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6 メディス伯爵の屋敷にて

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 清潔だが冷たくて無機質な研究所と違い、メディス伯爵の屋敷はどこまでも優雅だった。
 おそらく、建てられてから数百年もの月日が経過しているのだろう。今のように、オメガが王宮や貴族の屋敷に出入りできるような時代の建築物ではない。
 それこそオメガに生まれたら最後、物乞いか売春しか生きる術がない時代だ。この屋敷は壮麗さの中にも、卑しい性を持つ者を拒絶するような冷たさが感じられる。
(ここで、俺は何をされるっていうんだ……?)
 不安のあまり、無意識のうちに爪を噛んでいた。
 先程、執事に案内された部屋は広々としていて、好事家が涎を垂らしそうなアンティークの調度品がそこかしこに惜しげもなく置かれている。
 東方から取り寄せたのだろう唐草模様が入った花瓶には、エメラルドやルビーなどの宝石が使われ、本物の金で繊細な模様が描かれている高価そうな品だ。
 闇市に持ち込めば一生遊んで暮らせる金貨が得られるだろう。
 ……が、仮にこのお宝を盗んだとしても、この敷地から外に出られる可能性はどれくらいあるのか?
 食事を摂りにダイニングルームに行くときにも、俺には伯爵家の衛兵がぴったりと突き添ってきた。
 あてがわれた部屋に戻ると、外から鍵がガチャリとかけられる。
 まぁ、今のこの状況ではそうされるのも仕方ないだろう。一度、メディス伯爵から逃れようとしたのを、当の本人に知られているわけだから。
 ベッドから降りて窓際に行ってみると、上下二箇所に鍵がかけられているのがわかった。
(くそッ……仕方ないけど……こんなに頑丈にする必要あるのかよ?)
 俺は内心、イライラしていた。
 たとえそこを施錠されていなくとも、ここは伯爵の屋敷の塔の部分にある部屋だ。切り立った崖を眼下に見渡すこの場所から外に逃れるのは不可能に近い。
 たとえ、逃げ出せたとしても背後にある海に真っ逆さまに落ちて死んでしまうだろう。
(正攻法で逃げるなんて考えてねーけどさ……なんか、すげームカつくよな)
 先々への不安が、俺の心を暗く覆った――。


* **


 ――暗闇の中に俺はいた。
 男たちの息遣いと、少年のものとも少女のものともわからぬ途切れ途切れの声が聞こえる。
 その湿った喘ぎが自分のものだと気づくには、しばらく時間がかかった。
 視界には、絢爛豪華なシャンデリアの光。そして、その下には苦しそうに息を荒げている男……。
 そう、昨日宿屋にいた男の一人だ。
 他の二人は自分のモノを駆り立てながら、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでいる。
(な、なんだ……これは、いったい……!)
 状況的に犯されているのが俺だというのに、感じているのが痛みなのか悦楽なのかよくわからない。その辺は、ひどく曖昧なままだった。
 俺は、ゆっくりと周りに視線を移した。ここは、どこかの邸宅の大広間のようだ。
 男の背後には、後方に人の気配があった……それも、一人や二人ではない。
 黒い仮面をつけた数十人の男女が、笑いながら俺が犯される様子を見ている……!
(バカな……! 見世物になってるっていうのか……!?)
 その衝撃的な認識によって、なぜか性的な衝動が一気に生々しいものになった。
 男の肉塊の蠢きが、発情期にしか使わない隘路を抉ってくる。
 肉体に刻まれるリズムが……このおかしな衝動が、堪えがたい。自分が自分でなくなるような恐怖に駆られて、狂いそうになる。
「あ、うぅ……もぉ、やめさせて……! もう、ダメ!!」
 最奥にいきり立った熱い杭を穿たれながら、俺は最前列で見ていた男に助けを求めた。
 黒い絹のシャツに上質な天鵞絨の上着を着ている紳士だ。ほっそりとしており、観客たちの中では一番年若いように見えた。
 俺の懇願が自分に向けられているのを知ると、その紳士はソファーから立ち上がってこちらに近づいてきた。
「助けて……!」
 俺は縋るような目で、彼を見つめた。
 しかし、次の瞬間――。
 白く長い指先が仮面を取ると、俺は絶望に目を見開いた。
 ……その紳士は、一度は俺を窮地から救ったはずのメディス伯爵だったのだ!
 俺を見下ろしながら、伯爵は笑った。
「もっと、私を楽しませなさい。君は、そのためにこの屋敷に来たのです」
「えッ……!」
「オメガの発情期はとても短い。その中で、優秀な男の子どもを生みたいのでしょう? この男たちの後は、ここにいる貴族の紳士たちが、君の相手をしてくれます。楽しみにしていなさい」
 不気味な予言に、俺は首を横に振った。
「……な、なんで! そんなこと、楽しめるわけがないじゃないか!」
「フフ、生意気ですね。賤しい身分のくせに」
「賤しいって……!」
 蔑まれて怒りを露わにする俺を、伯爵は鼻で笑った。
「いい加減、認めなさい。自分の生まれながらの卑しい性を。そうすれば、君はもっと美しくなれるはずだ」
 メディス伯爵の言葉は、半分以上耳に入ってこなかった。
 俺の上に乗っていた男が、断末魔のような呻きをあげながら律動を速めたからだ。
「ヒッ……!」
 俺の胎内に、男は生温いものを流し込んだ。
 そして、それを囲んで見ていた他の男たちも自ら駆り立てた雄を俺に向け、劣情を発射してくる。
 俺の顔に、胸の上に……白く生温かな粘液がベッタリとこびりつき、俺のプライドはズタズタになった。
 犯されていたときよりも、さらに穢された気分になった……。
「あ、ああっ……」
 知らない間に、涙が流れ出していた。悔しさと絶望ゆえに。
 卑しい男たちが満たされるのを見ると、貴族たちが席から一斉に立ち上がった。そして、俺がいるステージの上に次々と近寄ってくる。
「皆さん、心行くまで堪能してください。この少年は、王立研究所育ちの希少価値あるオメガですから」
 伯爵の言葉に、貴族たちの間にざわめきが起こった。
「おお、それはそれは……!」
「研究所のオメガが、こんなところにいるなんて!」
「これは、すばらしい。ぜひ、皆の慰み者などにせず、我が屋敷に引き取りたい」
「なんですと男爵! 抜け駆けは許しませんぞ! それではこのような機会が今後なくなってしまうではないか」
「そうだそうだ、このオメガの少年は我らの共有物にすべきだ」
 辺りから耳に突き刺さる下品なざわめきに、背筋がゾクッとした。
 大勢で一人のオメガを凌辱することが、上品なお貴族様たちがすることっていうのか?
 俺たちは……こんな奴らに蔑まれるために、この世に生まれたって言うのか?
 悔しさに唇を噛みしめる俺を、ご婦人たちが優美な扇に口元を隠しながらクスクスと笑っている。
 男だけじゃない。貴族の女たちも美しい見た目に反して心は真っ黒なのだ。
「ははは、焦る必要はありませんよ。男のオメガだけでは趣向が満たされぬ方もいるはずなので、こちらに女のオメガもご用意しています」
 一度その場から去った伯爵が、従者とともにステージの上に現れた。
「おおっ、なんと女のオメガか!」
「あ、あの顔は……!!」
 貴族の一人が、俺とそのステージ上に現れた女のオメガを交互に見比べる。
 いやな予感に、背中に冷たい汗が流れた。
「……そう! この子は、そのオメガの少年の血縁者……しかも、なんと双子の妹なのです!」
「おお! 双子か!」
「どうりで似ていると思った!」
 予感が的中したことを知って、俺は愕然とした。
 離ればなれだったアリサとの再会……それが、こんないかがわしい場所で叶うだなんて皮肉だった。
 アリサは後ろ手に縛られて、猿ぐつわを噛まされている。
 純白の薄絹のドレスは少しきつめに作られているのか、胸の谷間が必要以上に強調されていた。淫婦のような妖しい肉体と、本人の持つ清純な印象に妙な色気を感じる男も多いだろう。
 アリサは俺を見ると、紫色の大きな瞳が溶けそうな勢いで泣き始めた。
 俺たちは、この先どうなるっていうのか――。
「さぁ、この女オメガはまだ未通です。どなたが、先に味わいますかな?」
「私だ、金ならいくらでも出そう!」
「何を言う!! うちの正妻に迎えるぞ!」
 取っ組み合いの喧嘩を始める勢いの男たちの前に、一人の長身の男が進み出た。
「私がすでに権利を買っている。邪魔立てするな」
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「ん、んんっ……!」
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「やめろー!! アリサには手を出すなー!!」
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