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2章 スティルド王国編

第72話 襲撃

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「チッ!」

 琉海がテムジンに勝利した会場では、ローブにフードを深く被った男が観客席で舌打ちをした。

 イライラを隠そうともせず、貧乏ゆすりをしている。

「誰かに頼るべきじゃないな」

 誰に言うでもなく、そう呟くと席から立ち上がった。

「確実にものにするためだ」

 自分がこれから行うことを正当化するためなのか、独り言を呟く。

 そして、フードを被った男は会場の外へと出ていく。

 会場の外では、ちょうど琉海たちが馬車に乗るところだった。

 フードの男はその馬車をジッと見つめていた。

 馬車が視界から消えるまでずっと。

     ***

 馬車の中で揺られる琉海たち。

 大会場に向かっている馬車が突然止まった。

「どうしたの?」

 ティニアが車内から御者に声をかけた。

 しかし、返答はなかった。

 首を傾げるティニア。

「私が見てきます」

 アンジュが馬車の外に出て、御者台へ向かった。

 瞬間――

「何者だ!?」

 アンジュの警戒する声が聞こえてきた。

 琉海と静華、エアリスは何があったのか確認するために外へ出た。

 馬車から降りると、アンジュの前方には、フードを被った人が立っていた。

 アンジュの横には、モノを言わぬ屍となって転がっている御者の姿があった。

 首の切り傷と地面に転がる投げナイフからして、刃物を投げて斬ったのだろう。

 即死なところを見る限り、ナイフには毒でも塗ってあったのだろう。

 アンジュはすでに剣を抜いて警戒態勢を取っていた。

「何があったんですか?」

 静華がアンジュにゆっくりと近づいて聞く。

「わかりません。ですが、犯人はあの者でしょう」

 フードの男に剣の切っ先を受けるアンジュ。

 怪しさからそいつが犯人の可能性は高い。

 だが――

「そうかもしれないですけど、一人とは限りませんよ」

 琉海は周囲の物陰から出てくるフードを被った奴らを見回す。

 フードの隙間から、口元が見えた。

 皆、歯をむき出しにして、唸っていた。

 まるで、獣のように。

「ちょっと面倒そうだな」

 琉海は小さく呟いた。

 アンジュも周りを囲まれていることに気づいたようだ。

「計画的犯行ということか」

 それでもアンジュは冷静に現状を分析しているようだ。

「そうでしょうね。これだけの人数で襲撃してきたんですから、計画していたんでしょう」

 アンジュの考えに琉海は頷く。

「それにしても、厄介ですね」

 静華もいつでも魔法を放ている状態で構えた。

 そんな警戒状態の中、エアリスが琉海に近づいてきて耳打ちしてくる。

「ねえ、ルイ。あいつら、魔薬を飲んでいるわよ」

「ほんとかッ!?」

 魔薬と聞いて、琉海は驚きを隠せなかった。

 魔薬の力の凄まじさを琉海は知っている。

 一対一の状況だったから、倒すことができた。

 だが、この人数――ざっと15人を相手にしてだと、全員無事でいるのは難しいかもしれない。

「それにしても、なんで魔薬を摂取した奴らがこんなにいるんだ」

「わからないわ。でも、前にルイが戦った奴よりかは、マナ生成量が少ない気がする。多分、濃度の低い魔薬を飲んだんだと思うわ」

「それでも、自然力を無制限に吸収してるんだろ」

「ええ、厄介なのは変わらないわね。濃度が低い分、魔物になりきれてないみたいだから、人間の思考も残っていて、前よりも面倒かもしれないわ」

 エアリスの説明に、琉海はため息を吐く。

「試合までの時間もそんなに多くない。エアリスにも手伝ってもらうぞ」

「ええ、わかったわ。マナを多めにちょうだいね」

 エアリスはそう言って静華の隣に立つ。

「静華先輩は魔法で援護をお願いします」

「わかったわ」

 静華が返事をすると――

「私が前衛をします」

 アンジュは剣を構えたまま、琉海に言う。

 後ろ姿しか見えないが、何を言っても引かない雰囲気を感じた。

 正直、アンジュも後衛でサポートをやって欲しかったんだが、説得は難しそうだ。

「わかりました。ただ、相手に掴まれないように気をつけてください」

 一瞬、アンジュが何を言っているんだと後ろに視線を向けてきた。

 琉海は真剣な表情を崩さず、アンジュの目と視線を合わせた。

「わかりました。気を付けます」

「お願いします」

 マナで強化された身体能力は馬鹿にできない。

 掴まれてしまったら、もう逃げられないだろう。

 琉海が言い終わると、フードを被った者たちは数名が武器を取り出し走りだした。

「作戦もないみたいね」

 静華が構えた手の前に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣から放たれたのは数十本の火矢。

 何本かが敵に当たる。

 体に当たるとフードに引火し、燃えてなくなるも突き進んでくる。

 ダメージはないようだ。

 オートでマナを生成し続け、それを身体強化に回しているのだろう。

 知性などないパワープレー。

 敵たちの顔は獰猛な動物のように目が血走っており、敵意むき出しだった。

 牽制用の魔法だったのか、効かないとわかると――

「なら、これならどう!」

 再び魔法陣が現れ、特大の大きさの火球を敵に放つ。

 数人まとめて火球に飲み込まれた。

 だが、火の中から姿を現してくる男たち。

 全く効いていないようだ。

 マナと魔力の差が顕著に出た結果だろう。

 そうしているとアンジュのほうでは――

「くッ!?」

 早くも前衛を担っているアンジュが敵の一人と剣を交えていた。

 相手の膂力に完全に押されてしまっている。

「エアリス。あっちを頼めるか」

「わかったわ」

 静華に迫る敵をエアリスに任せ、琉海はアンジュを助けにいく。

 琉海は刀を《創造》し、アンジュが後退した瞬間、間に割り込んで加勢した。

「なッ!?」

 力負けした相手を難なく受け止める姿にアンジュは驚く。

 試合でも力は見せていたので、そこまで驚かれる要素はもうないと思っていたのだが、そうでもないようだ。

(一人に時間を取られたら、他に被害が出るな)

 他の奴らも近づいてきている。

 刀で受け止めていた剣を滑らせ、相手の体勢を崩す。

 崩れた瞬間を逃さず一閃。

 男の首を落とした。

 魔薬に飲み込まれた人間を助ける術はない。

 無限に吸収し続ける自然力と魔力が混じり、マナが作られ、次第に魔物になっていく。

 殺すしか方法はない。

 転がる死体を一瞥し、琉海は次の敵に視線を向けた。

 襲いかかってくる敵に琉海の銀閃が蹂躙する。

「すごい……」

 アンジュは琉海の刀を持って戦う姿に見惚れてしまう。

 三人を切り倒すと他が襲うのを躊躇しはじめた。
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