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4 初めての衝動

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 ――眠りから目覚めたとき、俺は知らない男にのしかかられていた。
 いや、男は一人だけじゃない。見覚えのない男が三人……ん? 一人はどこかで見た顔かもしれない。
 ああ……たしか、研究所に出入りしていた業者だ。缶詰なんかを運んでいたような気がする。
 俺とアリサのことをまるで嘗めるような目で見ていたから、気味が悪くてよく覚えていた。
「起きたか、坊や」
「……なん、で……ここは?」
 覚醒は中途半端で、頭がガンガンに痛んだ。
 ここは、俺がソファーで居眠りしていた婆さんの部屋とは趣が違う。
 占い師の家というよりは、場末の宿屋。
 部屋中に漂っていたオリエンタルな香りはどこにもない。その代わりに、男どもの汗や体臭、埃などがぐちゃぐちゃに混ざって発酵したような、安宿特有の変な匂いが漂っている。
 俺はそんな粗末な部屋の、藁で作られた粗末な寝床に押さえつけられていた。
 この男たちは、なぜ俺をこんな欲情した目で凝視しているのだろう?
 あの婆さんは、いったい……?
 俺の頭の中には、大量の疑問符が飛び交っていた。
「な……、あの婆さんはどこだ……!?」
「婆さんのこと、心配してやってんのか? お人好しだなぁ、坊や」
「……?」
 戸惑う俺を見て、男たちは顔を見合わせてニヤニヤしている。
「あの婆さん、ただの年寄りじゃねーぞ。この国で一番がめつい守銭奴ババアだぜ。坊やの妹を貴族に売って、坊やを俺たち三人に売ったんだからな」
「エッ!?」
 俺の思考回路は、男の言葉で瞬時に止まってしまった。
 あの婆さんが……まさか!
 俺とアリサに食事を分け与えてくれようとした、あの善良な婆さんが……俺たちを、売っただって……?
 そんなひどい話、あるわけがない……巷には溢れているのかもしれないけど、俺たちの身の上に降りかかってくるなんて信じられない。
 しかし、彼らが語ることは嘘ばかりじゃない気がした。
「しかも、俺たちだけじゃ済まされないぜ?」
「えッ……」
「婆さんは確かに占い師だが、サブビジネスでこの娼館のオーナーをやってるんだ。坊やは、死ぬまでここで男どもに奉仕して暮らすんだぜ」
「……う、そ、だろ?」
「ウソかどうかは、後でこの館で働いている他のオメガに聞けばいいだろう?」
「オメガ……」
「婆さんの死んだ旦那がここをやり始めたのは、婆さんがお得意の妖術でオメガをおびき寄せて、客を取らせるように仕向けたからってもっぱらのウワサだぜ?」
「まったくコワい婆さんだよ。拉致監禁したオメガたちの稼ぎで大金作ったらしいぜ? 博打好きの旦那の借金を全額返してやったって話だし、俺ももうちょっと年いってたら婆さんと結婚して、もっと楽な暮らしするんだけどな」
「へぇー物好きだねぇ! 婆さん相手にアッチが勃つかどうかが、まず問題じゃねーか?」
 男たちが下品な話で盛り上がっている声が、どんどん遠のいていく。
 全身の血が引いていく音を、たしかに聞いた気がする。
 婆さんに騙されたのはひどく腹立たしかったが、騙された俺もたしかに悪かったかもしれない。
 この世に善人なんていない……オメガの性に生まれた不幸な者たちは、ベータやアルファに搾取されるのだ。欲情を誘う道具として使われ、子を産ませられて。
 たぶん、研究所での何の苦労もない生活のせいで、俺はきっと平和ボケしていたのだろう。
 わかった……いくらでも反省しよう。教会に行かせてくれれば、何時間でも何日でも懺悔し続けることもいとわない。
 俺は……俺はどうなってもいい。
 でも、アリサはか弱い女の子だ。今、俺以上に恐ろしい思いをしているはず。
 早く助けてあげないと……!
 このままだと、えげつない貴族に囲われてしまう。そんなことになったら、天国にいる母さんにどれほど謝っても許してもらえないだろう。
(どうすれば、いいんだ……?)
 色々と考えを巡らしたが、さっきと違ってめちゃめちゃ劣勢だ。
 色仕掛けなんて、利くような状況じゃない。
 今度は既にヤられるっていう前提になってるわけだから、俺の体をいじくってくる男たちからは気味悪い情欲が湯気になって立ち上っているように見えた。
(いや、だ……! こんなヤツらに……!)
 そばにいるだけで、気味が悪い。吐き気さえしてくる。
 逃げ出そうと、もがくこともできない。空腹感が限界に達しているからだ。
 体力が削がれている上に、この発情期の高熱……。
 男たちから逃げ出す元気を、俺から奪う要因はそれだけじゃなかった。
 でも、俺のオメガとしての性は、完全に心を裏切っていた。
 認めるのが悔しいが……俺は、欲情していたのだ。
(ああ、気持ち悪い……ッ)
 そう思っても、なぜか肉体は真逆の反応を示す。
 男どものねばっこい視線を感じるだけで肌が火照りを生んだ。
 より多くの……そして、優秀な雄を魅惑するのがオメガの価値を決めると言われている。
 人も動物も同じなのかもしれない。
 優秀な遺伝子を残すのが『生む性』として、本能的に望んでいること――だから発情期には、多くの相手と交わって、その中から最もすぐれた男の子を孕む。
 そして、ベータやアルファたちも神に祝福された子どもを得るために、より美しく魅力的なオメガを娶るのだ。
 それが、この国の……いや、この世界全体の不文律だった。
(くそッ、ざっけんな! こんなサイテーな奴らの子どもなんて、孕みたくねーんだよ!!)
 俺は泣きそうになりながら、体を震わせた。
 そうする間にも、俺のチュニックを男たちは脱がそうとしてくる。
「あ……ッ」
 イヤだっていうのに、布地が胸の敏感な部分をくすぐる。
 それと同時に、体の奥底に情欲の炎が点るのを感じた。
(くそっ、何でこんな……)
 俺は、思わず唇を噛んだ。
 こんな風に自分の意志で性欲をコントロールできないなんて初めてのこと。だから、どうしたらいいのか自分で自分がわからなくなった。
「おい、なんか匂いが強くなってきたぜ」
 と、男たちが俺の肌をクンクンと嗅いできた。
「いい匂いだなぁ……コイツも感じてるんじゃねーか?」
「マジかよ、楽しくなりそうだぜ!」
 下卑た笑い声が、俺のプライドをズタズタにする。
 聞いたことがある……オメガは感じると、発情の匂いも強くなるって。
 さっきまで、肉体労働系の男たちの汗と体臭で満ちていた部屋が、一瞬のうちに俺の発する甘い匂いに支配された。
 それに反応して、男たちの目がギラギラと光る。
「や、めろ……!」
「そう言われると、もっとしたくなるんだよなー。わかるか、坊や?」
 俺の上着をすっかり脱がせた男は、嘗めるように俺の裸の胸を凝視した。
「若いだけに、すげーキレイな肌してるよなぁ」
「色も白いしなー。見ろよ、この乳首! 小さくて、きれいなピンクだ。今の若い女で、こんな色してるヤツいないぜ」
「そりゃあお前が、商売女にしか相手にされないからだろーが」
 あれこれと不愉快な品評をしながら、一人が左胸の頂点に触れてきた。
「ヒッ!」
 俺は小さな悲鳴を漏らす。
 くいっと摘まれると、軽い痛みだけじゃない……腰が一気に揺らぐような、ひどく甘い痺れが全身を巡った。
 その反応を見て、男たちは色めき立った。
「おおッ、高い金出した甲斐があるねぇ。坊や、いい声出すじゃねぇか」
「こりゃあ、俺たちの長年のテクニックの見せ所だぜ?」
「じゃあ、俺はこっちをいじってやるとするか」
 もう一人の男が、我が物顔に俺の右側の乳首を摘んできた。
「あぅ、っ……ッ!」
「いいカオするねぇ」
 奴らがクスクスと笑う声が、羞恥心を煽る。
 こんな風に発情している状態で両方の乳首を触られれば、どんなに理性で我慢したところで正気でいられるわけがない。
 性的な衝動を感じたことが、これまで一度もない……っていうわけではない。
 たぶん、あれは成熟の予兆だったんだろう。
 なにかのタイミング……そう。研究所にいたオメガの少年が、初めて経験をしたときの話を始めると、決まって俺の体は熱くなった。
 彼は昔、抑制剤を買うために男に体を売っていたが、研究所に入れたからその道からは足を洗った。
『でもさぁ……つい、欲しくなるんだよね。研究員の誰か、誘惑しちゃおっかなぁー』
 その冗談とも本気ともつかぬ発言。
 セックスっていうのは、そこまではまるものなのか――。
 未知の事柄だからか、ドキドキして心臓が破れそうだった。
 別にその少年のことが好きとかそういうことじゃない。どんなものか興味があっただけだった。
 でも、俺はいまの自分の反応がどうしても信じられなかった。無理矢理犯されるっていうのに、こんな衝動が起きてしまうなんて……!
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