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34.いよいよクライマックス。次で勝敗が決まる?!

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静まり返った室内で執事の息を呑む音とペーパーナイフで封筒を開く音、そしてゆっくり紙を開く音すらクリアに聞こえる。
緊張しているのはエアルだけではない。
その様子を押し黙って見つめるクラヴィスの視線はもっと冷たい。

「延期になっていた皇太子夫妻の訪問ですが、改めて日程を調整したいとの事。…如何なされますか?」

普段は温和な表情しか見せない執事が眉間に皺を寄せたまま剣呑な表情を浮かべ、それを繕う事なく手紙をクラヴィスに渡して来た。
受け取ったクラヴィスもさらに不快な顔をしているので、少々はしたないが横から手紙を盗み見た。

差出人はメイン攻略者の王子。
うわ、めっちゃぎっしりと書かれてるじゃん。
これ全部箸折ったんかい!!
災害の事から化粧品事業の事まで、色々耳に入ってるってことね。
めんどくさ、別にこいつの関心を引くためにやってる訳じゃないつーの。
あ、メインは宰相降りた事への恨み節か。
積もる話もあるから訪問したいと。
勝手にどっかで会うかラヴィ呼ぶかどっちかにしてくれよ。

"アリアが寂しがっている"

その文面を見つけた時、背筋が凍る感覚に襲われた。
…コイツは何を言い腐ってるんだ?

沸々と湧いて出る怒りを抑え込むようにキュッと唇を結んで耐えていると数分後、ぐしゃりと紙を握りつぶした音がしてラヴィの方を振り返ると無言無表情ではあるものの、とても冷め切った瞳のクラヴィスが感情を押し殺したようにただ静かに静寂を保っていた。
それが余計に彼の表情が読めなくてエアルは不安になる。

「…ラヴィ、大丈夫?」
「あ、ああ。悪いね。心配させたかな?…あまりに不快な内容だったから、どうしたものかと思ってね」
「…ぷはっ、不快って!仮にも皇太子からの手紙ですよ?それに貴方の友人でしょう?」
ゲラゲラと笑うエアルの笑い声に冷たい空気も一瞬で溶けていき、執事すらもいつもの穏やかな表情に戻っていた。

「このゴミは処分しておいてくれ」
「かしこまりました」
「ええ?!ゴミて?!」
「なんの利益にもならない紙切れはゴミでしかないね。訪問は君が身重だし断る返事くらいは書くけれど」
「…いいんじゃないですか?別に来て貰えば。妻が身重でお構いも出来ませんがって返せばよいのです」
「…奥様、それは…」
「いいね、それで来るようなら2人ともただの馬鹿だよ」

この国では子を成すと言うことはとても重要かつ神聖な祭事とされており、出産に関する安産祈願のようなイベントが目白押しなのだ。
神殿から司祭などが祈祷に来たり、安産を祈願して子のために初めて着る産着を母親作ったり…安静でいる事は前提としているが、それなりにやる事が多くハードなのだ。
そのため、貴族は公のイベントも免除されるし親族以外の来訪は控えるのがマナーで、そのマナーを破るのは最も禁忌とされている程であった。

「ええ、ですからお好きなようにさせればよいのです。どう選ぶかは彼らの意思にお任せしましょう」
「そうだな、母上にもその旨、お伝えしておこう」

手紙を書くためにクラヴィスは再び執務用の重厚感たっぷりな椅子へ腰掛けて筆を取る。
書き物をしてるクラヴィスも相変わらず美しいと見惚れながら、少しでも彼がリラックスできるようにハーブティーを淹れて左利きの彼の邪魔にならないように右側の隅にカップとソーサーを置いた。


クラヴィスが返事を書いてから一週間も経たないうちに訪問の日程が書かれた封書が王宮から届いた。

彼らが愚かでない事を少しは期待していたクラヴィスではあったが、完全に呆れた表情を浮かべていた。
「貴方は一度内側に入れた人間に甘すぎるのよ」
とお義母様に叱責されていたが吹っ切れたのか、例の件、お願いしますね。と怪しげな笑みを浮かべて何かを暗躍しているようだったが敢えてここは口を挟まない事にする。
エアルの知らないところで動いてる事柄は聞いても教えてくれないのはわかっているからだ。
「それはそうとエアルちゃん、ドレスのお直しとクラヴィスの服の準備は進み具合はどうかしら?手伝うことはある?」
「いえ…そこは大丈夫なんですが本当にアレでいいんですか?」
「当たり前じゃないあれくらいやらなくっちゃ!」
「…お義母様とラヴィを信じますわ」

蠢く暗躍の中で準備は着実に勧められた。
訪問日の当日、最終確認としてエントランスのチェックをしていたエアルは歓迎用として飾られた花は今が時期のボリュームのある大輪で、アプリコットやピンク、黄色が複雑に混ざり合うバラではなく、ピオニーやクロッカスなどエアルの髪色でもある紫を中心とした花で彩られていた事に疑問を感じていた。

紫の花の意味ってあんまりいいものじゃなかったはずなんだけど…、選んだのが義母とラヴィなので何も言えない。

最終、綺麗だからいっか、ということで軽くスルーした。

「エアル、準備終わっていたのか?」
「…あら、ラヴィ。やはり素敵ですわね。男性でここまでこの色が似合うのは貴方ぐらいですね」

前回の薔薇で染めたエアルのドレスに合わせて、クラヴィスはくすみ系のブルーピンクの上下のセットアップに深いグリーンのネクタイにアメジストのタイピンで華やかな装いだ。
エアルのエメラルドのネックレスと対になるデザインだ。

マタニティ用に胸の下あたりで切り返しを入れるために巻いたリボンはクラヴィスの髪色を思わせるような薔薇の赤色で、ベルベット素材で出来ているためとても高級感のあるリボンだ。
おまけに蕾のように緩やかなカーブを描いて花びらのように重なるオーガンジーはとてもエアルによく似合っていた。

「君もそのドレス似合っているよ。以前のものもとても良かったけれど今回のは特に…俺の色をたくさん取り入れてくれた事が嬉しい」
「ラヴィもアクセサリーに私の色を取り入れて下さってるじゃないですか。タイピンのアメジストは私の髪の色で、リボンとカフスは私の瞳の色のペリドットでしょう?」
「君は嬉しくない?」
「嬉しいですけれども…」
「俺も。…俺の色が君をさらに美しく引き立ててくれている事がとても嬉しいよ」
腰を引き寄せて額にチュと音を立ててキスをするクラヴィスに何とも言えない表情でいると皇太子御一行の訪問を知らせる鐘が鳴った。
エアルの腰をしっかりと抱いたまま彼らを出迎えられるよう扉へ視線を向ける。


─────…あの扉が開かれればいよいよ最終決戦が幕を開けるのだ。

そんな思いでエアルはキュッと唇を結んだ。






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