3 / 93
3 田舎脱出計画の第一歩!(1)
しおりを挟む「ああぁ……お父様、お母様! カタリナは悲しいです。あの優しかったフィリップ様がこんなにあっさりとわたくしをお捨てになるとは……!」
エルフェネス伯爵夫妻の前でさめざめと涙を流す私――手にしたハンカチには、切った玉葱が仕込んであるので泣かずにはいられない。
侍女のマドレーヌは、隣で私の演技にもらい泣きをするフリをしている。
「おかわいそうなカタリナお嬢様! あんなにも、婚礼の日を待ちわびていましたのに……」
「うぅ……この前のお茶会では、婚礼衣装のデザインができあがったことを皆様にご報告したばかり。恥ずかしくて、もうこの南部地方の社交界に顔を出すことはできませんわ……!」
私たちの迫真の演技を見て、エルフェネス夫妻は顔を見合わせた。
「……かわいそうにねぇ、カタリナ……でも、きっとグラストン侯爵令息よりもいい人が現れるはずよ?」
伯爵夫人はそう優しく言って、私の肩をそっと抱き寄せる。
「でも、お母様……わたくしは、フィリップ様を愛していたのですわ」
もちろん、これも大嘘。
ただ、愛と言う言葉はどの時代にも素敵なスパイスになる。だからこそ、前はぜんぜん口にもしていなかった侯爵令息への愛を何度も口にした。
「うーむ……そうか。お前がそこまで、あの男を気に入っていたとはな……」
エルフィネス伯爵は困ったように、顎髭を抓んだ。
「本当よね、あなた。今まで令息のほうが一方的にカタリナに熱を上げているのだとばかり思っていたわ」
夫人の言葉に、思わずギクッとする。
そりゃあ、前世で恋愛の「れ」の字もなかった私だ。相手がどんなに白馬の王子様のような美形でも、すぐに恋に落ちるわけがない。
ただ、令息とデートすると一つだけいいことがあった。
それは、私がお菓子好きだと知っている彼が、新しくできたパティスリーから色々なケーキを取り寄せて食べさせてくれたこと。
それらを見て、この世界のケーキ事情を少しは学ぶことができた。
要は、花より団子というやつである。私にとってのフィリップはその程度の存在だったが、今は交渉手段として大いに彼への愛を語ろうではないか。
「まあ、お母様! 彼がベルンに行ってからというもの、私は彼のことを想わない日は一日もありませんでしたわ」
「そうだったの……あなたも、わざと平気なふりをしていたのね。不憫な子!」
同情した様子で、夫人は眉をハの字に下げる。
「本当ですわ。周りの令嬢は、フィリップと婚約中の私をみんな羨ましがっていたというのに……これから、私は愛した男性に裏切られた哀れな娘と言われ続けるのですわね……」
一同、無言になってしまう。
そんな中で、場を和ませようと夫人が努めて明るい笑顔を見せてきた。
「大丈夫よ、カタリナ。しばらくは気が晴れないかもしれないけれど、パーティーに出れば他にも素敵な男性がたくさんいるのよ? あなたは美しいから、令息と婚約する前は色々な男性からエスコートしたいっていうお手紙をいただいていたじゃない!」
たしかに、私はモテないわけではない……むしろ、この地方では一、二を争う美人と言われている。
金色の長い髪に、白い肌、淡いブルーの瞳。体形だって細身でありながら、胸はあって腰は括れている。
要は、前世の自分が見たら羨ましくて仕方がないルックスに恵まれているわけだ。
しかし、いま欲しいのはイケメン男子たちの熱い視線ではない。フィリップから入る五万ゴールドの慰謝料……そして、それを使ってカフェ経営をする準備の時間である。
私は首を横に振って、伯爵夫人の提案を却下した。
「……いいえ、お母様。今はどなたのエスコートもお受けする気はございませんわ。むしろ、パーティーさえも参加するのがつらいくらいですもの」
「おお、カタリナ……あなた、本当に心を痛めているのね」
夫人の嘆きに、私は頷いた。
「一度、婚約破棄された娘でございます。社交界で後ろ指を指されるくらいであれば、いっそのこと修道院にでも入って神の花嫁として一生を過ごしたいと思っておりますわ」
「修道院だって……!? それはだめだっ!」
それまで黙り込んで私たちのやり取りを聞いていたエルフェネス伯爵が、慌てて口を挟んでくる。
82
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
婚約解消したのに嫌な予感がします。……もう振り回されませんよね?
Mayoi
恋愛
結婚式の日も迫ってきているというのに、クライヴは自分探しのために旅に出るとコンスタンスに告げた。
婚約関係を解消し全てを白紙撤回し自分を見つめ直したいという。
コンスタンスは呆れ婚約解消に同意した。
これで関係は終わったはずなのに、コンスタンスは一抹の不安が残っていた。
王太子殿下が浮気をしているようです、それでしたらわたくしも好きにさせていただきますわね。
村上かおり
恋愛
アデリア・カーティス伯爵令嬢はペイジア王国の王太子殿下の婚約者である。しかしどうやら王太子殿下とは上手くはいっていなかった。それもそのはずアデリアは転生者で、まだ年若い王太子殿下に恋慕のれの字も覚えなかったのだ。これでは上手くいくものも上手くいかない。
しかし幼い頃から領地で色々とやらかしたアデリアの名は王都でも広く知れ渡っており、領を富ませたその実力を国王陛下に認められ、王太子殿下の婚約者に選ばれてしまったのだ。
そのうえ、属性もスキルも王太子殿下よりも上となれば、王太子殿下も面白くはない。ほぼ最初からアデリアは拒絶されていた。
そして月日は流れ、王太子殿下が浮気している現場にアデリアは行きあたってしまった。
基本、主人公はお気楽です。設定も甘いかも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる