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61 天敵は憎しみと共に去りぬ(1)

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 「カフェ・ベルトラ」の醜聞が新聞記事の一面を飾ったのは、マルモット伯爵邸の舞踏会の翌日のことだった。
 記事が出るのをその日に設定したのは、私からの最後の慈悲である。
 マルモット伯爵邸の舞踏会は個人主催の舞踏会では王都で最大の規模を誇り、おそらくエレオノールも参加するだろうと思っていたから。
 あの記事が出れば、社交どころではなくなる。
 これまで舐めた飲食店経営をしていたことが明るみになれば、新商品の失敗で減った客足が一気になくなるだろう。
 それに、いつもは見て見ぬふりをしている役人も黙ってはいない。
 なぜなら、記事が出たタイミングで「カフェ・ベルトラ」に立ち入り調査をすることになっている。そこで記事通りの問題が見つかれば、営業停止にすることになるだろう。
 そうするため、衛生省にリオネル様のほうで話をしたらしい。
 どういう手を使っているのかはわからないが、彼は役所絡みの手続きに長けている。
 だから、しばらくの間、エレオノールは社交の場に来ることはないはず。
 最悪の場合、王都から去ることになるかもしれない。
 ……だから、せめてマルモット伯爵邸の舞踏会は、心から楽しんでほしいと思った。
 それを聞いたリオネル様は、わかりやすく眉をしかめた。
「カタリナお嬢様は優しすぎますね。私ならそのような慈悲はかけません」
 どうやら、彼は私以上にエレオノールに憤っているようだ。
 私のほうは、すっかり胸のモヤモヤが晴れている。この前、リオネル様が彼女にぎゃふんと言わせたからだろうか。
 エレオノールは面倒な女だが、そのうち私を目の敵にするのに飽きるだろう。
 その時こそ、「カフェ・カタリナ」に平和が訪れる。
 『カフェ・ベルトラの衛生管理は素人以下! 元従業員が暴露するずさんな実態』
 マドレーヌが買ってきてくれた新聞記事の見出しに目を通してから、私は開店前の準備作業を始めた。
 記事の内容は、前にリオネル様に見せてもらったから知っている。
 このインタビューに応じた元従業員のルリカは、先週「カフェ・ベルトラ」を退職して密かにホテルの厨房で働き始めた。
 支配人に推薦状を書いたのはこの私。
 ほとぼりが冷めるまではルリカには裏方で働いてもらって、その後、彼女が希望すればホテルに残ってもいいし、うちの店に来たいと言っても喜んで迎えるつもりだ。
 すべては、私の思惑通りに順調に進んでいた。
 ――「カフェ・ベルトラ」崩壊のカウントダウンは、もう始まっている。


「カフェ・ベルトラが閉店するんだって。さっき通りがかりに見たら、店に貼り紙があったよ」
 そう常連のお客さんが教えてくれたのは、記事が出てから三日後のことだった。
「あら、そうなんですか? まだ開店してからそんなに経っていないのに大変ですわね」
「やっぱり、カタリナちゃんの腕前には敵わなかったんだよ。だって、パニーニもお菓子もこっちのほうが断然おいしいもん。やっぱり、カタリナちゃんが作るからかなぁ?」
 お世辞でも、褒められるとうれしい――が、笑顔で対応していると、背中に強い視線を感じた。
 振り返るとリオネル様と目が合った。
 彼は午前中いっぱい外出だったため、打ち合わせがてら部下のディランさんと遅いランチをとっているところ。
 私が男性客と話しているのを目撃すると、リオネル様はわかりやすく不機嫌になる。
(リオネル様ったら、意外と嫉妬深いのね!)
 ビジネスパートナーであり恋人でもある彼は、思いのほか独占欲が強いらしい。
 もし、私のほうの実家が反対せず、彼と結ばれることになったら、接客は絶対するなとか言いそうな勢いである。
 ……でも、それは嫌じゃない。
 むしろ、リオネル様にもっと束縛されたい。
 他の男性……例えば、フィリップがそんなことを言い出したら、心の中で粗大ゴミのシールを貼ってゴミ集積場に投げ捨てるのに!
 同じことを言ったとしても、リオネル様だったら胸がくすぐったくなる。
 こんな矛盾に満ちた気持ちは、いったい何なんだろう? 前世で恋愛経験がない私には、この感情の意味がよくわからなかった。
 ……まぁ、いいか! 悩んでも仕方がない。
 実家にどう認めさせるか考えると頭が痛いけれど、リオネル様を想う気持ちとおいしいスイーツがあれば大丈夫!
 そんな気持ちを込めてカウンターの中から見つめ返すと、彼は頬を赤らめて慌てて目を逸らした。

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