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82 美青年の事情(1)
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――自分の父親について知ることになったのは、カタリナお嬢様と出会ってからだ。
我が家でお嬢様と夕食をとった翌朝、食卓で母が唐突に切り出してきた。
「いいお嬢さんと出会ったわね、リオネル」
「そうだね。母さんがそう言ってくれてうれしいよ」
「……でもね、現実を見ないとだめよ。伯爵家のご令嬢と今のあなたでは、身分の差が邪魔をするわ。いくらあなたが有能でも、名門貴族のエルフィネス伯爵が大事な娘さんを、新興貴族に嫁がせるとは思えないもの」
そんな超シビアな意見を聞いて、朝っぱらから重苦しい気分に陥った。
……たしかに、最初から身分が違いすぎるのはわかっていた。
私が持つ爵位が、古くからの貴族にとって取るに足らないものだということも。
金を出せば没落貴族から爵位を買うことはできるが、ベルクロン王国では伯爵以上の爵位を手に入れることは至難の業。
なぜなら、伯爵から上の家門では古くからの領地を持っており、領民からもたらされる富があるため、よほどのことがなければ世襲が覆されることはない。
そのことから、新興貴族が得られる爵位は子爵か男爵がほとんどである。
たとえば公爵のような名門貴族はいくつもの従属爵位を持っている。領地があるものもないものも複数あるだろう。
長男が公爵位を継ぎ、次男以下の令息には従属爵位のうちの伯爵位や子爵位を譲ることがほとんどだ。
同じ子爵でも、由緒正しき家門の令息と私とではまったく違う。
もし、父親が貴族であり何らかの爵位を受け継ぐことができたら、カタリナお嬢様のお父上は私を彼女の求婚者として認めてくれるだろうに。
(結局は、出自が悪ければ同じってことじゃないか……)
大袈裟にため息を漏らしながら、カフェオレに口をつけた私に、母が同情に満ちた眼差しを送ってくる。
「なんて、かわいそうな子! このまま、私と同じような運命を辿らせたくはないわ」
そんな母に、私は首を横に振る。
「憐みは要らないよ。何とかして彼女の父上を説得してみせる……彼女への誠意と、これまでに実業家として培ってきたものを見せれば、無下にはできないだろうし」
「片意地はる必要はないわ、リオネル。あなたは自力でできるところは、これまで誰よりもがんばってきたもの……でも、どうにもならない部分は、親の助けを求めてもいいのよ」
「親の助けって……? いったい、何をどうやるって言うの?」
不審げに眉根を寄せる私に、パンを千切っていた母はまるで悪戯っ子のように目を輝かせてきた。
「リオネル……これまで内緒にしていたけれど、あなたの父親は生きているのよ! そして、あなたに会いたいって言っているわ」
「えっ……!?」
そんな話は、寝耳に水である。
妻子があり、母とは結婚という形が取れなかった実の父。
もし生きているなら、ひと目だけでも見てみたい……いつか、そう懇願したところ、母が「どうやら亡くなったらしい」と、まるで他人事のように言っていた。
その時から、私の中で父という存在はおぼろげなものとして消え去っていた。この世にいる私の家族は、母と母方の親族だけになった。
そもそも、妻帯者なのに母と関係を持つ貴族など、ろくでもない男に決まっている。
そう思ってスッキリしたはずなのに……今更、生きていて私に会いたいっていうのは、どういう了見だろう?
我が家でお嬢様と夕食をとった翌朝、食卓で母が唐突に切り出してきた。
「いいお嬢さんと出会ったわね、リオネル」
「そうだね。母さんがそう言ってくれてうれしいよ」
「……でもね、現実を見ないとだめよ。伯爵家のご令嬢と今のあなたでは、身分の差が邪魔をするわ。いくらあなたが有能でも、名門貴族のエルフィネス伯爵が大事な娘さんを、新興貴族に嫁がせるとは思えないもの」
そんな超シビアな意見を聞いて、朝っぱらから重苦しい気分に陥った。
……たしかに、最初から身分が違いすぎるのはわかっていた。
私が持つ爵位が、古くからの貴族にとって取るに足らないものだということも。
金を出せば没落貴族から爵位を買うことはできるが、ベルクロン王国では伯爵以上の爵位を手に入れることは至難の業。
なぜなら、伯爵から上の家門では古くからの領地を持っており、領民からもたらされる富があるため、よほどのことがなければ世襲が覆されることはない。
そのことから、新興貴族が得られる爵位は子爵か男爵がほとんどである。
たとえば公爵のような名門貴族はいくつもの従属爵位を持っている。領地があるものもないものも複数あるだろう。
長男が公爵位を継ぎ、次男以下の令息には従属爵位のうちの伯爵位や子爵位を譲ることがほとんどだ。
同じ子爵でも、由緒正しき家門の令息と私とではまったく違う。
もし、父親が貴族であり何らかの爵位を受け継ぐことができたら、カタリナお嬢様のお父上は私を彼女の求婚者として認めてくれるだろうに。
(結局は、出自が悪ければ同じってことじゃないか……)
大袈裟にため息を漏らしながら、カフェオレに口をつけた私に、母が同情に満ちた眼差しを送ってくる。
「なんて、かわいそうな子! このまま、私と同じような運命を辿らせたくはないわ」
そんな母に、私は首を横に振る。
「憐みは要らないよ。何とかして彼女の父上を説得してみせる……彼女への誠意と、これまでに実業家として培ってきたものを見せれば、無下にはできないだろうし」
「片意地はる必要はないわ、リオネル。あなたは自力でできるところは、これまで誰よりもがんばってきたもの……でも、どうにもならない部分は、親の助けを求めてもいいのよ」
「親の助けって……? いったい、何をどうやるって言うの?」
不審げに眉根を寄せる私に、パンを千切っていた母はまるで悪戯っ子のように目を輝かせてきた。
「リオネル……これまで内緒にしていたけれど、あなたの父親は生きているのよ! そして、あなたに会いたいって言っているわ」
「えっ……!?」
そんな話は、寝耳に水である。
妻子があり、母とは結婚という形が取れなかった実の父。
もし生きているなら、ひと目だけでも見てみたい……いつか、そう懇願したところ、母が「どうやら亡くなったらしい」と、まるで他人事のように言っていた。
その時から、私の中で父という存在はおぼろげなものとして消え去っていた。この世にいる私の家族は、母と母方の親族だけになった。
そもそも、妻帯者なのに母と関係を持つ貴族など、ろくでもない男に決まっている。
そう思ってスッキリしたはずなのに……今更、生きていて私に会いたいっていうのは、どういう了見だろう?
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