしかしたら戦況が長引く時にはヴィンセントに裏切らせようと、元から謀られていたのかも知れない。
「エルガルフ将軍に報告しますか?」
ロイゼルドが確認する。
彼等はまだレンブル城内で王都へ戻る準備をしている。
「ああ、そうしてくれ」
答える顔は白い。
「待ってください、団長!」
エルディアは慌てて止める。
「リズを見捨てる気ですか?」
エルガルフがアーヴァインを渡すことは絶対にない。
必然的に考えられるのは一つだけだ。
リゼットを攫ったイエラザームの者も、エディーサ王国がただの令嬢と引き換えに、破壊的力を持つ魔術師を引き渡すとは思っていないだろう。
ヴィンセント個人に条件を突きつけてきているのだ。国を売るか、一人娘を捨てるかの。
「仕方がない」
ヴィンセントの声は低い。
エルディアは彼の決意を聞いて心を決めた。
「僕がイエラザームに行きます。そしてリズを連れ戻してきます」
「なんだって?」
「それは無茶だ」
驚く二人に向かって、エルディアは言葉を続ける。
「アーヴァイン様にフェンリルの魔石のレプリカをもらってきます。僕なら魔術が使えるので、敵の目を欺くことができる。きっとイエラザームも納得するでしょう」
絶対に取り戻します。
そう言って、エルディアはアーヴァインのもとへと身を翻した。
*********
ここはどこだろう。
リゼットは周囲を見渡した。
気がつけば、見慣れぬ部屋のベッドの上にいた。起き上がって部屋の中をあちこち調べてみる。窓はあったが塔の上の方らしく、遥か下に地面が見える。逃げられないように扉には鍵もかけられていた。
なんだか攫われてしまったようだ。
しかし目的がわからない。自分を攫って何の得があるというのだろう?
さてどうしよう。
しばらくすると、侍女が入ってきてテーブルに食事を置いていった。
我ながら図太いとは思うが、腹が減っては戦ができぬ。ほかほか湯気を立てているパンとスープに手を伸ばして食べることにした。この様子では毒も入っていなさそうだ。
のんびり食事をしていると、空が綺麗に晴れていた。鳥が自由に飛んでいるのを見て、いつまでここにいなければならないのかと思った。
暇だ。
侍女は会話を禁じられているのか、何も喋らずに出ていった。
部屋の中には一応一通りの生活用品は揃っているようだったが、リゼットにとって重要なものが欠けている。
「本がないのはキツいですわー」
暇でたまらない。
どうせ攫うなら部屋に読みかけの本が積んであったのに、それも一緒に盗んできて欲しかった。最近手に入れたばかりの王子と従者の恋物語だ。もちろんどちらも男である。
エルフェルムは読むなというが、人と人との美しい情愛を描いた本のどこがいけないのかわからない。
「面白いのに、なんでエルは嫌がるのかしら」
「エルって誰のこと?」
不意に扉の方から声がして、リゼットは飛び上がった。
振り返ると、扉の前に年若い男が立っている。
長い銀色の髪、エメラルドの瞳、いつか見た白い軍服の少年だ。
「エルのお兄様!」
リゼットは驚いて立ち上がった。
兄と呼ばれた彼は、にっこりと人好きのする笑みを浮かべる。
「君はエルディアの友達?」
「エルディアじゃなくて、エルフェルムの友達ですわ」
少年は不思議そうに首を傾げ、少し考えてから尋ねる。
「もしかして、エルフェルムは僕に似てる?」
髪の色とか、と尋ねてくるので、リゼットはなんでだろうと思いつつコクリと頷いた。
「貴方にそっくりよ。少しエルの方が可愛らしいですけど」
少年は納得したのか、ふふふと含み笑いをした。
「ねえ、ここはどこですの?エディーサのどの辺り?」
「うーん、詳しくは言えないんだ。ごめん。エディーサ王国ではないとしか」
エディーサではない。
その言葉でなんとなくリゼットはわかった。
父に対する切り札に使うくらいしか思いつかない。どこかの国が、父に何かを要求したのだろう。おそらくここはトルポントかイエラザームだ。
しかし、なぜエルフェルムの肉親が敵国にいるのか。
「貴方はなぜここにいるの?エルのところに戻らないのはなぜ?」
少年は戸惑ったように目をパチクリさせた。
「直球な質問をするお嬢様だな」
「回りくどいのは嫌いなの。エルのお兄様、どうして貴方はエディーサ王国に敵対する国にいるんですの?」
聡い子だな、と呟いた。リゼットにしてみれば誰でもわかることだと思うのだが。
「僕はエディーサ王国に帰れないんだ。しばらくはね。約束があるから」
そう言って微笑む。
銀のまつげに縁取られたエメラルドの瞳が、精霊のようでなんとも綺麗だ。
リゼットは思わず赤面してしまう。
「貴方の名前は?確かエルはルフィって呼んでいたと思うのだけど」
「ルフィだよ。そう呼んでくれて構わない」
「?」
妙な言いまわしだが、追求してもはぐらかされそうだったのでそのままにした。
「で、わたくしはこれからどうなるの?まさかすぐには殺されることないでしょう?」
「………怖い?」
「怖くないわけないでしょう?」
プン、と頬を膨らませて返すと、ルフィはそうだね、と謝った。
「僕が守るから大丈夫」
優しく艶やかな笑顔を向けられて、リゼットは心臓がドキドキする。
(わたくしにはロイ様という心に決めた方が!)
なんだろう、このルフィという少年が纏う空気は邪気がなく澄んでいる。しかも、見る者を惹きつける。この色気にはとても逆らえない。
どうしてエルフェルムと同じ顔なのに、こうも動揺してしまうのだろう。
(浮気はいけませんわ!でも、なんでこんなにドキドキしてしまうの?)
ルフィは何か魅了の魔法でも使っているのだろうか。
ロイゼルドに対するものとはまた違う不思議な感覚に、リゼットは戸惑ってしまっていた。
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