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3 田舎脱出計画の第一歩!(1)

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「ああぁ……お父様、お母様! カタリナは悲しいです。あの優しかったフィリップ様がこんなにあっさりとわたくしをお捨てになるとは……!」
 エルフェネス伯爵夫妻の前でさめざめと涙を流す私――手にしたハンカチには、切った玉葱が仕込んであるので泣かずにはいられない。
 侍女のマドレーヌは、隣で私の演技にもらい泣きをするフリをしている。
「おかわいそうなカタリナお嬢様! あんなにも、婚礼の日を待ちわびていましたのに……」
「うぅ……この前のお茶会では、婚礼衣装のデザインができあがったことを皆様にご報告したばかり。恥ずかしくて、もうこの南部地方の社交界に顔を出すことはできませんわ……!」
 私たちの迫真の演技を見て、エルフェネス夫妻は顔を見合わせた。
「……かわいそうにねぇ、カタリナ……でも、きっとグラストン侯爵令息よりもいい人が現れるはずよ?」
 伯爵夫人はそう優しく言って、私の肩をそっと抱き寄せる。
「でも、お母様……わたくしは、フィリップ様を愛していたのですわ」
 もちろん、これも大嘘。
 ただ、愛と言う言葉はどの時代にも素敵なスパイスになる。だからこそ、前はぜんぜん口にもしていなかった侯爵令息への愛を何度も口にした。
「うーむ……そうか。お前がそこまで、あの男を気に入っていたとはな……」
 エルフィネス伯爵は困ったように、顎髭を抓んだ。
「本当よね、あなた。今まで令息のほうが一方的にカタリナに熱を上げているのだとばかり思っていたわ」
 夫人の言葉に、思わずギクッとする。
 そりゃあ、前世で恋愛の「れ」の字もなかった私だ。相手がどんなに白馬の王子様のような美形でも、すぐに恋に落ちるわけがない。
 ただ、令息とデートすると一つだけいいことがあった。
 それは、私がお菓子好きだと知っている彼が、新しくできたパティスリーから色々なケーキを取り寄せて食べさせてくれたこと。
 それらを見て、この世界のケーキ事情を少しは学ぶことができた。
 要は、花より団子というやつである。私にとってのフィリップはその程度の存在だったが、今は交渉手段として大いに彼への愛を語ろうではないか。
「まあ、お母様! 彼がベルンに行ってからというもの、私は彼のことを想わない日は一日もありませんでしたわ」
「そうだったの……あなたも、わざと平気なふりをしていたのね。不憫な子!」
 同情した様子で、夫人は眉をハの字に下げる。
「本当ですわ。周りの令嬢は、フィリップと婚約中の私をみんな羨ましがっていたというのに……これから、私は愛した男性に裏切られた哀れな娘と言われ続けるのですわね……」
 一同、無言になってしまう。
 そんな中で、場を和ませようと夫人が努めて明るい笑顔を見せてきた。
「大丈夫よ、カタリナ。しばらくは気が晴れないかもしれないけれど、パーティーに出れば他にも素敵な男性がたくさんいるのよ? あなたは美しいから、令息と婚約する前は色々な男性からエスコートしたいっていうお手紙をいただいていたじゃない!」
 たしかに、私はモテないわけではない……むしろ、この地方では一、二を争う美人と言われている。
 金色の長い髪に、白い肌、淡いブルーの瞳。体形だって細身でありながら、胸はあって腰は括れている。
 要は、前世の自分が見たら羨ましくて仕方がないルックスに恵まれているわけだ。
 しかし、いま欲しいのはイケメン男子たちの熱い視線ではない。フィリップから入る五万ゴールドの慰謝料……そして、それを使ってカフェ経営をする準備の時間である。
 私は首を横に振って、伯爵夫人の提案を却下した。
「……いいえ、お母様。今はどなたのエスコートもお受けする気はございませんわ。むしろ、パーティーさえも参加するのがつらいくらいですもの」
「おお、カタリナ……あなた、本当に心を痛めているのね」
 夫人の嘆きに、私は頷いた。
「一度、婚約破棄された娘でございます。社交界で後ろ指を指されるくらいであれば、いっそのこと修道院にでも入って神の花嫁として一生を過ごしたいと思っておりますわ」
「修道院だって……!? それはだめだっ!」
 それまで黙り込んで私たちのやり取りを聞いていたエルフェネス伯爵が、慌てて口を挟んでくる。
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