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51 寝取り令嬢の誤算(1)

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 ふふふ、『打倒カタリナプロジェクト』は順調よ!
 中央駅でわたくしが声をかけたナンパ男たち……新聞記者のほうがジュリアン、無職がルブランっていうんだけど、なかなかいい仕事してくれたわ。
 メアリーがこっそり盗んできた「ゼラチン」っていう物体の調査を、ジュリアンが会社の伝手で専門家に依頼した。
 あれは、豚の骨を使っているのね……そんな原料を使っているだなんて、まったく気味が悪いわ。
 それを知ったジュリアンが、前に流行った家畜の伝染病と絡めて面白おかしく記事にしてくれたってわけ。さすが、新聞社にいるだけあって目の付け所がいいわよね。
 ルブランは彼の手先になって動くのと、あの店の周りの平民たちに噂を流す作業を担当した。「カフェ・カタリナ」に入ろうとしている客に、新聞を見せてそれとなくうちに誘導することもやってくれたわ。
 こうして、「カフェ・ベルトラ」は一度落ち込んだ客足を取り戻して、オープン当初に迫る売上を日々更新するようになった。
 この前、カタリナが泣きそうな顔をして歩いているのを見かけたけど、その時ほど、爽快感を味わったことはなかったわ。
 ……ただ、悲しいことにそれをじっと見守っているストーカー……あ、いえ、フィリップを街路樹の影に見つけて、わたくしの気分はどん底よ。
 まったく……役人ってあんなに暇なわけ? 休憩時間でもないのに、メインストリートをうろうろしているのが癪に触る。
 フィリップがいい男なのは確かだけど、カタリナの恋人だとかいうユーレック子爵には劣るのよね……少なくとも南部地方では一番の美形だったのに、ユーレック子爵の前では霞んで見えるのが残念よ。
 カタリナから奪いたいくらい魅力的だけれど、わたくしは新興貴族と結婚するわけにはいかない。結局、フィリップと結婚するのが最善なのよね……。
 だから、信心深いわたくしは、礼拝のたびに神様にこう祈っているのよ。
 「カフェ・カタリナ」が売上低迷で閉店するように。そして、カタリナが泣きべそかいて、南部に戻るようにって!


 その後もメアリーには、カタリナのレシピを盗んできてもらった。
 どうやら、「カフェ・カタリナ」は記事に懲りたみたいで、ゼラチンを使わないカスタードプディングを店に出すらしい。
 それを、うちのパティシエに作らせたところ、甘くてもったりしていてなかなかの味。
 悔しいけれど、さすがね!
 ただ、レシピだけでは見た目がわからないから、メアリーにどんな盛りつけにするか聞いたところ、こんな返事がかえってきた。
「これはカタリナ様が極秘に作られているのでわからないのです。盗み見た限りでは、うえにカラメルというものをかけて、周りに生クリームをトッピングしているようでした」
「カラメルってどんなもの? 色とか形は?」
 隣で聞いていたパティシエも、カラメルという単語に首を傾げる。
「黒っぽい液体でしたわ」
「そうかぁ……」
 前から思っていたけれど、どこからこういうお菓子のレシピのアイデアが湧くのかしら? カラメルとか意味わからないし……。
 やっぱり、食べ物に執着しないわたくしには理解できない部分ではあるわね。
「もう! あなたたちに任せるから、適当にトッピングして名前を変えてお店に出してちょうだい。わたくしは忙しいのよ……お友達のお茶会に参加するから、すぐに戻らないと」
 そう伝えてから、侍女を連れてタウンハウスに戻る。
 タウンハウスに戻ると、身支度を整えたフィリップがロビーでわたくしを待っていた。
 今日のお茶会はパートナー同伴ということで、彼にエスコートしてもらうことになっている
 すらりとした体を包む黒のモーニングコート、白いシャツに黒のビロードのクロスタイ、臙脂色のベストにダークグレーのトラウザーズの足はすらりと長い。
 輝くばかりの美形の許婚者に、わたくしは見惚れてしまった。
 彼にエスコートされて、侯爵家の馬車に乗ったわたくしはご満悦。
 だって、こんなに美しい殿方と結婚する将来があって、事業も『打倒カタリナプロジェクト』も順調とくれば、自然に笑みも込み上げてくるわ。
 ところが、わたくしと相反して、フィリップの表情は浮かなかった。
「フィリップ様、どうなさったの? この世の不幸を一身に受けているようなお顔をなさって」
「……何でもないよ。仕事でちょっと疲れているだけ」
 生返事をする婚約者に、わたくしは思った。
(仕事が忙しい? カタリナのストーキングが忙しい、の間違えじゃなくって?)
 思わず心の中で罵ってしまうけれど、愛する婚約者にはそんな様子は見せないわ。
 だって、憂い顔もうっとりするくらい美しいもの。
 わかっているわ……フィリップ。あなたがまだ元の婚約者のことを忘れていないっていうことは。
 せいぜい、今のうちはカタリナをコソコソ追い回しているといいわ。
 近いうちに、彼女はすべてを失って南部地方に戻る。
 そうしたら、あなたはわたくしのことを見るようになるのだから……!
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