上 下
6 / 93

6 犯人はお前か!(2)

しおりを挟む

「あら? エレオノールお嬢様は、わたくしのお菓子を褒めてくださっているのよ。何も問題はございませんわ」
 平然とお茶を飲む私を見て、なぜかエレオノールは悔しそうな表情をした。
「……そうですわ。カタリナお嬢様はとても才能がおありになるから、殿方に頼らなくても強く生きていけますわよ」
「……?」
 エレオノールが、何を意図してそんな発言をしてくるのかわからない。
 だって、私とフィリップが婚約解消したというニュースは、彼女たちだって知っているはず。
 その証拠に、度重なる彼女の失言に、他の令嬢たちの表情は凍りついている。
「そ……それ以上、おっしゃってはだめですわ。エレオノールお嬢様!」
「あら、なぜかしら?」
 慌てて制止してくる令嬢たちを、エレオノールは驚いたように見回した。
「わたくし、カタリナお嬢様がフィリップ様との件を引きずっていらっしゃらないようで、本当に感謝していますわ」
 それを聞いて、私は片眉を上げた。
 エレオノールはフィリップと顔見知りかもしれないが、彼を名前で呼ぶほど親しくはなかった気がする。
 ――しかし、それは一年前までの話。彼がベルンに行く前はそうだったとしても、その後に何があったのか私が知る由もない。
「……なぜだか、伺ってもよろしくて?」
 その問いに、エレオノールは勝ち誇ったように微笑んだ。
「しばらくの間、南部の社交界でお会いすることもないから、教えて差し上げるわ。わたくしとフィリップ様は……」
「あぁーっ! エレオノールお嬢様は、夢を見ていらっしゃるのよ!」
「そうよ、そうよ! 妄想の世界に行ってしまわれているから、わたくしたちがお嬢様の頭を冷やしてきますわ!」
 二人の令嬢に両脇をがっしりとかためられて、エレオノールは庭園のほうへ連れ去られていく。
 エルフィネス伯爵邸の庭は広大である。かくれんぼをするには格好の場所だ。
 しかし、私が王都にしばらく行ってしまうというのに、それ以外の三人でコソコソしているところを見ていい気分がするわけがない。
「……何なの? あれは……」
 ティーカップをソーサーに置いて、近くに控えていたマドレーヌの顔を問いかけるように見上げた。
「カタリナお嬢様、わたくしが偵察をして参りましょうか?」
「あら、気が利くのね」
 こちらの意図を察して、率先して動こうとしてくれる面は本当に助かる。
「その代わり、チップを……」
 手を出してくるマドレーヌに、私は苦笑いした。
「わかったわ、後でね! その代わり、いい情報持ってきてちょうだいよ!」
「はいっ、今すぐに」
 彼女の後姿を見送って、しばし私は穏やかなティータイムを楽しんだ。

 ――が、私が平常心でいられたのはマドレーヌの話を聞くまでのことだった。
「……お、お嬢様! 大変でございますっ!」
 息せき切って駆けてきたマドレーヌは、私の耳元で偵察結果を報告してきた。
「どうやら……エレオノール嬢が、犯人のようです」
「犯人? どういうこと?」
「……カタリナお嬢様とフィリップ様の婚約破棄の件でございます!」
 たしかに、さっきのエレオノールの雰囲気からして、それはありうるかも……とは思っていた。
 ただ、彼女と私は前々からの仲良しだったから、必死でその疑いを打ち消してきたのに。
(……もしかして、ネトラレってやつ?)
 だとしたら、たしかにエレオノールは犯人である。
「令嬢たちの話によると、エレオノール嬢のお腹の中にはフィリップ様のお子がいらっしゃるそうで……それを知ったベルトラ子爵がグラストン侯爵家に怒鳴り込んだそうですよ!」
「……それで、フィリップ様は私との婚約破棄をして、彼女と結婚を?」
 衝撃の事実を聞いても、私はそこまで動じることはなかった。
 色恋沙汰というのは、恋愛感情があるからこそ発生するもの。私にはフィリップへの執着はまるでない。
 むしろ、友人を裏切ってまで恋を取るエレオノールが羨ましい気がする。
「その方向で話が進んでいるようでございます。ただ、カタリナお嬢様が南部にいらっしゃるうちは、話を公にはできないようで……」
「うーん、その話はもう少し前に知りたかったわね」
「え?」
 マドレーヌの怪訝そうな表情を眺めながら、私はうっすらと微笑んだ。
「だって、それを先に聞いていたら、慰謝料をもっと請求できたでしょう?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

婚約破棄されたうえ何者かに誘拐されたのですが、人違いだったようです。しかも、その先では意外な展開が待っていて……!?

四季
恋愛
王子オーウェン・ディル・ブリッジから婚約破棄を告げられたアイリーン・コレストは、城から出て帰宅していたところ何者かに連れ去られた。 次に目覚めた時、彼女は牢にいたのだが、誘拐されたのはオーウェンの妹と間違われたからだったようで……?

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

聖獣がなつくのは私だけですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
3姉妹の3女であるエリッサは、生まれた時から不吉な存在だというレッテルを張られ、家族はもちろん周囲の人々からも冷たい扱いを受けていた。そんなある日の事、エリッサが消えることが自分たちの幸せにつながると信じてやまない彼女の家族は、エリッサに強引に家出を強いる形で、自分たちの手を汚すことなく彼女を追い出すことに成功する。…行く当てのないエリッサは死さえ覚悟し、誰も立ち入らない荒れ果てた大地に足を踏み入れる。死神に出会うことを覚悟していたエリッサだったものの、そんな彼女の前に現れたのは、絶大な力をその身に宿す聖獣だった…!

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

処理中です...