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2章 スティルド王国編
第73話 誘拐
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静華を狙って走ってきた敵には、エアリスが割り込む。
エアリスもマナさえあれば、精霊術を使うことができる。
エアリスは右手に剣を《創造》し、静華の前で立ち塞がる。
湯水の如く琉海から送られてくるマナを大量に消費し、身体強化を施した。
「エアリス!?」
飛び出してきたエアリスに驚く、静華。
「シズカは下がっていいわ。後は私に任せて」
エアリスは華麗な剣捌きで相手の持つ武器をいなし、カウンターで敵を斬りつける。
深めに脇腹を斬ったのだが、血を流しながらも、襲い掛かってくる。
「息の根を止めないとダメね」
エアリスは動きの速度を一段上げた。
振り回す武器を躱し、わずかな隙を逃さず、一閃。
相手が気づいたときには首が落ちる。
返り血は一切浴びず一人を倒した。
だが、休む暇を与えることなく、他三人が襲い掛かってくる。
三人が同時に剣を振り下ろすも空を切るだけだった。
エアリスは動きづらそうな黒のドレスを翻して舞う。
その動きはまるで演舞。
エアリスは幾多の斬撃を躱し三人を倒す。
華麗で凄惨な剣捌きに他の敵たちは近づくのをためらう。
その光景を琉海は視界の端で捉えていた。
人間の思考が残っているせいか、直情的に動いて来ないようだ。
魔物なら多少の恐怖でも、見境なく突進してきているだろう。
男たちは唸り声をあげているが、慎重に隙を狙っているように見える。
このまま硬直状態が続くのかと思った瞬間――
「きゃッ!?」
馬車の中から悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえたほうへ振り向くアンジュ。
「ティニア様っ!」
アンジュがティニアに何かあったのかもしれないと考え、馬車に向かおうとする。
すると、馬車の天井を突き破って一人の男が少女を肩に抱えて飛び出した。
抱えられているのは、ティニアだ。
ティニアは暴れて離れようとしているみたいだが、男は微動だにしない。
あの男も魔薬で一時的にパワーアップしているのだろう。
「逃がしません!」
メイリが馬車から出て、ナイフを投げる。
しかし、刃の部分を指で挟んで受け止められた。
馬車の天井に立つ男は一瞬、琉海の方に視線を向けてから、琉海達のいる逆方向へ跳躍。
飛距離も普通の人間ではありえない距離を飛び、難なく着地した。
人を一人抱えているとは思えない身軽さで駆け出す。
(さすがに公爵令嬢が誘拐されたなんてことになったら面倒どころの話じゃないな)
「ティニア様を抱えて……ッ!? 逃がすか!」
アンジュが男を追おうとするが、琉海が肩を掴んで止めた。
「私が行きます」
「止めるな! 早くしないとティニア様が……」
突然の誘拐でアンジュは冷静な判断ができていないようだ。
おそらく、アンジュではあの男に追いつくことはできない。
魔法の身体強化では、どうがんばっても無理だ。
今もどんどん離れてもうすぐ見えなくなる。
「邪魔をする――」
アンジュが最後まで言う前に、背後に立つメイリの手刀がアンジュの意識を失わせた。
「申し訳ございません。あの速さに追いつけるほど、私たちの強化魔法の練度は高くありません。ルイ様のお力をお借りしてもよろしいでしょうか」
メイリは状況を正確に把握して、冷静を保っているようだ。
「はい。任せてください。エアリス、ここは頼んだ。魔力は気にしなくていいから」
「ええ、こっちは心配しなくていいわよ」
エアリスの返事を聞き、琉海は刀を粒子に戻し駆け出した。
琉海の立っていた場所には、小さなクレーターができる。
馬車が通れるほどの道をまっすぐ走る。
空中に滞留している自然力を視れば、琉海の後方と前方に川のような流れができているのがわかる。
前方に視える流れを辿れば、ティニアを攫った男に辿りつくだろう。
足に力を入れ、さらにスピードを上げる。
次第に男の背中が見えてきた。
一気に踏み込み、圧倒的速さで敵の前に飛び出す。
足で地面にブレーキをかけると、足元にわだちができる。
いきなり眼前に出現した琉海に男は足を止めた。
「え? なに?」
ティニアは状況を掴めず、不安な声を出す。
ティニアを後ろ向きで抱え、もう片方には剣を握っているフードの男。
琉海も《創造》で刀を作り出す。
「その女性を離してもらえませんか?」
切っ先を向けて言う琉海。
「その声はルイ様ですか?」
知っている声が聞こえ、安心したのかティニアの声が幾分か明るくなる。
「はい。いま助けるので、少々お待ちください」
琉海が不安を与えないように優しく伝える。
「は、はい」
琉海からは顔が見えなったが、ティニアの顔は赤くなっていた。
ティニアが返答をしたことで、生きていることは確定した。
あとは、言葉が通じて離してもらえれば、かなりやりやすかったのだが、男は唸り声を出すだけで返答はしない。
「やっぱり、言葉は通じないか。仕方ない」
琉海はそう言った瞬間、男との距離を刀の間合いに詰める。
男から見て右側に現れた琉海。
ティニアのいるほうからの攻撃を避けた形だ。
魔法を扱えても、琉海の動きを捉えていられる人間は少ないだろう。
しかし、男は琉海を目で追っていた。
「見えているのか」
動きを追えていることに驚く琉海。
だが――
だからといって、攻撃を緩める気はなかった。
「まず、その武器を手放してもらう」
琉海は男の右手に刀を振るう。
目で追うことはできていても、体は動かないのか、肩口から右腕が切断された。
「ぐッ!?」
武器と一緒に右腕を失った男。
ティニアを抱えていては無理と判断したのか、ティニアの服を掴んで横に投げ飛ばした。
「ひゃッ!?」
琉海はすぐさま動き、回り込んでティニアを両腕で抱え込んでキャッチした。
琉海がティニアを優先したことによって、男に逃げる隙を与えてしまった。
男は脇目も振らず逃げようとするかに思えたが、思考が停止したかのように動きを止めて倒れた。
琉海は先手を打っていたのだ。
ティニアをキャッチする前に短剣を《創造》し、男の頭に目掛けて放っていた。
頭を撃ち抜かれた男になす術はなく地面に伏した。
「大丈夫ですか?」
琉海はお姫様抱っこをしたままティニアに聞く。
「だ、大丈夫です」
琉海の顔が近くてティニアの顔が赤くなる。
「良かったです。では、戻りましょうか」
「は、はい」
ティニアは琉海を直視できず、俯きながら頷いた。
琉海によって倒された男は、魔物と同じように灰となって消えた。
魔薬の濃度が低くても、人間よりか魔物に近い存在だったようだ。
ティニアは俯いていたので、それを見ることはなかった。
琉海がエアリスたちの元へ戻ろうとすると――
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
王宮のほうで花火のような音が聞こえてきた。
その音を聞いて、ティニアが突然顔を上げた。
「この音……」
「どうかしたんですか?」
剣呑な雰囲気を醸し出すティニアに琉海は聞く。
琉海は内心また面倒事かと思っていたが――
「ルイ様の決勝戦って何試合目でしたか」
突拍子もないことを聞かれて、答えるのに少し遅れた。
「えっと、確か一試合目でしたね」
「…………ッ!」
琉海の言葉に青ざめるティニア。
質問の意図とその表情でなんとなくだが、今の音が何を表すのか琉海は察してしまう。
「もしかすると、あの音は試合の合図だったりします?」
「例年通りですと、各予選の決勝戦が始まる前に魔法による花火が打ち上げられるので……」
「つまり、もう時間がないということですか」
「幾ばくも無いかと思われます……」
ティニアの声は尻すぼみになってしまう。
自分を助けたせいで、予選決勝に間に合うことができなかったとティニアは思っていた。
ここからでは、道なりに走っても間に合う時間はないだろう。
ティニアが自分の愚かさに打ちひしがれていた。
「まだ、間に合うなら、大丈夫でしょう」
琉海の言葉が光のようにティニアの心を照らした。
「え……ほ、ほんとうですか?」
「そうですね。馬車に戻る時間は惜しいですし、ティニア様をここに置いていくのも不安なので、このまま会場へ向かうことを許していただければですが」
「えっと、それぐらいでしたら、構いませんよ」
「では、しっかり捕まっていてください」
琉海はそう言って、精霊術で身体強化をする。
ティニアも顔を赤くさせながらも琉海の首に手を回し、体をくっつけた。
自分の心臓の音が琉海に聞こえているのではないかと、チラッと琉海に視線を向けてみるティニア。
琉海は微笑みを浮かべ、「行きます」と言った瞬間――
琉海は風を置き去りにして駆け出した。
エアリスもマナさえあれば、精霊術を使うことができる。
エアリスは右手に剣を《創造》し、静華の前で立ち塞がる。
湯水の如く琉海から送られてくるマナを大量に消費し、身体強化を施した。
「エアリス!?」
飛び出してきたエアリスに驚く、静華。
「シズカは下がっていいわ。後は私に任せて」
エアリスは華麗な剣捌きで相手の持つ武器をいなし、カウンターで敵を斬りつける。
深めに脇腹を斬ったのだが、血を流しながらも、襲い掛かってくる。
「息の根を止めないとダメね」
エアリスは動きの速度を一段上げた。
振り回す武器を躱し、わずかな隙を逃さず、一閃。
相手が気づいたときには首が落ちる。
返り血は一切浴びず一人を倒した。
だが、休む暇を与えることなく、他三人が襲い掛かってくる。
三人が同時に剣を振り下ろすも空を切るだけだった。
エアリスは動きづらそうな黒のドレスを翻して舞う。
その動きはまるで演舞。
エアリスは幾多の斬撃を躱し三人を倒す。
華麗で凄惨な剣捌きに他の敵たちは近づくのをためらう。
その光景を琉海は視界の端で捉えていた。
人間の思考が残っているせいか、直情的に動いて来ないようだ。
魔物なら多少の恐怖でも、見境なく突進してきているだろう。
男たちは唸り声をあげているが、慎重に隙を狙っているように見える。
このまま硬直状態が続くのかと思った瞬間――
「きゃッ!?」
馬車の中から悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえたほうへ振り向くアンジュ。
「ティニア様っ!」
アンジュがティニアに何かあったのかもしれないと考え、馬車に向かおうとする。
すると、馬車の天井を突き破って一人の男が少女を肩に抱えて飛び出した。
抱えられているのは、ティニアだ。
ティニアは暴れて離れようとしているみたいだが、男は微動だにしない。
あの男も魔薬で一時的にパワーアップしているのだろう。
「逃がしません!」
メイリが馬車から出て、ナイフを投げる。
しかし、刃の部分を指で挟んで受け止められた。
馬車の天井に立つ男は一瞬、琉海の方に視線を向けてから、琉海達のいる逆方向へ跳躍。
飛距離も普通の人間ではありえない距離を飛び、難なく着地した。
人を一人抱えているとは思えない身軽さで駆け出す。
(さすがに公爵令嬢が誘拐されたなんてことになったら面倒どころの話じゃないな)
「ティニア様を抱えて……ッ!? 逃がすか!」
アンジュが男を追おうとするが、琉海が肩を掴んで止めた。
「私が行きます」
「止めるな! 早くしないとティニア様が……」
突然の誘拐でアンジュは冷静な判断ができていないようだ。
おそらく、アンジュではあの男に追いつくことはできない。
魔法の身体強化では、どうがんばっても無理だ。
今もどんどん離れてもうすぐ見えなくなる。
「邪魔をする――」
アンジュが最後まで言う前に、背後に立つメイリの手刀がアンジュの意識を失わせた。
「申し訳ございません。あの速さに追いつけるほど、私たちの強化魔法の練度は高くありません。ルイ様のお力をお借りしてもよろしいでしょうか」
メイリは状況を正確に把握して、冷静を保っているようだ。
「はい。任せてください。エアリス、ここは頼んだ。魔力は気にしなくていいから」
「ええ、こっちは心配しなくていいわよ」
エアリスの返事を聞き、琉海は刀を粒子に戻し駆け出した。
琉海の立っていた場所には、小さなクレーターができる。
馬車が通れるほどの道をまっすぐ走る。
空中に滞留している自然力を視れば、琉海の後方と前方に川のような流れができているのがわかる。
前方に視える流れを辿れば、ティニアを攫った男に辿りつくだろう。
足に力を入れ、さらにスピードを上げる。
次第に男の背中が見えてきた。
一気に踏み込み、圧倒的速さで敵の前に飛び出す。
足で地面にブレーキをかけると、足元にわだちができる。
いきなり眼前に出現した琉海に男は足を止めた。
「え? なに?」
ティニアは状況を掴めず、不安な声を出す。
ティニアを後ろ向きで抱え、もう片方には剣を握っているフードの男。
琉海も《創造》で刀を作り出す。
「その女性を離してもらえませんか?」
切っ先を向けて言う琉海。
「その声はルイ様ですか?」
知っている声が聞こえ、安心したのかティニアの声が幾分か明るくなる。
「はい。いま助けるので、少々お待ちください」
琉海が不安を与えないように優しく伝える。
「は、はい」
琉海からは顔が見えなったが、ティニアの顔は赤くなっていた。
ティニアが返答をしたことで、生きていることは確定した。
あとは、言葉が通じて離してもらえれば、かなりやりやすかったのだが、男は唸り声を出すだけで返答はしない。
「やっぱり、言葉は通じないか。仕方ない」
琉海はそう言った瞬間、男との距離を刀の間合いに詰める。
男から見て右側に現れた琉海。
ティニアのいるほうからの攻撃を避けた形だ。
魔法を扱えても、琉海の動きを捉えていられる人間は少ないだろう。
しかし、男は琉海を目で追っていた。
「見えているのか」
動きを追えていることに驚く琉海。
だが――
だからといって、攻撃を緩める気はなかった。
「まず、その武器を手放してもらう」
琉海は男の右手に刀を振るう。
目で追うことはできていても、体は動かないのか、肩口から右腕が切断された。
「ぐッ!?」
武器と一緒に右腕を失った男。
ティニアを抱えていては無理と判断したのか、ティニアの服を掴んで横に投げ飛ばした。
「ひゃッ!?」
琉海はすぐさま動き、回り込んでティニアを両腕で抱え込んでキャッチした。
琉海がティニアを優先したことによって、男に逃げる隙を与えてしまった。
男は脇目も振らず逃げようとするかに思えたが、思考が停止したかのように動きを止めて倒れた。
琉海は先手を打っていたのだ。
ティニアをキャッチする前に短剣を《創造》し、男の頭に目掛けて放っていた。
頭を撃ち抜かれた男になす術はなく地面に伏した。
「大丈夫ですか?」
琉海はお姫様抱っこをしたままティニアに聞く。
「だ、大丈夫です」
琉海の顔が近くてティニアの顔が赤くなる。
「良かったです。では、戻りましょうか」
「は、はい」
ティニアは琉海を直視できず、俯きながら頷いた。
琉海によって倒された男は、魔物と同じように灰となって消えた。
魔薬の濃度が低くても、人間よりか魔物に近い存在だったようだ。
ティニアは俯いていたので、それを見ることはなかった。
琉海がエアリスたちの元へ戻ろうとすると――
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
王宮のほうで花火のような音が聞こえてきた。
その音を聞いて、ティニアが突然顔を上げた。
「この音……」
「どうかしたんですか?」
剣呑な雰囲気を醸し出すティニアに琉海は聞く。
琉海は内心また面倒事かと思っていたが――
「ルイ様の決勝戦って何試合目でしたか」
突拍子もないことを聞かれて、答えるのに少し遅れた。
「えっと、確か一試合目でしたね」
「…………ッ!」
琉海の言葉に青ざめるティニア。
質問の意図とその表情でなんとなくだが、今の音が何を表すのか琉海は察してしまう。
「もしかすると、あの音は試合の合図だったりします?」
「例年通りですと、各予選の決勝戦が始まる前に魔法による花火が打ち上げられるので……」
「つまり、もう時間がないということですか」
「幾ばくも無いかと思われます……」
ティニアの声は尻すぼみになってしまう。
自分を助けたせいで、予選決勝に間に合うことができなかったとティニアは思っていた。
ここからでは、道なりに走っても間に合う時間はないだろう。
ティニアが自分の愚かさに打ちひしがれていた。
「まだ、間に合うなら、大丈夫でしょう」
琉海の言葉が光のようにティニアの心を照らした。
「え……ほ、ほんとうですか?」
「そうですね。馬車に戻る時間は惜しいですし、ティニア様をここに置いていくのも不安なので、このまま会場へ向かうことを許していただければですが」
「えっと、それぐらいでしたら、構いませんよ」
「では、しっかり捕まっていてください」
琉海はそう言って、精霊術で身体強化をする。
ティニアも顔を赤くさせながらも琉海の首に手を回し、体をくっつけた。
自分の心臓の音が琉海に聞こえているのではないかと、チラッと琉海に視線を向けてみるティニア。
琉海は微笑みを浮かべ、「行きます」と言った瞬間――
琉海は風を置き去りにして駆け出した。
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