28 / 93
28 あなたなど願い下げです!(2)
しおりを挟む私はフィリップを、カウンターの後方にある荷物置き場に連れて行く。
そこは、自分たちの荷物のほかに余分に運んできた材料や食器類を置いておくスペースだ。そんなところに誰も来るわけがないから、こうした密談にはもってこいである。
「……で? いったい、お話って何でしょう?」
振り向いて、私は彼の顔をじっと見た。
「忙しいところ、本当に申し訳ない……でも、どうしてもあのまま君との縁が切れるって思うとやり切れなくて……」
フィリップは長い睫毛を伏せて、もじもじした様子で言い訳を始めた。
なぜ、そこでもじもじするのかわからない。
誰がどう見ても、私のほうが困るべきなのに、なんか私が虐めているみたいじゃないか。
「五分しかないから、要点をまとめて述べなさい!」
ピシッと叱りつけると、フィリップはまるで学校で怒られた生徒のように佇まいを正した。
「は、はいっ! あの、その……エレオノールが妊娠したって話、もしかしたら聞いたかもしれないんだけど、あれは間違いだったんだ」
「……間違い?」
「そう。ベルトラ子爵家がうちと婚姻を結ぶために、婚約をするまでエレオノールが妊娠しているって嘘をつきとおしたんだ。医者にも賄賂を渡して!」
それを聞いて、フィリップの言い分が少しくらいはわかった。
妊娠したって騙したエレオノールが全面的に悪いから、自分は被害者だと言いたいのだろう。
なるほど……それは、お気の毒さま。
ただ、妊娠の可能性があることをしたのはどこの誰だろう? コウノトリが赤ちゃんを運んでくるとか、そういうことを信じる年齢でもないだろうに……。
「……仮にそうだとして、私にそれを伝えてどうしようとおっしゃるのです?」
そう尋ねる私に、フィリップは眉をハの字に下げた。
「冷たいな……まぁ、君をそういう風にしてしまったのは、僕の行いのせいなんだろうけど」
「よくおわかりで!」
しかし、なおもフィリップは食い下がってくる。
「僕が愛しているのは、カタリナ……君だけだ! エレオノールとは時間がかかっても、婚約破棄をする。だから、もう一度、僕とやり直してくれないだろうか?」
「はぁ?」
目が点になる、とはまさにこのことだ。
首を長くして待っていたときには私の友人と浮気をし、そっぽを向いた途端に追いかけてくる……この男は、私のことをいったい何だと思っているのだろう?
(このクズ……いや、この粗大ゴミをエレオノールに宅急便で送りつけたい! もちろん、着払いにさせてもらうけど!)
軽蔑を隠そうともしない私に、さすがのフィリップもたじろいでいるようだ。
「あなたのことなんか、願い下げですわ!」
キッパリとしたお断り文句に、彼は泣きそうな表情に変わった。
「そんな……!」
「わたくしには愛する仕事があり、とっても誠実で優しい恋人もおりますの。もう二度と、会いに来ないでいただけます?」
「……わ、わかった。今日はこれで十分だ……でも、あきらめないからね、君のこと!」
そう言い残して、フィリップは踵を返した。
後に残された私に、にやにやしながらマドレーヌが話しかけてくる。
「モテモテじゃないですか、カタリナお嬢様! 羨ましぃー!」
「ちょっと、マドレーヌ! 人のこと売ってるんじゃないわよっ。いくらもらったの? 少しは私に寄越しなさいよっ!」
明らかに膨らんでいるエプロンのポケット。その中身を奪おうとする私の殺気に気づいて、マドレーヌは逃げ出した。
「えっ、いやですよ! これは私のもの……!」
「待ちなさいっ! 待ちなさいったら!」
ぎゃあぎゃあと喚きながら追いかけっこをする私たちを、メアリーが呆れた顔で眺めていた。
43
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
婚約解消したのに嫌な予感がします。……もう振り回されませんよね?
Mayoi
恋愛
結婚式の日も迫ってきているというのに、クライヴは自分探しのために旅に出るとコンスタンスに告げた。
婚約関係を解消し全てを白紙撤回し自分を見つめ直したいという。
コンスタンスは呆れ婚約解消に同意した。
これで関係は終わったはずなのに、コンスタンスは一抹の不安が残っていた。
王太子殿下が浮気をしているようです、それでしたらわたくしも好きにさせていただきますわね。
村上かおり
恋愛
アデリア・カーティス伯爵令嬢はペイジア王国の王太子殿下の婚約者である。しかしどうやら王太子殿下とは上手くはいっていなかった。それもそのはずアデリアは転生者で、まだ年若い王太子殿下に恋慕のれの字も覚えなかったのだ。これでは上手くいくものも上手くいかない。
しかし幼い頃から領地で色々とやらかしたアデリアの名は王都でも広く知れ渡っており、領を富ませたその実力を国王陛下に認められ、王太子殿下の婚約者に選ばれてしまったのだ。
そのうえ、属性もスキルも王太子殿下よりも上となれば、王太子殿下も面白くはない。ほぼ最初からアデリアは拒絶されていた。
そして月日は流れ、王太子殿下が浮気している現場にアデリアは行きあたってしまった。
基本、主人公はお気楽です。設定も甘いかも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる