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第三話

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 部屋に戻っても、冷やかし、からかい、妬みの声からは逃げられない。さっきまで、ドア越しに「会長様を誑かした泥棒猫ッ」という甲高い罵り声が聞こえていた。気にしないように、気にしないようにと頭の中で唱え、横になってただひたすら声がやむのを待つ。いつの間にかそいつは去ったようで、安心すると眠気がやってきた。眠ったら、全部なかったことになればいいのに。夢との瀬戸際でぼうっと考える。そして、眠りに落ちようとしたその時。肩を叩かれ、飛び起きる。振り返ると、満面の笑みを浮かべるジュリと、会長が居た。なぜ鍵をしていたのに部屋に二人がいるんだ。
「な、何で勝手に入ってきてるんですか」
「王子が居留守なんて使うからだろ!だからタマちゃんに頼んで開けてもらったんだ!」
タマちゃんって…”瑞光”のタマちゃんか。なんて恐れ知らずなやつなんだ。会長がカードキーをひらりと取り出す。
「会長権限でな、マスターキーが与えられているんだ」
「こんな勝手に入ってくるなんて…」
「オレが頼んだんだ!王子に会いたかったのに、他のやつらにつかまってばっかで、相手してくんないから!」
一体誰のせいで他のやつらにつかまっていると思っているんだ。会長は我が物顔で俺のイスに座り、ジュリを呼び寄せる。ジュリも素直に従い、会長の膝に座る。「可哀そうにな」とジュリのもじゃもじゃの頭を撫でる会長。手なずけられた猫のようにぴっとりと会長にくっつくジュリ。悪夢のような絵面だ。
「会いたいって泣いてたな」
「もーそれ言うなよっ!」
顔を赤らめて、恥ずかしがっている表情を隠すように会長の胸に顔をうずめるジュリに、血液が冷えていくのを感じる。ジュリは話が通じないし、会長は面白半分にジュリを焚きつけるし、最悪だ。
「あんたたちが俺のことを、その……好いているとか何とか。その噂のせいで、あれこれ言われて……本当に参っているんです」
「噂じゃない。俺が王子を好きなのは本当だ!」
「大体その王子ってのも、恥ずかしいし、やめてくれよ」
「じゃ、じゃあ……イツキ?へへ、なんか照れるな」
ジュリが、ベッドに腰掛ける俺を目掛けて飛び込んでくる。急な重さに耐えきれず、上半身は後ろに倒れ、半ば押し倒されたような形になる。会長が他人事のように、「積極的だな」と冷やかす。ジュリはその声が耳に入っていないかのように、まっすぐ見つめてくる。やっぱり奇麗な目だ。圧倒されている間にも、顔が近づいていく。ぶつかる、と思った瞬間、横に逸れて頬に口付けが落とされた。
「ーーー痛ッ!」
反射的に、ジュリを押しやっていた。ジュリの身体はベッドから床に落ち、尻もちをつく。
「振られてしまったか、可哀そうに」
面白半分に冷やかす会長。どうせこの人は俺のことをおもちゃとしか思っていないんだ。
「…………非常識では、ないですか」
「はは、君は分かっていないようだ。言っておくが、ここでは俺が常識だ。誰が社会を作るのか、もっと考えるといい」
それは、この学園に来てからひしひしと実感していたことだ。自分と他の生徒ではあまりにも生きてきた世界が違いすぎる。会長なんかは雲の上の存在だ。そんな奴らにつけこまれないように、貶められないように、これまでボロを出さず穏便に生活をしてきたというのに。
「そんなことでは社交界で生きていけないぞ。東西家も君みたいなやつを跡取りに考えているなんて、終わったも同然だな」
「タマちゃん、言い過ぎだぞ!」
「悪い、ついこいつのことが心配でな」
会長は、悠然と椅子から立ち上がり、俺の方へと歩み寄る。身体が、金縛りにあったように動けない。片膝をベッドについて身を寄せ、顎をくいと持ち上げられる。
「君みたいなのがこの学園でどう生きていけばいいか教えてやろう」
嫌な予感がして、反射的に逃げようとするが、肩を上から押さえつけられ身動きが取れない。瞬間、唇が触れ合う。無抵抗な唇に、生暖かい舌が躊躇なく侵入してくる。舌と舌が絡まり合う。気持ち悪い。目じりに、生理的な涙が溢れる。
「……んっ」
反射的に、甘い息が鼻から抜ける。恥ずかしさに必死に抵抗するが、抵抗すればするほどキスは激しくなっていく。
「…っ、ふぅ……ん」
初めて感じる熱に、頭がぼうっとしてくる。初めて覚える快楽に身を任せてしまいそうになった時。
「イツキ、気持ちよさそうだな!」
ジュリの、混じりけのない純粋な言葉に、我を取り戻した。目いっぱいの力で、会長を押しのける。会長は何てことのないように、身を退けた。
「おいッ、ふざけんじゃねえぞ!」
「気持ちよかったんだろ?なら和姦だろう」
会長にこんな口のきき方をして、無事でいられるわけがない。だというのに、会長は余裕の表情を崩さずに笑っている。
「朱璃、どうやらイツキはキスが好きなようだ。ジュリもしてやるといいんじゃないか」
「冗談じゃないッ!」
「恥ずかしがらなくていいんだぞ、イツキ。気持ちいことはいいことだ!」
やっぱりこいつら、話が通じない!これ以上この場にいては貞操の危機を感じる。こちらに近づこうとするジュリを押しのけるようにして、部屋を出る。羞恥と怒りで真っ赤になる顔を隠しながら、どこへともなく逃げる。

「なぁ!待って、待ってってば!」
後ろから追いかけてくるマリモ頭。俺も足は速い方だが、こいつもなかなかすばしっこい。会長は追いかけては来ないだけまだマシだけど。
「しつこい!」
「なんでそんなこと言うんだ!悲しいだろ!俺は王子と仲良くしたいだけなのに!」
走りながらも息を乱すことなく喋るジュリ。肺活量がバケモノなのか。
階段を一足飛びに駆け上がり3階へ。後ろを振り返ると、ジュリが満面の笑みで走っている。そのさまは実家の犬に似ていた。別に追いかけっこをして遊んでやってるわけじゃないんだけどな!
突き当たりまで走り切り、ちょうど来たエレベーターに飛び乗る。これで撒けたか……と思ったが、開いたドアから出ると同時に、視界にジュリの影が見える。
「王子!王子は足も早いんだな!」

捕まる、と思った瞬間──すぐ横にある部屋のドアが開き、身体を引き込まれた。
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