上 下
44 / 93

44 焼き菓子で勝負だ!(2)

しおりを挟む

 ――翌日、鉄道駅での臨時カフェ営業が許可された。
 こんなに迅速に許可が出たのは、リオネル様が鉄道駅の駅長や運輸省の役人とお仕事をしているからだろう。
「いえ、大家としてできることを手助けするのは当然です。ライバル店ができても、ここの一階にずっといてもらいたいですからね」
 そう言ってくれたうえに、荷物の運送用にユーレック商会で持っている馬車を融通してくれた。許可が出たのは、ウルジニア侯爵邸の馬車を帰らせた後だったし、途方に暮れていたので本当にありがたかった。
「がんばります、ありがとうございます!」
 リオネル様に礼をして、メアリーに店舗のマネジメントを任せて私は店を出た。
 王都の中央駅に行ったのは、荷物運びのマルコとマドレーヌ、そして、カフェの責任者である私である。
 駅の周辺には酒場が二件ありランチも営業しているけれど、イートインを目的にしているようで、テイクアウトができるのはパンだけのようだ。
 駅の構内で火を使うのは禁止と言われた。
 そのため、パニーニを販売することはできないけれど、焼き菓子を売るのにはもってこいの場所である。
 前世のマドレーヌの歴史のように、駅で菓子の販売があれば、これから長旅が待つお客さんとしてもありがたいだろう。
 こちらとしても、汽車の中で自分たちが食べる需要と、家族へのお土産物として購入する需要の二つが見込める。
 ひとまず、焼き菓子と言えばクッキーが定番の人々もいるが、マドレーヌとフィナンシェを知ってもらわねばならない。
 とは言え、そういう新しいものがイヤだという人たちもいる。
 そのため、新たに大量生産が可能なアイスボックスクッキーを採用することにした。
 アイスボックスクッキーとは、生地を棒状にしてから冷やし固めて、包丁でカットして焼くクッキーのことである。
 前世では、ココア生地とプレーン生地で市松模様にしたり、渦巻き状にしたりする見た目が可愛らしいものが売られていた。
 友達にも大好評だから私もよく作っていた。日本では抹茶パウダーが手に入りやすいから、抹茶クッキーを作ったが、ここではココアを入手するのが限界である。
 そのため、今回は渦巻き状クッキーとプレーン、ココアの三種類で勝負!
 冷やす工程が入るので、バターを多めに入れても成形がしやすい。あまり製菓のテクニックがなくても失敗しにくいクッキーである。
 製菓のスタッフたちからも、仕上がりの可愛さに思わず笑みがこぼれた。
 プレーン味はバターの風味とバニラエッセンスの香りが高く、ココア味はちょっとほろ苦さがある大人の味。それを両方取り入れた渦巻きクッキーは、バランスよく両方が混ざった味が口の中に広がる。
 間違いなく「カフェ・カタリナ」の自信作に追加できるものに仕上がっている。
 自慢の焼き菓子を持って、私たち三人は出陣した。


 もくもくと黒煙をあげて、蒸気機関車がホームへと入ってくる。
 まだまだ汽車の黎明期なので、鉄道駅に集まるお客さんはここから領地へ戻ったり旅行を楽しんだりする貴族か、商売で王都に来る地方のブルジョワなど一部の裕福な人々に限られる。
 二等車から一等車まで五両編成という、前世には考えられないほど短い列車ではあるが、これを駅弁売りのようにプラットフォームを行き来して売り歩くとなると、なかなか時間が足りないもの。
 しかも、私の目論見は大当たりして、飛ぶように売れた。
 マドレーヌが声を枯らしてアピールしたマドレーヌはもちろんのこと、金運が高まるという謳い文句のフィナンシェ、見た目が可愛らしいアイスボックスクッキーも!
 当初はマルコに荷物持ちになってもらっていたけれど、発車時刻が近づくにつれて我先に、と焼き菓子を買い求める人々が車窓に群れ始める。
 焦った私は、咄嗟にこう判断する。
「間に合わないわ! 三人で手分けして売りましょう!」
 この方法をとって、ようやく出発の直前に売り切ることができた。
「はぁーっ、すごく大変ですけど……その分、売れましたね!」
「そうね。いいことだわ」
 昨日の散々な売上を知っている私は、安堵のため息を漏らした。
 エプロンのポケットには、銀貨がジャラジャラ入っている。
 お土産だと言ってまとめて購入してくれた紳士がおり、気前よくお釣りをチップにしてくれたので、金貨さえも何枚か入っている。
 その分、焼き菓子は残り少なくなっていた。
「汽車の最終は20時発ね。それなら、店舗の在庫を回すことができるわ。その前の発着には、ホテルカフェの在庫を回せばいいし」
「いいですね、マドレーヌの売上伸びますからね!」
「いけるわ……この方法をもっと効率よくやれば、いけるわよ」
 そう確信した私は、笑顔でマルコとマドレーヌを見比べた。
「明日も迷惑かけるけど、ここが正念場だわ。一緒にがんばりましょう」
「はいっ!」
 シンクロした二人の声を聞いて、どん底だった気分がようやく晴れてきた。
 そう……私についてきてくれる人たちのためにがんばらなきゃ。
 だって、「カフェ・ベルトラ」がどう足掻いても、所詮はお貴族様の道楽稼業。
 私には、前世で得た知識とカフェでのバイト経験がある。
 だから、自分のレシピと経験に自信を持って、この苦難を乗り越えてみせよう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...