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21 天敵との再会!(1)

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 突然のエレオノールの出現に、私は思わず言葉を失っていた。
 南部地方でくすぶっているはずの彼女が、なぜ王都にいるというのだろう?
 フィリップにくっついてベルンにいるならまだしも、ここで鉢合わせするなんて冗談にも程がある。
 ……ただ、貴族令嬢が王都の社交界に出入りすることは稀であっても、けっして皆無ではない。
 ただし、ベルトラ子爵家はことさら名家と言える家柄ではない。もともと、近隣の公爵家の家臣を務めており、先々代が長年の功績で子爵位を賜った。
 エレオノールの父であるベルトラ子爵は、新興貴族やブルジョワと同じように南部地方で小さな事業をしているはず。
 そこが、私の中で少し引っかかっていた。
「……エレオノールお嬢様。ごきげんよう、お久しぶりですわね」
 椅子から立って、私はにっこりと微笑んだ。
 元婚約者を寝取った女とは言え、表面上は昔からの友人ということになっている。
 平然と挨拶ができなければ、礼節に反するというもの。
 しかも、相手は私が寝取られた事実を知らないと思っているのだから、優しい嘘はついて然るべきである。
「ごきげんよう。いかがですの? 王都での生活は」
「すべてが順調ですわ」
 その答えを聞いて、彼女はわかりやすく意地悪な笑みを浮かべた。
「あら、それはよかったですわね! 風の噂では、ティールームの真似事をしていらっしゃるとか……」
 いやに、情報が早いじゃないか。
 警戒心を露わにする私に、エレオノールはこれ見よがしに左手の薬指の指輪を見せつけてきた。
 燭台の灯りに、黄金の台の上に載ったダイヤモンドがきらきらと輝く。
(……フィリップと婚約したってこと? 嫌味な女だわ)
 その暗黙のサインに、あえて気づかないふりをする。
「ところで、エレオノールお嬢様はなぜこちらに?」
「……ふふ。婚約者が招かれたので、パートナーとして参加いたしましたのよ。先日、彼が王都に転勤になりましたの」
 それを聞いて、背筋がゾクッとした。
 最悪だ……フィリップが王都にいるなんて!
 たしかにこのベルクロン王国の官僚には、転勤というものが付き物らしい。
 まだ文のやり取りをしていた頃、フィリップは王都で働くのが夢だと何度か書いて寄越してきた。
 それを読んだ私は、そういうことがあってもかなり先の話だと思っていたけれども、こんな風に働き始めて一年くらいで転勤とは早いような気がする。
 特別な才能でもあるのか、それとも何かコネを利用したのか……。
「その婚約者というのが、誰だか気になりませんこと?」
 もったいぶった口振りをされると、何だか腹立たしい。
 そう来たら、私ももったいぶって知らないフリでもしてやるか。
「……あら、わたくしが知っている殿方でいらっしゃいますの?」
「もちろんですわ……だって……」
 そうエレオノールが言いかけたところに、彼女の後ろに男性の姿が現れた。
「こんなところにいたのか、エレオノール!」
 その声……その姿かたちは、見間違えることはない。
 私の婚約者だった、フィリップ・グラストン侯爵令息である。
「あ……何で……、カタリナがここに……!」
 彼は私の顔を認めると、まるで亡霊を見つけた人のようにぶるぶると震え始めた。
(あらら、面白いじゃないの! もし、私がフィリップに想いを残していたら、すごい修羅場になるわよね)
 そんなことを思いながらも、私は元婚約者に微笑みかけた。
「あら、グラストン侯爵令息。ごきげんよう……エレオノールお嬢様から聞きましたわ。王都に転勤になったそうですわね、おめでとうございます」
 それを聞いて、エレオノールもフィリップも唖然としている。
 おそらく、私があまりにも平然としているからだろう。
「あ、あの……君とのことは、仕方がなかったんだ。あんな手紙だけで、申し訳なかったと思っているんだよ」
「……こんな場所でわざわざ謝っていただかなくても結構ですわ。ただ、できればこうした場所で話しかけていただかないほうが、お互いのためだと思いませんこと?」
 にっこりと正論を述べる私に、二人とも強張った表情をしている。
 そうするうちに、皿を手に持ったユーレック氏が戻ってきた。
 一人でぽつんとしていたら、エレオノールの思う壺だった。ここはイケメンといちゃついて私が元気だということを見せつけなければ。
「あーっ、リオネルさまぁ! こっちこっち!」
 ぱっと明るい笑顔で、ユーレック氏に私は手を振った。
 その場の状況が読めない様子で、ローテーブルに皿を置く。
 彼の両手が空くのを見て、私はギュッとしがみついた。
「あの……その男性は、いったい……?」
 怪訝そうな表情のフィリップに、私はきっぱり言い切った。
「恋人ですの。私たちデート中なので、お二人ともお引き取りくださらない?」

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